70話 悲しい再会【7】
先の訃報から数日後、ジーグフェルド達が陣をはっている場所に三台の馬車が到着する。
一台目には母レリアの侍女達三名が乗っていた。
二台目には御年六十五歳になるデュイス子爵本人がひとり乗っている。
そして、最後の三台目にはレリアの棺が乗せられていた。
白い棺の上に黒の上質な絹が掛けられており、ファンデール侯爵家の紋章が丁寧に銀糸で刺繍されてある。
棺の中に何か仕込まれていないかとプラスタンスが立ち会いの元、連れてきた侍女達に行わせたが何も不振な点は見あたらなかった。
確認作業を終え自分の天幕から出てきた彼女の表情は至極暗い。
その周囲で待っていた者達が、報告を聞こうと一斉に集まってくる。
「確認したが、外傷は見受けられない。遺体に変色もないので、毒の類で亡くなったとも考えられないだろう。疲労や心労が原因であろうから自然死とは言い難いが、直接的な外的要因が理由の死ではないと思われる……」
「叔母様……!」
プラスタンスの言葉が終わると同時に、ジュリアが両手で顔を覆い泣き出す。
その横でカレルが唇を噛みしめ拳をきつく握った。
コータデリア子爵は無言で俯き、司令官シルベリーが沈痛な表情でその場に立ちつくす。
その場にいる皆が言葉を失い、ひどく重苦しい空気が流れた。
報告を終えたプラスタンスはその場を足早に離れ、木々が群生する小さな茂みへとひとり消える。
そして一番大きな木の側で足を止めた。
「くそっ! ジオに何と報告すればよいのだ!?」
木の幹に右手を叩き付け、そのままもたれ掛かるように身体を寄せる。
「レリア……。レリ…ア……」
義理の妹の名を呼ぶ彼女の足下に、幾つもの小さな雫が落ちていった。
その後、棺の置かれている天幕にジーグフェルドは呼ばれ、やっと彼は母と再会することが出来たのだった。
望んでいた状態とはあまりにもかけ離れた悲しい再会である。
彼は無言で棺に横たわる母の側に立った。
その側にレリアの侍女が膝を折って控えている。
彼女は終始泣いていた。
「申し訳御座いません! 陛下…。レリア様を……、お守りできませんでした……。私達だけ生き残って………」
ジーグフェルドはそんな彼女に声をかけることも、身体の一部を動かすことも出来ない状態で立ちつくすのだった。
訃報を聞いてから今日まで、母が死んだなどどうしても信じられなかった。
またランフォード公爵の策略ではないかと思っていた。
いや、思いたかったのだ。
しかし今、棺と侍女を目の前にしてその願いが儚くも砕け散る。
『母は死んだのだ……』
もうこの世にはいないのだと現実を突きつけられた。
『オレは間に合わなかったのだ……』
目の前が真っ白になる。
どれくらいの時間そうしているのか分からないくらい、ジーグフェルドは動かなかった。
「陛下……?」
石化したように動かない彼を心配した侍女が声をかける。
「すまない……ひとりに……して…くれ………」
「はい」
絞り出すかのような言葉に侍女はそっと立ち上がり、彼の背中に一礼すると天幕を出て行った。
「母上………」
『苦しくて不安で辛かったでしょう。なのにどうして微笑んでいるのですか?』
「まあ、どうしたの? ジーク」
今にも閉じられている瞳が開いて笑いかけてくれそうだ。
胸の前で組まれている母の両手にジーグフェルドは右手を伸ばし静かに触れる。
眠っているようにしか見えないのに、その手はとても冷たく決して動いてはくれない。
もう、二度と。
生前の母からだと渡された手紙にはこう
『全てを恨まぬよう。あるがままの運命を、受け入れなさいませ。私は陛下と共に今まで過ごせて幸せでした。いつまでも陛下とそしてアーレスの幸せを願います』
短い文章ではあったが、身体の弱った母は必死で書いたのであろう。
その様子を想像するだけで胸が潰れる思いである。
彼は何もない空間に怒鳴った。
「そんなこと…。出来るものか!? 受け入れて玉座に就いた結果がこれじゃないか!?」
母の遺体へ倒れ込むように覆い被さった。
そして、微笑む彼女の顔を見つめる。
『こんな最期を迎えていい人ではない! もっと幸せに、もっと長く生きていて欲しいといつも切に願っていたのに……』
自分のせいでこんな目に遭わせてしまった。
「どうして………そんな風に考えることが出来るというのです? ……母…上……。教えて……下さい………」
悲しくて泣きたいのにどうしても涙が出ない。
どこにもぶつけようのない憎悪が彼の心の中をグルグルと渦巻くのだった。
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