69話 悲しい再会【6】

「これは誠なのか?」


「はい、全て真実で御座います。嘘偽りは御座いません。ファンデール侯爵婦人はランフォード公爵城ではなく、デュイス子爵城にいらっしゃいます」


 レオニスの言葉に周囲からどよめきが起こる。


「どういうことなんだ……!?」


「やはり罠か……」


 コータデリア子爵が叫び、プラスタンスの眉間に深い縦皺が刻まれた。


「ランフォード公爵城では兵士が皆様を待ち受けているだけです。向かってはなりません! そのことをお知らせするために、ファシリア様はご自身の身を危険に晒しながらも、私をこちらへと使わされました。どうかお信じ下さいませ」


 レオニスは必死で訴えた。


 いくら真実を知らせたとしても、相手がそれを信用して行動を起こしてくれなければ意味がない。


 そしてジーグフェルド達にとって、一番それが難しいのが自分達であると認識しているから。


 ファシリアの正義の心に報いることが出来るか否かは、彼にかかっている。


 ジーグフェルドはじっと彼を見つめた。


「レオニス殿……。知らせて貰ったことが事実だとして…、我々に一体を何をもってして信じよと申されるのか……?」


「私の命を持ちまして」


「!!」


 ジーグフェルドの質問に、彼は間髪入れず即答した。


 おそれることなく真っ直ぐジーグフェルドへと視線を向けるレオニスの表情は、既に死を覚悟した人間のものだ。


 彼の深く暗い青い瞳と真摯な態度に、ジーグフェルドの心はうたれた。


「どうかファシリア様の勇気あるお心を、お認め下さいますようお願い申し上げます! そして何卒寛大なるご処置を!」


 額を地面に付けんばかりに下げたレオニスに、ジーグフェルドは小さく溜息をひとつ吐いた。


「ファシリア殿の方は、そう思っていないようだが……」


「は……!?」


 ジーグフェルドの言ったことが理解できず、レオニスは驚いて顔を上げ彼を見つめた。


 瞳に困惑の色がうかがえる。


 ジーグフェルドはヤレヤレといった表情で、手に持っている手紙をレオニスに持っていくようにと兵士に渡した。


 手紙を受け取り読み始めたレオニスは、その内容に驚愕する。


 挨拶もそこそこに書き綴られた文面はかなり長いものであった。


 ファンデール侯爵婦人レリアの居場所とランフォード公爵城にはられた罠のこと、父の行いについてのお詫び、そして最後にレオニスの処遇についての懇願が認められていた。


 自分の母の策略により、ランフォード公爵家の戸籍と嫡男としての地位、更には母親まで瞬時に失った彼の不運をどうか哀れに思って下さるなら、陛下の側で使って欲しいと。


 レオニスを真の意味で救うことができない自分の無力さを悔やんでいる。


 その内容は懺悔だった。


 しかし同時に、ファシリアのレオニスに対する精一杯の愛情が詰まっていた。


「……姉…上………」


 レオニスの目から大粒の涙がいくつも地面へと落ちる。


 彼女が二十歳になった今も夫を迎えないのは、きっとレオニスを守りたいが為だったのであろう。


 ファシリアはレオニスを慈しみ、レオニスはファシリアのことを思っていた。


 お互いに誰よりも深く。


 目には見えぬが、二人の間に大きな絆を確かに感じたジーグフェルドだった。


「貴殿とファシリア殿の言葉を信じよう」


「陛下! ……ありがとうございます……」


 レオニスは涙を湛えた目でジーグフェルドを見上げた。


 ここ数日間の追っ手からの恐怖と重責の重圧から解放され、苦労が報われた瞬間である。


「デュイス子爵城へと進路を変更だ。明日はそのつもりで」


「かしこまりました」


 周囲を囲んでいた首脳陣が反応する。


「それから…。彼等に天幕を用意してくれ」


「陛下?」


 レオニスは驚いてジーグフェルドを見つめた。


 かなり前方に座っている彼は苦笑している。


「お助け下さると……!?」


「別に私とて好きこのんで戦をしているわけではない。人だって殺さないですむならそれがいい。ましてや貴殿は命の危険を冒してまで、貴重な情報を知らせに来てくれたのだ。丁重に扱うさ。それに誠真実か否かを確かめるまで、現場に付き合って貰わねばな」


「はい、陛下……。仰せのままに」


 レオニスは恭しく頭を下げた。


 ジーグフェルドの恩情に、彼の後ろに控えていた従者三名も安堵の表情を見せる。


「疲れたであろう? 今日はゆっくり休むとよい」


 そう言ってジーグフェルドは椅子から立ち上がった。


 周囲はすっかり暗くなっている。


 もうすぐ食事の用意が出来上がるであろう。


 母レリアの居場所がはっきりと分かったので、彼の気持ちは少し晴れやかになっていた。


 今までの情報や証言から、ランフォード公爵城にいると言われても、どこかしら疑う気持ちがあったから。


『母上……。もう少しです。どうかご無事でいて下さい……』


 母の面影を胸に、ジーグフェルドは祈った。


「よかったな。あともう少しだ」


 カレルが笑顔で声をかける。


「そうですわ。ここからならそう遠い距離ではありませんもの」


 ジュリアとイシスも側に寄ってきていた。


「ああ!」


 振り返ったジーグフェルドの顔は本当に嬉しそうだった。


 もう少しで母レリアと再会できると信じて疑わなかったから。


「陛下! 陛下!!」


 そこへファンデール侯爵家の兵士が血相を変えて飛び込んできた。


 顔面蒼白である。


 彼は転がるようにジーグフェルドの側に走り寄り足下に跪いた。


「どうしたのだ……!?」


 彼のあまりの取り乱しようにジーグフェルド達が驚く。


「申し上げます! たった今。デュイス子爵より使いの者が参りました!」


「何だと!?」


「一体……!?」


 たった今し方デュイス子爵城に向かうと決めたばかりなのに、そこの主が使者を寄越してくるなど一体どういうことなのか。


 しかもランフォード公爵家寄りの者が。


 レオニスが現われたことに続き、あまりのタイミングにジーグフェルドとカレルたちが顔を見合わせた時だった。


「レリア様が……。レリア様がお亡くなりになられたと……!」


「!!!」


 その場にいた全員に衝撃が走った。

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