68話 悲しい再会【5】

「レオニス=メルキュール!?」


 出来上がったばかりの天幕の中で椅子に腰を下ろしたジーグフェルドの元に、ファンデール侯爵家の兵士が来客を知らせに来た。


 彼の身の回りのことは全てファンデール侯爵家の者が執り行っているから。


 更に告げられたその名に、彼は大層驚いたのである。


「数は?」


「それが…、レオニス様の他には、従者が三名のみです」


 兵士はひどくいぶかしげな表情である。


「たった…!?」


「はい……」


『どういうことなんだ!?』


 ジーグフェルドの眉間に縦皺がよった。


「武器類は既にお預かりしております。その上で陛下に直接書状をお渡ししたいと、申しておりますが…、如何致しましょう?」


「………分かった。会おう」


「かしこまりました」


 ジーグフェルドは椅子から立ち上がり、面会用にと設置された広場へと向かった。


 野外なので屋根こそないが、そこはかなり広めに空間を確保してあり、上座には布が敷かれ椅子が置いてあった。


 その椅子に腰掛けるとジーグフェルドはイシスを側へと呼ぶ。


「彼等が毒物を持っていないか判断してくれ」


「分かった」


 彼女はジーグフェルドが座っている椅子の背もたれに肘をかけ、軽く寄りかかる体制で右側へと立つ。


 そして改めて視線を先へと移すと、広場で待っている四名は彼の位置からかなり離れた場所にいた。


 レオニスを先頭にし、先ほど告げられた数の従者が恭しく膝を折って頭を下げている。


 そんな彼等の両脇には、既にプラスタンスやラルヴァ達首脳陣が臨戦態勢をしいて立っていた。


 手は剣の柄に添えられている。


 何か不振な動きがあった場合、即座に対応できるようにである。


 その彼等の周辺を更に武装した兵士達が取り囲んでいた。


 ひどく緊迫した状態である。


おもてを上げられよ。レオニス殿」


 ジーグフェルドに声をかけられたレオニスが、ゆっくりと頭を上げる。


 視界に捉えることが出来た彼の顔を、ジーグフェルドはシゲシゲと見つめた。


 彼の噂は聞き及んでいる。


 宮廷から遠い地にあるファンデール侯爵家にも、ランフォード公爵家の醜聞は衝撃をもって駆け抜けた。


『父に連れられて宮廷に赴いた際、ファシリア殿の供として後ろに付き従っている彼を何度か見かけた。最後に姿を見たのは……、オレと双子だと言われているエルリック国王の即位式の時だったような気がする…。それからするとだいぶ背も伸び、顔つきも変わった。女性のような面もちは変わらないが、かなり精悍せいかんになった……』


 そんなレオニスが穏やかな表情で、言上を述べ始めた。


「お目通りをお許し頂き、誠にありがとう御座います。ジーグフェルド陛下」


「!」


 彼の言葉にジーグフェルドの眉が微妙に動き、唇の端が皮肉っぽくつり上がった。


「ほう…。貴殿は私のことを、そう呼んでくれるのか……」


「無論で御座います」


「お父上の方はそうではないようだが?」


「私はファシリア様のしんで御座います。我が主の命にてこちらへ参上致しました」


「ファシリア殿の……!?」


「はい」


 数日前に届けられたランフォード公爵からの書簡に続き、今度はその娘が隠密ともいえるような状態で使者を差し向けてくる。


 一体どういうことなのか、意図がさっぱり分からなくなった。


「では…、彼女も貴殿と同じであると?」


「御意に。どうかこちらをお納め下さい」


 そう言ってレオニスは予め懐から取り出しておいたファシリアからの書状を、両手で恭しく差し出した。


 それをファンデール侯爵家の兵士が受け取り、ジーグフェルドの方へと持ってくる。


 受け取る前に彼はイシスを見上げて聞いた。


「手にとっても大丈夫か?」


 相手はあのランフォード公爵家の者だ。


 書状にすらどんな仕掛けをしているか分からないから、簡単に信用するわけにはいかない。


 用心に用心を重ねても、やりすぎと言うことはないだろう。


 だが、イシスは書状を一瞥すると、あっさりと言い切った。


「ああ、平気だ。問題ない。彼等も、そうだ」


「そうか、ありがとう。もういいよ、休んでいてくれ」


「ん…」


 彼女を皆の元へと戻すとジーグフェルドは兵士に包みを開けさせ、中の手紙を読み始めた。


「!」


 が、即座に彼の顔色が変わった。


 手紙を持つ手が小さく震えている。


 その変化が一体何事なのかと、プラスタンスやカレル達に緊張が走った。

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