67話 悲しい再会【4】

 出立の支度をするため、早々に部屋へと戻ったプラスタンスは子供達を側へと呼んだ。


「ジュリア、エアフルト。そなた達はここに残りなさい」


「お母様…?」


「母上?」


「罠である可能性もあるのだ。ランフォード公爵城に一家全員が移動するのはあまりにも危険」


『ジオがいてくれればいいのだが、スカビオサと共にバーリントン伯爵城を守っている。まだ暫くの間、再会は不可能であろう……』


 子孫を残すため。


 一族の長として、また母としての決断であった。


「でしたらエアフルトを残し、私はお連れ下さい」


「ジュリア…?」


「お母様ではイシスのお世話は難しいでしょう?」


 ジュリアはクスリと笑った。


 先ほどの席で、ジーグフェルドはイシスのことについて何も言わなかった。


 だが、当然一緒に連れて行くであろうとジュリアは思ったのだ。


「イシス殿のことを、そなたは余程気に入ったのだな」


「はい。とても!」


 ジュリアは頬を紅潮させて嬉しそうである。


『陛下もそうだ。マーレーン男爵城での一件から再会して以降、以前よりも共にいる頻度が増している。先の戦闘時には、今までのように我がアフレック軍に同行させるのではなく、ご自身が指揮するファンデール侯爵軍に配置した。しかも直ぐ側に……』


 その変化にプラスタンスは複雑な心境であった。


『バーリントン伯爵城攻略のあと、イシスの存在は兵士達の間でも大きくなっている。マーレーン男爵城では陛下の命を救った。そして、その後に続いた戦闘での膠着こうちゃく状態を解決したのも彼女の力であるという。一体どう力を貸しているのか皆無なのだが、現実として完成品や結果が伴っている。また、そのおかげで状況が好転しているのも事実』


 そのせいで神格化されつつもある。


 と。


『戦場においてはよくあることなのだが……。イシス殿に関しては異国の娘というだけではなく、あまりにも謎が多すぎる。果たして手放しで喜んでいいものか……』


 思案にふけるプラスタンスであった。





 翌日早朝、ジーグフェルド達はドランディ伯爵城を出発した。


 それから二日後。


 彼等が平原で夜の陣を張った直後のことである。


 高台から一軍を見下ろす四つの影があった。


 ランフォード公爵城から脱出したレオニス=メルキュール達である。


「間違い御座いません。国王陛下達の軍で御座います」


 確認に場を離れていた従者のひとりが戻ってきて告げた。


「そうか。思っていたよりも早かったな」


「宜しゅう御座いましたね」


「そうだね……」


 レオニスはやっと笑顔を見せた。


 常にランフォード公爵城からの追っ手の影に怯えていたここまでの道中、安息できる時間など一時たりともなかった。


 もう少しでファシリアから託された命を果たせる。


 彼は胸に隠し持っている書簡に片手を重ね、小さく息を吐きだした。


 そして従者の方へと振り返る。


「そなた達はここまででいいよ。付き合ってくれてありがとう。ファシリア様の所へお帰り」


「レオニス様…?」


 言われたことの意味を図りかねた彼等は困惑する。


 そんな三人に、レオニスはニッコリと笑った。


「首を落とされるのは、私だけで十分だろう」


「!!」


「……初めから、そのおつもりだったのですか…!?」


「……う…ん……。ファシリア様のお命だけはお救い頂くよう、お願いしてみるつもりだけどね」


「…………」


 笑顔を絶やさない彼に、従者達は顔面蒼白となり言葉を失っていた。


 何と言っていいのか分からないのである。


「じゃあ、達者で」


 その言葉を最後に、レオニスは彼等に背を向け丘を下って行った。


 小さくなっていく彼の後ろ姿を無言で見つめていた従者の手が微かに動く。


 振動が手綱に伝わり、反応した馬がゆっくりと動き出す。


 それを切っ掛けに残り二名の身体も自然と動き、気付けば全力で馬を走らせていた。


「そなた達…!?」


 近付く音にレオニスは驚いて振り返った。


「レオニス様。どうか我らもお連れ下さい!」


「従者もなしにお一人で目通りなど。あまりにも寂しゅう御座います」


「ファシリア様の御為に。我らの命も!」


 彼等の気持ちにが嬉しかった。


 一筋の涙がレオニスの頬を伝う。


「ありがとう……」


 そう言うのが、今の彼には精一杯であった。

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