66話 悲しい再会【3】

 その日、ランフォード公爵家と王宮よりほぼ同時刻に届けられた書簡に、北西域連合軍首脳陣一同は唸り声をあげていた。


「ビア樽狸のくせに、小癪こしゃくなまねを……」


「まったくだ……」


「痛いな……」


 ランフォード公爵家からは、『こちらでお世話してる、ファンデール侯爵婦人レリア様がひどく体調を崩され、ジーグフェルド殿に会いたいと言って涙を流しておられます。至急こちらへおいで下さいますように』とある。


 また、王宮からは『こちらにいるファンデール侯爵アーレス殿の身を案じるならば、これ以上の進軍を即刻中止し、投降するように』であった。


「離れた二カ所から同時にせっぱ詰まった内容の書簡を送りつけ、心理面で揺さぶりをかけくるとはな……」


「しかし、これでレリア殿がランフォード公爵家にいることは確実となった」


「そうですね。バーリントン伯爵城でも、マーレーン男爵からも同じ証言を得ているのだから」


「そして、アーレス殿が王宮に囚われていることもだな……」


 アフレック伯爵家のジオが王宮に足止めをされていた時分、どうにか調べることができたのは、彼が王宮滞在用のファンデール侯爵家の屋敷にはいないということぐらいである。


「王宮滞在用の屋敷にいる時に捕らえられたのだし、尋問などを行うことも考慮すると、せっかく手に入れた有効な駒を遠方に移すとは考えにくいですしな」


 だが、考えられる場所があまりにも多すぎて、どこに監禁されているのか全く絞り込めないのだった。


 そして、身体が弱く心配であった母レリアの救出の方を優先させた結果、今現在に至っているのである。


 彼等は今、リェージュ街道沿いにあるドランディ伯爵城に滞在していた。


 昨日この城に到着し、城主から快く招き入れられたのである。


 マーレーン男爵城での一件もあるので、ジーグフェルド達はかなり警戒したが、イシスがのんびりとくつろいでいる。


 彼女の体調は今のところ万全なので、安心して城内に滞在しても大丈夫だろうとジーグフェルドは判断した。


 そしてこの時、彼等の北西域連合軍はかなり増員されていたのである。


 まずモンセラ砦からの増援が一千到着した。


 更にモンセラ砦司令官シルベリーの実家である伯爵家から、当主自ら指揮をとっての出陣で六千の軍を向けてくれる。


 その他にも南西域や中域からの参戦者が続々と集結していた。


 そして、まだまだ増えるようである。


 参戦を申し出る書簡が毎日のように届いているから。


 非常に喜ばしいことなのだが、ここへきてまた難問が生じた。


「一難去って、また一難か……」


「ジーク……?」


 ジーグフェルドから苦悩の表情が見える。


 そんな彼の顔をイシスが心配そうに覗き込む。


 今話し合われている内容がよく把握できていないので、不安そうにもしている。


 彼女はジーグフェルドの直ぐ横に座ってた。


 国王の隣。


 それはとても重要な位置であるのだが、今は苦情を言う者は誰もいない。


 言葉が分からないため助言や発言ををするでもなく、暇そうに足をプラプラ動かしていてもだ。


 強いていえば、新しく会議に加わった者達が一様に彼女の存在に首を傾げ、必ず質問する。


「あれは何です?」


 そして、聞かれるのは何故かいつもローバスタ砦司令官バインなのであった。


 しかし、こちらも彼等が納得いくような返事を到底出来るはずがない。


「陛下の赤い月です」


 曖昧に答えるのだった。


『あとは自分達で勝手に想像してくれ……』


 気の毒にも質問した者たちの抱える謎は深まる一方であった。


「根本的なことが解決しない限り、結局これの繰り返しなのだろうが……、二人をこんな風に使われると……つらいな……」


「陛下……」


 プラスタンスも心配そうにしている。


「はぁ……」


 溜息を吐きながらジーグフェルドは顔を上げた。


 決断を下したようである。


「軍勢を二つに分けましょう。そして私はこのままランフォード公爵城へと向かいます。当初からの予定通りまず母上を救出することが先決だ」


「兵の配分は如何致しましょう? どうか私をお連れ下さい」


 彼の決断にプラスタンスが素早く反応する。


 尤もだ。


 ファンデール侯爵婦人レリアは、彼女にとって義理の妹にあたるのだから。


 それが分かっているので、今回シュレーダー伯爵ラルヴァは沈黙しジーグフェルドの判断を待つ。


「うむ……。ではアフレック伯爵軍とコータデリア子爵軍。それにモンセラ砦の軍とファンデール軍でランフォード公爵城に向かいます。明朝出発しますから、各陣営は用意を」


「かしこまりました」


 選んだのは信頼のおける者達ばかりであった。


 幸い王宮に向かっては進軍するなとしたためられてはいるが、ランフォード公爵城に対しては何も記述はない。


 戦闘になっても大丈夫なように軍勢を整える。


「ここに残る軍の総指揮はシュレーダー伯爵に一任します。頼みますよ」


「お任せ下さい」


「補佐はバイン司令官に頼みます」


「かしこまりました」


 司令官バインの名を聞いたシュレーダー伯爵ラルヴァの顔に安堵の色が広がった。


 それも当然であろう。


 残される軍の方が多いうえ、新規に加わってきた者達ばかりだ。


 まだ心の底に持っている真意も軍の力量も測りかねる。


 いくらこの地に残り動かないとはいえ、そんな彼等をジーグフェルド抜きで統括するのは相当大変であろう。


 だから、気心の知れている司令官バインがいてくれてよかったと心底思ったのだ。


 少し負担が軽くなった彼はジーグフェルドに進言した。


「陛下。ひとつお願いが御座います」


「何でしょう?」


「どうかカレルをお連れ下さい」


「シュレーダー伯爵……?」


「父上……?」


 彼の発言にジーグフェルドとカレルの双方が驚く。


「きっと何かお役に立つことも御座いましょう」


 彼がいればここの統括にも楽であろうに、わざわざ危険な旅路の方へ大切な息子を供に付けてくれる。


 ラルヴァの精一杯の心遣いであった。


「ありがとう……」


 ジーグフェルドは言葉を詰まらせる。


「お受け下さり、感謝致します」


 そんな彼にラルヴァはニッコリと笑顔を見せたのだった。


 会議が終了し皆が宛われた自室へと引き上げる中、ラルヴァと司令官バインの視線が偶然あった。


「宜しく頼みますよ」


「こちらこそ」


 自然と握手を交わすのだが、ラルヴァの顔は苦笑いへと変わる。


「いや……、正直貴殿でよかった……」


「ははは……」


 先の爆弾発言のおかげで、モンセラ砦の司令官シルベリーは変な意味でないが要注意人物に指定されてしまったようである。


 ラルヴァの言葉の意味や心境がよく理解できる司令官バインは、同じように苦笑するしかなかった。


 尤もジーグフェルドがこの人選を行ったのは他にも意味があり、モンセラ砦の軍勢と、シルベリー伯爵軍を同じ場所に配置しないようにとの配慮もあったようだ。

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