57話 揺れる心【7】
それから数日後の昼過ぎ、シュレーダー伯爵ラルヴァとアフレック伯爵プラスタンスが、ジーグフェルドの天幕へと揃って戻ってきた。
「早かった…ですね……」
お願いした期日よりも早く戻ってきたのだ、驚くのも無理はない。
しかし、二人の顔を見た途端、彼の表情は一瞬で曇った。
ラルヴァは髭が伸び、髪もボサボサである。
目の下にはクマができていて、かなり
プラスタンスの肌の光は消え失せ、荒れている。
相当無理をした証拠が、如実に現れていた。
それでも目の中の光は失われず、寧ろ輝きを増している。
「準備は整いました。いつでも作戦に移れます。ご命令を!」
恭しく膝を折る二人に、ジーグフェルドは小さく溜息をひとつ吐く。
そして自分も屈んで、双方の手を取った。
「お二方ともありがとうございます。どうか少しお休み下さい」
「しかし、陛下!」
何のために突貫工事を行ったのか考えれば、敵に発見されないためにも、出来るだけ早く作戦に移ったがいいに決まっている。
そうでなければ、不眠不休で作業にあたった意味がない。
二人は抗議するような表情であった。
その視線をジーグフェルドは受け止めつつも、優しく微笑しながら首を横に振る。
「いけません。まず食事をされて、夜まで休息を取って下さい。そんな顔を兵士に見せられては困ります」
聞き入れて貰うため、兵士を利用したが、彼は二人の身体が心配なのであった。
失うことなど絶対に許されない人物なのだから。
「明るいよりも皆が寝静まった夜の方が効果的でしょうから、作戦は深夜に行います。その際お二人には指揮をとって貰わなければなりませんから、どうかそれまでお休み下さい。そこからはまた忙しくなりますからね」
そして彼は立ち上がると側にいた兵士に、戻ってきた者達に食事を与え休ませるようにと指示を出した。
「現場に残してきた者達の食料は足りていますか?」
「ええ、十分においてきています。あちらの指揮はエアフルトに任せてきました」
「ご心配には及びません。こちらもカレルを残してきておりますから」
「そうですか。では、また後ほど」
ジーグフェルドはニッコリ笑って、二人を天幕から見送った。
切り株に腰掛け、ラルヴァとプラスタンスは、肉や野菜が入ったごった煮状態の熱いスープを飲みながら、顔をつきあわせて会話する。
「貴殿も同じに戻られるとはな…」
「それは私の台詞です。絶対自分の方が早いと思っておりましたのに……」
少々落胆気味なラルヴァの言葉に、プラスタンスも不満げに呟く。
「貴殿にだけは負けたくないからな」
「少しはご自分のお歳を、考えられたら如何ですか?」
ラルヴァは彼女より年上なのである。
「何の無用なお気遣いじゃ。十分鍛えてある」
「度を超して無茶をなさると、周囲が見るに耐えかねますよ」
「…………」
双方眉間に皺を寄せ、お互いを睨む。
プラスタンスとて、年輩のラルヴァのことをファンデール侯爵家のアーレス同様尊敬もしているし、今回のことでも身体のことを心配しているのだが、如何せんこの性格と口の悪さである。
とても心配している者が告げる言葉とはほど遠いものとなってしまっていた。
というか、やり込めてしまって、どうするのだという感じである。
気まずい沈黙が続きそうになったところへ、元気な声がかけたれた。
「お二方ともお疲れさまでした」
ローバスタ砦の司令官バインである。
その隣にはモンセラ砦の司令官シルベリーがいた。
彼等の少し後ろに、ローバスタ砦司令官補佐のアラム=ソア=デ=ダーウィンズが控えている。
というよりも、司令官バインにへばり付いていると表現した方がよいであろう。
彼はダーウィンズ子爵家の三男で、ジーグフェルドがローバスタ砦を去ったことによって発生した人事異動で、この部署に着任したのであった。
そして早々に発生したこの内乱において、先のバーリントン伯爵城攻めの際、司令官バインに姿を眩まされるという甚だ不名誉な事態に遭遇した。
そのためか、以降何事においても側を離れようとしないのだ。
余程ショックだったのであろう。
気の毒な男である。
「お座りになりませんか?」
ラルヴァが三人に、目の前の切り株を勧める。
「では。お言葉に甘えて、失礼致しますよ」
腰の剣をベルトから外しながら、笑顔で司令官バインが腰を下ろす。
その横に司令官シルベリーが座り、司令官補佐ダーウィンズは司令官バインの後ろに立った。
ラルヴァが彼等を誘ったのには訳があった。
目当てはモンセラ砦司令官シルベリーである。
今回の戦で、コータデリア子爵やパーロット男爵が、ジーグフェルドに味方してくれるのは、ファンデール侯爵家と昔から親交があったからである。
現当主アーレスの言い分を信じてのことだ。
そしてローバスタ砦司令官バインとは、クリサンセマム国との戦や、訓練などで顔を合わせているので、どんな人物なのかは把握している。
しかし、いくら国王の直轄地とはいえ、王が変わるたびに当然仕える相手も違ってくるのだ。
言ってしまえば国王であれば、従うべき相手は誰でもよいのである。
彼は南西に歴史を持つシルベリー伯爵家の次男だ。
特にモンセラ砦は西南に位置しており、ファンデール侯爵や自分達とは殆ど面識がない。
唯一交流があるといえば、モンセラ砦にここ数年間勤務していたカレルである。
司令官シルベリーが、ジーグフェルドや自分たちと面会したのは、戴冠式後の任命式だけ。
そんな砦の司令官が、ジーグフェルドに味方してくれる理由が知りたかった。
今までなかなかその機会を得られなかったので、丁度よいと思ったのである。
「貴殿が、ランフォード公爵ではなく、ジーグフェルド陛下に味方なさる理由を、お聞かせ頂けますかな?」
早々に切り出したラルヴァの質問に対し、司令官シルベリーから返ってきた返事は驚くべきものであった。
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