47話 不落城攻略【15】

 どこに持っていたのか、叫ぶなりイシスは剣と共に宙を舞っていた。


 それからの光景はカレルを驚愕させる。


 彼女は大岩から四十メートルほど離れた木々の群生めがけ一気に飛躍し、枝の上からジーグフェルドを弓矢で狙っていた男の胸を剣で貫いた。


「ぐわっ!」


 声を発し男は絶命する。


 その男を片足で下へ蹴り落としながら自分の剣を相手の身体から引き抜き、同時に左手で男が腰に差していた剣を取る。


 そして振り向きざまに対岸の木の枝めがけ、自分の剣を素早く投じた。


「うっ!」


 飛んでいった剣の先で再び断末魔の声があがり、ドサリと地面に二人目が落ちた。


 同時にイシスはジーグフェルドのいる泉めがけ身を踊らせる。


 彼から十メートルほど離れた場所に、すざましい音と激しい勢いで水飛沫が飛び散った。


 その直後から、再び周囲には静寂が訪れる。


 カレルは慌てて二人に駆け寄った。


「おいっ! 無事か!?」


 青ざめているカレルに、ジーグフェルドはのんびりとしたものだった。


「おお。カレルか」


 近寄ってカレルは再度驚愕させられる。


 二人とも血の池に立っており、その側に血染めの賊が俯せに浮いていた。


 胸には背中から深く剣が突き刺さっている。


 更にイシスは一刀目の返り血を全身に浴びているので、白いシャツの前半分は真っ赤で、その下は池の水を吸って胸元まで赤く染まっている。


 ほどかれた長い黒髪が、血の池でユラユラと揺れ、まだ殺戮の余韻が残っているのか、カレルを見上げる瞳が恐ろしいほど鋭かった。


 つい先日のこともあり、戦闘にはある程度免疫がついたはずのカレルだったが、その光景に寒気を覚え凍りつく自分を感じた。


 そんな彼の緊張を、意外なかたちでイシスが破る。


「はっ…くしゅん」


 なんとも間の抜けたくしゃみを漏らし、その反動で足を滑らせこけたのだった。


 静寂を取り戻した泉に、再び水飛沫があがった。


「お・おい…。大丈夫か?」


 慌ててジーグフェルドが泉の中に手を延ばし、彼女を抱え上げた。


「くしゃん」


 その腕の中で再度彼女がくしゃみをする。


〈やだ…。風邪ひく…〉


 いつものイシスだ。


「よかった……」


 カレルはほっとして、胸を撫で下ろした。


「?……キズ、負わせて、ないぞ」


 彼が安堵したのは、ジーグフェルドのことと思ったらしい。


 的外れな答えを返したイシスであった。


「よくやった」


「うん…。でも、ごめん。全部、殺した」


 よく見ると、三名とも周囲に溶け込んでしまうような色の服を身に纏っている。


 カレルも遠目には識別しにくいくらいだ。


『よくこんなのを瞬時に見つけられたな』


 改めてイシスの能力に感嘆した。


 ジーグフェルドが水中に浮かぶ死体を凝視する。


「凄いな。急所に一振り必中…か。流石だな」


「でも、これ・じゃあ、誰か、なのか、解らないな。ごめん」


 拙い言葉で喋りながら、彼女はシュンとしてしまう。


「いや、いいんだ。気にするな。またそなたに命を救われた。ありがとう。借りが増える一方だ」


 ジーグフェルドはイシスに笑顔を見せた。


「口は開かんでも、遺体は何かしらを語ってくれるよ」


 無論気休めでしかないのは分かっているが、そう言って彼はイシスを慰める。


 そして水面に浮かぶ男へと視線を向け、手に握りしめている剣を見て驚いた。


「これは!」


 バーリントン城であのご令嬢が手から落とした短剣と同じ模様だったからである。


 模様自体は何処のものかは全く分からない。


 国内で見たことがないものである。


「おい…、これ…」


 あの時ジーグフェルドと一緒にいたカレルも気が付いたようだ。


「どういうことなんだ…?」


 顔を見合わせる二人である。


「あとの二人はどうだ?」


「オレが対岸の方を見てこよう」


 カレルは素早く踵を返すと、遠い方の遺体へと走って行った。


 ジーグフェルドは泉からあがり、イシスが最初に葬った刺客へと近寄る。


 水を吸ったスラックスがとても重たく感じた。


 そんな彼の側にイシスがついてくる。


 赤くなったシャツの上に、先ほど大岩の上に敷いていたタオルを引っかけながら。


 地面に転がっている男は、特に目立つ物を身につけていなかったが、たったひとつだけ手がかりがあった。


 短剣である。


「水中の男と同じ模様だ…」


 そこへイシスの剣を持ち戻ってきたカレルが、ジーグフェルドに何かを差し出した。


「これを持っていた」


 足元にいる男が持っていたものと同じ短剣である。


「三人とも、いやあの令嬢と侍女ふたりも含めると六人か……」


「普通暗殺にくる刺客って、身元が分かるような物は身につけないのが鉄則じゃないのか?」


「そうだな。それが普通だ」


 アスターテ山脈の樹海で襲われた際、彼らが持っていた剣は形も入っている模様もバラバラで、何かを特定出来るような特徴はなかった。


 どこから差し向けられたのか分かっては困るから、それが通説である。


 まあ、証拠がなくてもあの場合は、誰が命令したのか一目瞭然であったが。


「これは、意味深だな……」


「ああ」


 バーリントン伯爵城で起こることは今までと様子が違う。


 まるで誰なのか分かって欲しいかのように、身元が分かる物を所持している。


 が、困ったことにそれが何処の誰の物なのかが分からない。


「何か意図があるのか、それとも単なる攪乱なのか、判断つきかねるな」


 ジーグフェルドは短剣を手で弄びながら呟いた。


 現段階ではお手上げである。


「てっきり今回もまたランフォード公爵の手の者かと思ったんだが、どうやら違うような感じだな」


 ジーグフェルドは困惑した表情で、言葉を吐き捨てた。


「ランフォード……? ジークを、虐める人?」


 聞き慣れた単語にイシスが反応する。


「ははは、虐める…か。いつの間にそんな言葉覚えたんだ? そうだよ、俺達の敵だ。まったく…何も片付いていないというのに、次から次へと色々なことが起こる……」


「国内で見覚えがないとなると、国外か…?」


「そう考えるのが妥当かもな」


「まあ、取り敢えず身につけていた備品を確保しておこう。持ち帰って見せれば、誰か知っているかもしれん」


「そうだな…。だが……」


「何だ?」


「ここで襲われたことは言わない方がよさそうだ」


「あ!」


 理由は言わなくても分かった。


 また落雷に遭うのが恐ろしいのである。


「じゃあ…、城内でバーリントン伯爵達とやり合った時の物にしておこう。丁度焼け跡を捜査しているところだしな」


「それがいい…。あの時脱出することに必死で、こんな物までは持ち出せなかったから隠しておいた。それが焼け跡から見つかったということで」


「おお」


 双方姑息に口裏を合わせる。


 そんな二人を、会話の内容が分からないイシスが不思議そうに見つめるのだった。

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