46話 不落城攻略【14】

 バーリントン城周辺は森林に囲まれていて、小さな泉が幾つも点在している。


 その中をカレルはノンビリと一人で歩いていた。


 水浴びをしようと思い、丁度よい場所を探しているのだ。


 無論通常ならこんなことはしない。


 彼は伯爵家の人間だ。


 平民や森林に生活の場を持っている者達とは違う。


 身体を洗うにしてもお湯を使うし、ましてや外で行水するなどあり得ないのだが、本日ばかりは例外である。


 何故なら火災消火の際に、城内に蓄えてあった水を殆ど使ってしまっていて、身体を洗うことに使用するだけの水がないのだ。


 あのあと雨が降ったので、幾分かは補充できたが、城内で働いていた者や城下町の住人、それにかき集められていた兵士達や自軍の兵士達の飲み水を確保するだけで、精一杯なのである。


 要塞内の井戸は勿論のこと、周辺の川や泉から運んでも運んでも足りない。


 更に屋敷も半壊状態のため、占領した城内で入浴することができないのである。


 暑さも手伝って、彼の我慢は限界を超えていた。


 よって、タオルと着替えを手に、こっそりと城を抜け出してきたのである。


 少しして小さな滝の音と、水の匂いがしてきた。


 あまり城から離れるのも危険なので、カレルは最初に見つけたその場所で、身体を洗おうと思った。


 近づくと、そこには小さな泉が幾つも点在していた。


 そのうちのひとつ、一番大きな泉ほとり大岩の上に、微かに動く黒い影があった。


 人の様である。


 カレルは咄嗟とっさに木の陰に身を潜め、剣の柄に手をおいた。


 目を凝らして木の陰から覗くと、その影はなんとイシスだった。


 大岩の上腕を枕に横たわり、水浴びの後なのか、少し大きめの白いシャツ一枚を身につけているだけの姿だった。


 いつも一纏めにして結い上げている黒髪を、全ておろして風に靡かせ、実に気持ちよさそうな表情をしている。


 さらに幾筋もの木漏れ日がイシスに降り注ぎ、髪に残っている水滴に反射してキラキラと光り、なんとも言えない神々しさと妖艶さをかもし出している。


 カレルの心臓は早鐘を打った。


「まるで別人じゃないか」


 普段とは全く違う彼女の姿に、カレルは愚痴のような独り言を呟いた。


 そのイシスの周囲に小鳥達が集まっていて、お喋りをしている。


こんな光景を目の当たりにすると、本当に彼女が赤い月の女神なのではないかと思ってしまいそうになる。


『まさかな・・・』


 カレルはぶんぶんと頭を横に振った。


 その時、くつろいでいる丸腰のイシスの方へ、茂みを掻き分け近づいてくる足音が不意に聞こえ、彼は再度身構えた。


 やってきたのは赤い熊、もといジーグフェルドだった。


 上半身だけ身体を起こし、イシスがつたない言葉で声をかける。


「おや、やっと・・来たか。待って、くたびれた・・ぞ」


「すまん、すまん。なかなか抜け出せなくてな」


 この会話にカレルは目が落ちるほど驚いた。


『逢い引きの約束でもしてたのか? 一体いつの間にそんな仲になったんだよ?』


 木の陰から覗きを続ける。


「そなたの言っていた通り、綺麗な場所だな。水も澄んでいて気持ちよさそうだ」


「だろう? 見張ってる、から、入れ・よ」


「そなたは?」


「終わった。乾かしてる」


「そうか。ならそうさせて貰おう」


 そう言うとイシスの目も気にせず、ジーグフェルドは上半身の衣服を脱ぎ捨てると泉に頭から飛び込んだ。


『お…おいおい……ジーク。それはちょっと……』


 カレルは木の陰からこれを見て、心の中でそう呟いた。


 イシスを完全に女性と見なしていないのか、それとも裸を見られることなどもう慣れてしまっている仲なのか、彼の頭の中でぐるぐると考えが巡った。


 一方のイシスも平然としており、岩の上であぐらを掻き、周囲に気を配っている。


 おまけにジーグフェルドの水浴びを眺めて、声をかける。


「な? 言った、通りだろう?」


「ああ。本当に気持ちがいい。ありがとう、イシス」


『お~~~~~い……。お前も平気なのかよ? ちっとは恥ずかしがれよ…』


 目眩を覚えるカレルだった。


 そんな彼をよそに、二人の楽しげな笑いが周囲にこだまする。


 カレルにとっては非日常的なことだが、二人にとってはアスターテ山脈で出会って以降アフレック伯爵家に辿り着くまで、こんな生活だったのだから日常的なことである。


 最も、刺客達に見つかるわけにはいかないので、こんな生活しか出来なかった、という方が正しいのだが。


 カレルはしばらく様子を伺っていたが、色めいた情事など全く起こりそうにない。


 いつまでも覗いている自分が馬鹿馬鹿しくなり、水浴びに参加させて貰うことにした。


 もともとそのつもりでやってきたのだから、先客がいようと問題はない。


 情事でも始まれば、流石に退散するつもりだったが、あの二人相手にそんな気を回したこと自体間違いだったようだ。


 木の陰からカレルが一歩を踏み出した時、小鳥達が先程とは全く違う、甲高い声で一斉に鳴き始めた。


 危険信号である。


「!」


「伏せろ! ジーク」




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