45話 不落城攻略【13】

 ジーグフェルド達は、城下町の住民として臨時の収容場所に一旦収容されたあと、こっそりとそこから抜けだし、自軍の陣へと戻ろうと考えたのである。


 そこへ素晴らしいタイミングで雨が降り始めた。


 外側城壁門を制圧した後でよかったと、四人で顔を見合わせ喜ぶ。


 それ以前に降り始めていたなら、開門することなく城下町の住民達は立て籠もったままだったかもしれないからだ。


 雨が激しく降っているのせいもあり、四人はマントを深く被り、顔を見られないようにして、プラスタンス達の前を通り過ぎようとしたその時である。


「ちょと待て。内部の状況を詳しく知りたい。そこの四名はこっちへ来い」


 無情にも声がかかり、四人に緊張が走る。


「もう見つかったのか!?」


「まさか!?」


「顔は見られていないはずだ…」


「しかし、見事に俺たち四名をご指名だぞ」


 小声で喋る捕虜達に、プラスタンスが怒鳴った。


「こそこそ喋っておらんと、さっさとこんか!!」


「は、はい!」


 条件反射か、一斉に背筋を正す四人であった。


「シルベリー司令官」


「はい」


「それに、パーロット男爵とコータデリア子爵」


「はい」


「何でしょう?」


「あとの指揮はお任せ致しますので宜しく。ジオとシュレーダー伯爵は私と共にいらして下さい」


「は…、はあ」


「?」


「あの…、アフレック伯爵はどちらへ?」


 プラスタンスの行動が理解できないコータデリア子爵が、恐る恐る訪ねた。


「陣へと戻ります。確保したバカ共の尋問ですよ」


 馬上から降ってくるその声は、それはそれは恐ろしいものであった。


 降りしきる豪雨の中、目にも見えず音も聞こえない落雷が、ここにだけ落ちたと思ったのは、きっと気のせいではなかったはずである。


『ひぃぃぃぃ…』


 心の中で悲鳴を上げる、バカ共と称された四名であった。



 

 自軍の天幕へと戻ったプラスタンスは以外にも静かだった。


 あの門から出てきたのだ。


 城中で彼らが何をしてきたのかは、聞かなくても分かる。


 ジーグフェルド達は濡れたマントを脱ぎ、タオルを貰って身体を拭いた。


 ここまでの道中、囚人のように歩かされる四人が誰であるのか、ジオとシュレーダー伯爵は最後の方でやっと分かった。


 かなりの距離があったのに、最初に彼らを見つけたプラスタンスに、改めて感嘆の溜息を漏らす二人である。


「どうして分かったのですか?」


 ジーグフェルドの質問に、プラスタンスは眉間に小さく縦皺を刻み、溜息を吐いた。


「どうして…? 甥っ子だと十九年間信じていたお方を、ましてや自分の娘を見分けられないとお思いですか? まったく…本当に御無事でよかった…」


「お母様…」


「すみません。失言でした…」


 普段よく雷を落とす人が、しんみり言うので余計心にこたえる。


 神妙な面もちで項垂れているジーグフェルドとジュリアの側で、ジオは明後日の方向を向いて思った。


『そしてきっと、残りの二人はオマケだろうがな…』


 オマケとは無論カレルと司令官バインのことである。


 決して彼らのことを軽んじているわけでも、必要としていないわけでもないが、彼女の中での重要度からすると、そんなものであろう。


 きっと彼ら二人だけであったなら、プラスタンスは気付かなかったであろうから。


 母親とは凄いものだなとジオは改めて感心するのだった。


「ジーク…」


 そこへイシスが天幕へと入ってきた。


 プラスタンスに発見されて、ここまで連行されるのを上空からずっと見ていたのだった。


「イシス!!」


「無事だったか!?」


「!」


「あ!」


「イシスありがとう! そなたのおかげで、難攻不落と称されていたあの城を、自軍の兵士誰一人負傷することなく落とすことが出来た! 本当にありがとう!!」


 ジーグフェルドはイシスをシッカと抱きしめ、頬を紅潮させてお礼を言った。


「終了…?」


「ああ! 今夜の作戦は終了だ」


「そう、よかった」


「ケガはないか?」


「うん、平気」


 ジーグフェルドには笑顔を見せたイシスであったが、視線を横に向けた瞬間、その笑顔は鈍った。


 残りの三人、カレル、ジュリア、司令官バインの視線を感じたからである。


 全てが終わった今、この三人の反応が気になったのだ。


 彼女はとても不安な表情をしている。


 そこへ唐突にプラスタンスが声をかけた。


「今回の功労者は?」


 すると、瞬時に全員がイシスを手で指す。


「えっ…!? 何…?」


 プラスタンスの言ったことが分からないので、キョトンとするイシスであった。


「このが・か…!?」


 剣を腰に差してはいるが、使っている場面など見たことはないし、何の特技があるのか全く知らない彼女は、イシスのことを訝しそうに見つめる。


「ええ、お母様。それはもう素晴らしい働きでしたわ。彼女がいてくれたからこそ、ここまでのことが出来たのです。本当にありがとう、イシス」


 そう言ってジュリアはイシスの手を取って、感謝の意を述べた。


「全くですよ。文句なく今回一番の功労者です」


「同意見だな。よくやった」


 彼女の言葉に司令官バイン、カレルと続く。


 三人ともイシスを囲み、笑顔を見せていた。


 ジーグフェルドが大切に扱っているということもあるが、それだけではなく、イシスの不思議な力に対する恐怖よりも、感動が勝っているのであった。


 彼らがイシスのことを認め、完全に受け入れた瞬間である。


 この光景にジーグフェルドは満面の笑顔を見せたのだった。


「して、その働きは? どんなことをしたんだ?」


「そうだな。是非とも教えて貰いたい」


 シュレーダー伯爵とジオの問いかけに、一同はシンと静まりかえった。


「ん?」


「どうした?」


 そんな二人に、ニッコリ笑ってジーグフェルドが答える。


「それは秘密です」


「秘密って…」


「腹が減ったな…。何か貰いに行こうか? おいでイシス」


 そう言ってジーグフェルドは、これ以上追求されないように、そそくさと彼女を天幕から連れて行ってしまった。


「あ…! ちょっと、陛下!!」


「秘密って、どういうことなんだ?」


 残る三人にその矛先が向けられたが、無論答えるわけにはいかない。


 城内侵入を計る際に、ジーグフェルドから言い渡されているのだから。


 そして恐らく、いや絶対に、本当のことを告げたとしても、信じては貰えないであろうし。


 人間が鳥のように自由に空を飛べるなんて。


「え…と、秘密は秘密ですわ」


「そ・そう、秘密です」


「以下同文」


 三人揃って引きつった笑顔を作り、先に天幕を出ていった二人のあとをそそくさと追う。


「こら、お前達!」


 天幕に残されたプラスタンス、ジオ、シュレーダー伯爵の三名は、わけが分からず渋い表情で顔を見合わせるのだった。


 この日の午前中には、国王ジーグフェルド以下たった四名の活躍によって、いまだかつて一度も陥落したことのない不落城を見事陥落させたという情報が、兵士達の間を駆けめぐった。


 しかも、自軍の兵士に一太刀も振るわせることなく、またひとかすりのキズをも負わせることなくという、おまけ付きで。


 その中で一際目立ったのは、やはり今回一番の功労者と全員から指名されたイシスだった。


 不思議な容姿と服装、話す言語の違いは、彼らにとって十分神秘的で、尚かつジーグフェルドがその意志の強そうな瞳から仮の名を付けた名前も手伝ってか、赤い月の戦女神イシスそのものが、現世に降り立ったのではないかとまで尾ひれが付いた。


 兵士たちは彼女に近寄って是非ともその加護を受けたいのだが、直ぐに国王であるジーグフェルドの側へと逃げて行ってしまうため、遠くからその姿を眺めるだけしか出来ないのだった。


 一夜にして注目されるようになり、自分に向けられる兵士達の熱い視線に、理由の分からないイシスは落ち着かない様子で、以前にもましてジーグフェルドにしがみつくようになる。


 そんなイシスを彼は笑って見つめるのだった。

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