44話 不落城攻略【12】

「バーリントン伯爵からは何も通達がこないぞ。許可無しに開門することはできん!」


 外側城壁門の責任者は、門の上からジーグフェルド達に向かってそう言った。


 正論であるが、無論、の伯爵から指示などくるはずはない。


 もし出来たなら大したものだと思うが、想像するのは遠慮したい。


 何故なら既にもうこの世にはいないのだから。


 そして彼らの周辺には、開門を望んで避難してきた城下町の住人達で溢れかえっている。


「では、このまま敵と戦うことも無く、煙や炎にまかれて死ぬか!? それはあまりにも情けなかろう」


「…しかし…」


 それでも渋る外側城壁門の責任者に、ジーグフェルドは怒鳴った。


「早く門を開けろ! あとの責任はオレがとってやる!!」


「わ…、分かった…。直ぐに開ける」


 自分に責任が及ばないのをよしとしたのか、彼は開門の準備を始める。


 ギイギイという鉄と鉄が噛み合う耳障りな音が周囲に響き出す。


 ジーグフェルドはホッと安堵の息を吐いた。


 そんな彼の隣でカレルがクツクツと笑いを噛みしめている。


「あとの責任はオレがとってやる…ね。どうとってくれるのか楽しみだ!」


「…五月蠅いぞ。迫真の演技と言えよ」


 少し膨れてカレルを睨み付けたジーグフェルドの後ろで、ジュリアが余計な一言を落とした。


「こんなペテンの才能もおありとは、存じませんでしたわ」


「ジュリア…」


 もの凄く不本意な表情で彼女へと視線を向けるジーグフェルドだった。


 そんな三人を司令官バインは少々呆れながら見守るのであった。


 暫くして門が開き、城下町の住民達と外へ出た彼らは、その先に待ち受けているものに息を飲む。


 目を凝らしてよく見ると、外側城壁から下っている斜面の先、矢を放っても届かない距離を十分において、北西域連合軍がぐるっと周囲を包囲していたからだ。


 中央には騎乗したプラスタンスの姿があり、その左右をジオ、シュレーダー伯爵、モンセラ砦司令官シルベリー、パーロット男爵とコータデリア子爵の面子が囲っている。


 ジーグフェルド達の方からは、暗くて彼らがよくは見えないが、どうやらこちらが突破する隙間はないようだ。


「これはまた…、素早い対応だ…」


 暗闇に紛れて自軍へと戻ろうと考えていた彼は肩をちょこんと窄める。


「仕方がない」


 近くにいた兵士の一人を捕まえる。


「前方敵指揮官のところへ行って、要塞を明け渡すから住民達を殺さず避難させてくれるよう交渉してこい」


 そのあまりにも堂々とした態度に、兵士はジーグフェルドの顔に見覚えはないが、自分の上官と思ったらしい。


「御自分が行かれた方が、宜しいのでは?」


「行ってこい」


 容赦なく背中を押して送り出す。


『オレが行けるわけないだろう…』


 こんな場所で目の前にいる面々に見つかったらどうなるか、十分に想像できる。


『絶対にこっそりと自軍の天幕へと帰り着き、問われてもシラを切り通したい』


 ジーグフェルドが出した使者の申し出に、プラスタンスは即座に応じた。


 直ぐさま外側城壁の門を制圧させ、門を閉じられないようにと、跳ね橋を上がらないように細工を施させる。


 途中で気が変わったりして、再び立て籠もられたら大変だからだ。


 そして、外側城壁から出てきた者達には武器を全て捨てさせ、一列に並ばせて避難できる広場まで連行する。





 そんな頃、城下町の上空でイシスは放火作業に飽きていた。


 しかもある程度火の手がまわっても、町の住人が必死に消火するであろうと考えていたが、鎮火されるどころか勢いは増している。


 流石に不安を覚えるのだった。


〈そろそろ火を消しにかからないとマズイよね…。この都市全部が燃えて使い物にならなくなってしまう〉


 そう呟いて真っ黒な空を見上げる。


〈でも…多分もう少しすれば…だよね。いいや、ジークたちを先に探そう〉


 イシスは屋敷の方へと空中で身を翻した。


 燃える炎の明かりを頼りにジーグフェルド達を上空から探すが、全く姿が見当たらない。


 それどころか少し前まで必死に消火作業を行っていた連中までもが城内から全て消えてしまっている。


〈あれれ…。どこに行ったのかな? 姿がどこにもないよ…〉


 それもそのはずである。


 先にジーグフェルド達が、消化を諦め城外へ脱出するように先導していたのだから。


〈じゃあ、あっちかな?〉


 人が流れている外側城壁門の方へ四人の姿を探しながら移動して行き、城壁外の隊列の中にその無事な姿を発見した時である。


 冷たい風が周囲を吹き向けて行き、彼女の顔にひとしずくの水滴がかかった。


〈!〉


 直後、大粒の激しい雨が降り始める。


 月の光をも遮っていたほどの雲であるのだ、当然雨雲以外にはあり得ない。


 彼女はそこまで分かっていて、城下町にも火の手を放ったのだった。


〈いいタイミングだ。これで町の火は鎮火するだろう。さて、あとはどうやってジークたちと合流するかだけど…〉


 下の様子を伺っていたイシスは、目の前でジーグフェルド達にふりかかった災難に、小さく声を発した。


〈あ!〉

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