43話 不落城攻略【11】
ジュリアと司令官バインが
司令官バインが直ぐさまカンテラを照らして合図を送る。
それに気付いた二人が、門の詰め所に上がってきた。
「もうここまで確保したのですか。流石ですね」
「お褒め頂くほどの働きはしておりませんよ。何せ無人でしたから」
「無人……?」
「そう、出払っておりました。恐らくあそこに全部」
そう言って司令官バインは、先ほど自分が眺めた場所を指さした。
「…………」
「うわっ! 信じられない連中だ。こんな時に持ち場を離れるか!?」
呆れて声も出せなかったジーグフェルドの横で、南西のモンセラ砦に副司令官として勤務した経験のあるカレルが、彼の心境を代弁して叫ぶ。
「全く……、呆れた兵士共ですよ。あんな基本も出来ていないバカ共が、自分の部下でなくてよかったと、しみじみ思いましたね」
司令官バインは大きく肩を窄めた。
「何か有力な情報は得られましたか?」
「いや……、特には何も……」
ジュリアの問いに短く答えたジーグフェルドであったが、落胆の色はさほどではなかった。
そして彼は屋敷内部での出来事を、ジュリアと司令官バインに手短に話して聞かせる。
「そうですか……。残念でしたな」
「お二人とも無事に屋敷から出てこられて、よかったですわ」
「心配をかけたね」
安堵して胸を撫で下ろすジュリアに、ジーグフェルドは笑顔を向けた。
その直後、この間ずっと考え込んでいたカレルが、唐突に口を開いた。
「オレがあの次男を殺してしまったのは、早計だっただろうか? 生かして引きずってくるべきだったかな……?」
「いや…、そうしてもきっと聞き出すことは出来なかったと思う」
「何でだ?」
「オレの質問に対する、彼らの答え方からだ」
「?」
「先のガラナット伯爵は知らないの一点張りだった。本当に何も知らされてはいなかったのだろう。それに比べるとバーリントン伯爵夫妻は、オレの質問に対して、知らないではなく教えないと言った」
「ああ、確かにそうだな。二人とも教えないだった」
「それはガラナット伯爵家から連れ出された母レリアが、ここへ立ち寄ったのだと考えてよいのだと思う。そしてもうここにはいなくて、どこか他の場所へと連れて行かれたのだと」
「何故そう言い切れるのですか? まだ、地下とか考えられるのでは…? 探されてはいらっしゃらないのでしょう?」
ジュリアが他の可能性を考えて異を唱えたが、ジーグフェルドはあっさりと否定する。
「いや…、それはないだろう。この城内にいたのであれば男三人が死んだ際、女性達に生きる機会を与えたこの時に、交換条件として喋っていたはずだ。が、どちらもそれを拒んだ」
彼はバーリントン伯爵夫人に剣を向けたと時の状況を思い出していた。
これ以上はない条件を出してなお、あそこまで強固に拒否するのだから、きれるカードが手持ちにないうえ、喋ったら殺される運命にあったのではないだろうか。
更に、あの令嬢が短剣を所持していたこと自体不思議である。
父親のバーリントン伯爵や二人の兄達ですら、武器の剣は壁にかけてあったものを取り、自身は何も身につけていなかったのだから。
とすると、あの侍女二人は彼らの監視役で、短剣も彼女達から受け取ったのだと考えられる。
いや、振り返って冷静に考えると、そう結論づけるのが一番自然であり、かつ妥当だ。
「立てるか?」などと言って手を差し伸べていたなら、今頃床に倒れていたのは自分だっただろう。
「オレひとりだったら、彼女達にやられていたかもな…」
「ジーク?」
それ故、カレルの判断は正しかったのだと思える。
「お前があの場に一緒にいてくれてよかったよ」
ジーグフェルドはカレルの肩に手をかけ、頭を項垂れてしみじみと呟いた。
「そ、そう…か…?」
「ああ、そう思うよ…」
本当にカレルの存在に感謝するジーグフェルドであった。
「ですが…、陛下の推察を確かめることが出来なくなってしまいましたわ」
「そうですな。一家全員いなくなってしまったのでは」
「いや、それもさして心配はないでしょう」
「何でだ?」
「母のことを問うのは、何もバーリントン伯爵達でなくてもよいということだよ」
「それは?」
「ほら、その辺にいる屋敷内で働いている使用人に聞いた方が、余程素直に白状すると思うぞ。まあ、次の行き先までは流石に知らないだろうが、ここに立ち寄ったのか否かが分かれば、そこからまた探しようがある」
「なるほど」
「そうですね」
「貝の口をこじ開けるよりは楽そうだな」
「そうだろう!?」
全く手がかりが得られなかった今までより、少しはましである。
ジーグフェルドは三人に微笑んだ。
しかし、その笑みは直ぐに失われる。
あのバーリントン伯爵達から、母レリアがあのように思われていたことにはショックだった。
今までどこにいてもあんな台詞を、自分が耳にすることは一度もなかったからだ。
恐らく影では密かに言われていたのであろうが、宮廷などの公の場でもその囁きを聞くことは決してありえなかった。
それは、父アーレスがそれだけ母のことをしっかり守ってきていたということなのであろう。
下級の者に何も言わせないだけの強大な力でもって。
父はそれほど母を大切にしていた。
ずっと側で見てきたのだから、よく分かっている。
そしてふと思った。
『自分はどうだろうか? そこまで誰かを強く想うことが、また愛した女性を守ることが出来るのだろうか?』
ジーグフェルドは、ボンヤリとそんなことを考えた。
「陛下、このあとどう致しましょう?」
その状況を司令官バインの声が遮った。
「え…と…、イシスは?」
「……」
急に現実へと引き戻されたせいか、何とも的外れな返答をしてしまっていた。
「あ! あの…」
慌てるジーグフェルドに、司令官バインは彼の返答内容については別に気にしていないようだが、何とも困った表情となった。
「いえ、それが行方不明なままで、こちらには戻ってきていないのですよ。呼ぶわけにもいきませんし…」
「そうですか…」
屋敷から戻った時、真っ先にお礼を言いたかったのに、当の本人がいないとは、寂しい限りである。
少々落胆したジーグフェルドの横から、カレルが司令官バインに問いかけた。
「城下町の状況は?」
「御覧になった方が早いかと…」
促されて詰め所から城下町を見渡した二人は、その光景に驚いた。
「これは…また、見事な…」
「火の放ち方だな…」
外側城壁から内側城壁までを繋ぎ、中央に一本走っている道路を境界に、ほぼ左右対称の形で端の方から激しく火の手が上がっており、風は殆ど吹いていないので、煙は真上に上がっていた。
炎の勢いに、消火作業が明らかに追いついていない。
そのためか中央の道路に人が集中しだしていた。
悲鳴や消火を促す声、逃げ場を探す声などが入り乱れて聞こえる。
城内の方へと振り返れば、そちらも一向に火の手はおさまっておらず、それどころか勢いが増しているようであった。
「少々…、やりすぎ・だ・な…」
「これが少々ですか…?」
苦笑いをしながら感想を漏らしたジーグフェルドに、司令官バインが頭を掻きながら不満げに呟く。
「では、かなり?」
「……陛下、言葉だけ訂正しても、状況は変わりませんよ…」
「ま・あ…、そうです・ね」
そう言ってジーグフェルドは真っ黒な空を見上げ、どこにいるのか分からないイシスの姿を想った。
「イシスは大丈夫でしょうか?」
心配そうな表情でジーグフェルドを見上げるジュリアに、彼は笑って答える。
「きっと彼女なら大丈夫さ。自ら放った炎で落ちはしないだろう」
それは今まで行動を共にしてきた経験から自信を持って言える言葉であった。
「陛下…」
「それよりも自分達の方を心配しなくてはな。ぐずぐずしていてはこちらが危ない。脱出しましょう」
「しかし、どこから?」
運んでくれるイシスは、今ここにいない。
いたとしても、炎によって巻き起こる熱風と煙が、かなり高い位置まで達しているので、上空を飛ぶのは相当辛い状況である。
不安な表情で質問する司令官バインに、ジーグフェルドは笑顔で一点を指さした。
「勿論、正面の門からです」
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