42話 不落城攻略【10】

 ジーグフェルドとカレルが屋敷の中へと無事に入ったため、侵入の援護を頼まれていたジュリアと司令官バインの役目はひとまず終わった。


 次は二人が出てくるまで、この場で待機となる。


 気持ち的には、二人を追って屋敷内へ入って行きたいところであるが、女性陣の護衛も任されているため、この場を離れるわけにはいかない司令官バインであった。


 彼女なら大丈夫だろうなどと慢心してこの場を離れ殺されでもしたら、それこそ取り返しがつかない。


 数秒後には何が起こるか誰にも分からないのが戦場だ。


 想像できるありとあらゆる不測の事態に備えて、対応出来るようにしておくことが最も大切なことであるし、与えられた役割をきっちりこなすことは、チームワークの基本である。


 これを乱せば、被害は全体へと及ぶ。


 チームとして行動する際には、如何なるスタンドプレイもしてはならないのだ。


 尤も、護衛を頼まれたもう一方の片割れは、叫んでも届かない場所で勝手に作業をしているから、論外であるのだが・・・。


 彼は燃える城下町を見つめて、小さく溜息を吐いた。


 その時である。


 彼の左側にいるジュリアから声をかけられた。


「バイン司令官」


「何でしょう?」


 自分へと視線を向けた司令官バインを見上げて、彼女はニッコリと微笑んでいた。


 まるで天使のような微笑みである。


 年若い美しい女性の笑顔に免疫のない心臓がドギマギする司令官バインであったが、次の一言で儚くも直ぐに現実へと突き落とされるのであった。


「持ち合わせの矢が無くなりそうですの。調達してきて頂けませんか?」


 そりゃあ、あれだけ放てば無くなりかけても当然であろう。


「・・・・・、オレ・・、い・や、私がですか・・?」


「ええ、他の何方にお願いしろと?」


 天使のような微笑みは崩さず、有無を言わせない迫力でもって、お願いという名の命令を発する。


 メレアグリス国広しといえど、この攻撃から逃れることができる男は、きっと国王であるジーグフェルドとカレルくらいなものであろうと彼は思った。


 見つめられている限り、拒否できないのである。


「わ・・、分かりました。探してきます・・」


「お願い致しますわ」


 額に汗を噴き出させ、司令官バインは彼女をその場に残すと、蹌踉よろめきながら門へと向かって歩き出す。


 哀れにもこの二人の力関係が成立した瞬間であった。


 矢を調達するためには、門に設置されている詰め所に行けばいいし、自分達のいた場所より後ろに敵はもういない。


 よって少しの間、ジュリアから離れても大丈夫と判断したのであった。


 無論それは彼女とて同じで、だからこそ矢の調達を頼んだのである。


 司令官バインは中の様子を伺いながら詰め所に侵入したが、そこはもぬけの空であった。


 内側城壁の先の方を見ると、兵士達が数名固まって、右に水をかけろだの、いや左の方が勢いが激しいからこっちが先だなどと、下で消火作業をしている者達に指示をだしているのが、炎の発する明かりで確認することが出来た。


 反対側からの兵士がひとりもやってこないことなど、全く気が付いていないようである。


 しかも詰め所を空にするなどという、はなはだ間抜けなことまでやってくれている。


 非常時だからこそ行わなければならない、基本的なことが全く守られていない。


「一度も落ちたことがない城・・ね。堅固な外壁がなかったら、一体何分もったことやら・・・」


 彼は大きな溜息を吐いた。


 自分の部下であるならば、あの場まで行って雷と拳骨を落とすところであるが、如何せんここは敵地である。


 大人しくしていなければならない。


 常に敵国からの侵入という驚異に晒されているローバスタ砦で長年勤務してきた司令官バインにとって、今回のことはいい教訓となった。


 常に緊迫感を持って日々生活しろとまでは言わないが、いくら強力な武器を持っているからといって、それに頼りすぎて安心していては、人間がダメになるということである。


 人とは精神的にも肉体的にも、脆弱な生き物であるのだから。


「まあ、詰め所制圧ということにするかな。ここは煙もこないし、下へ降りる道も確保出来た。武器もある。そしてありがたいことに水がある。」


 彼は手招きしてジュリアを呼ぶと、椅子を勧めて飲み物を渡した。


「宜しいのですか?」


 不安と呆れが入り交じった複雑な表情で、ジュリアが訪ねる。


「いけませんかな?」


 こんなことをあっさりと言ってしまうこの大胆さが司令官バインらしい部分であった。


「ふっ・・、流石は北西の砦にその人ありと賞賛されるお方ですわね。陛下が頼りにされるはずです」


「お褒めに与り、光栄至極」


 屋敷の入口が見える小窓の側で、彼はグラスを少し上に持ち上げ、暫しの休息を楽しむかのように、いつもの人なつっこい顔で笑った。

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