41話 不落城攻略【9】
ジーグフェルドから再びピリピリとした空気が発せられるのをカレルは感じる。
「母、ファンデール侯爵夫人レリアの居場所を知っているか!?」
「ああ、あの女か・・」
ジーグフェルドの問いに、バーリントン伯爵は唇の端を吊り上げ不敵に笑った。
「無礼な! 彼女は侯爵家の御夫人だぞ!」
「元は領地も殆ど持たぬ、貧乏小領主の娘ではないか。この私が敬意をはらう必要などどこにある!?」
「おのれ!」
ジーグフェルドの剣を持つ手が、怒りでブルブルと震えていた。
頭にも完全に血が上っているようである。
「ここにいるのか?」
そんな彼を制するように、カレルが口を挟んだ。
「教えると思うか!? 甘いぞ青二才が!」
そう嘲るように笑ったバーリントン伯爵の横で、いつの間にか剣を抜いた長男が、ジーグフェルドへと襲いかかってきた。
するりと身をかわしてその剣を避けた彼は、剣を持っていない左手で、横を通過していく長男の腕を掴んでねじり上げ、自分の前へと引き寄せその首に剣を向けた。
その間にも剣の柄で長男の手を叩き、彼が手にしていた武器を落とさせる。
見事な早業であった。
隣で見ていたカレルは感嘆の息を吐く。
ジーグフェルドがローバスタ砦に勤務するようになってからは、殆ど剣の手合わせをする機会がなかったが、全てにおいて上達していると思われる。
今までイシスとたった二人で行動しても平気だった訳が分かる。
「これでもか?」
「無論だ」
長男に剣を向けられてなお、彼は余裕を見せていた。
「そうか。残念だよ」
呟いたジーグフェルドは、躊躇うことなく剣を一気に引いた。
血飛沫が周囲に飛び散り、長男からは全ての力が向け落ちて、そのまま床へと頽れた。
「いやー!! レプリート! レプリート!!」
狂ったように息絶えた男の名を叫びだし、床にへたり込んだのは、年輩のご婦人だった。
バーリントン伯爵夫人である。
残りの女性達は、あまりの惨劇に顔面蒼白となり、声を上げることすら出来ず、その場に
そして当のバーリントン伯爵は、先ほどまでとは一変し、顔が数秒真っ青になったのち、今度は耳まで真っ赤になって怒りだした。
「おのれ! 小僧が!!」
ここまで即座にジーグフェルドが行動するとは思っていなかったのであろう。
握った拳がプルプルと震えている。
そしてそれはカレルにも同様に衝撃を与えた。
ジーグフェルドの中で、何かが大きく変化したのが分かる。
「もう一度聞く。ファンデール侯爵夫人の居場所を知っているか!?」
「教えるはずがなかろう!!」
叫んだバーリントン伯爵は、壁にかけてあった剣を掴んで素早く鞘から抜くと、ジーグフェルドへ斬りつけた。
彼は先ほど同様に、身を翻してバーリントン伯爵の剣を交わすと、下から薙ぎ払うように自分の剣を振り上げ、その胴体を切り裂く。
剣を交えることすら拒むかのように。
向かってきた勢いのまま数歩進んで、彼の伯爵は絶命した。
それと同時くらいに、バーリントン伯爵の次男がカレルへと剣を向けて対峙していた。
こちらも決着は一撃でつき、血溜まりの中へと次男が倒れ伏す。
その光景を一瞥すると、ジーグフェルドは床に座り込んでいるバーリントン伯爵夫人の元へと近づき、剣の切っ先を彼女の目の前へと落とした。
「答えるならばご婦人達にまで危害は加えぬ。同じ質問だ。返答は如何に?」
恐ろしさに震えながらも、夫人はジーグフェルドを睨み付ける。
「お・・教えません。教えませんよ! この偽王めが!」
偽王と言われ、一瞬彼の眉間に縦皺が刻まれるが、剣は機械のように横へと振られ、彼女は最期を迎えた。
ほぼ同時くらいに横から悲鳴が上がる。
「いやー! 私は死にたくない! 教えるから殺さないで!」
そう叫びながら、一カ所に固まって座り込んでいた三名の女性達の中から、一番身なりの良い一人が立ち上がって、ジーグフェルドへと走り寄ってきた。
バーリントン伯爵の娘であろう。
彼の胸へと縋るように飛び込もうとした彼女の身体は、寸前で剣によって貫かれるのだった。
「ジーク!!」
驚いて叫んだカレルであったが、直ぐにジーグフェルドのとった行動は正しかったのだと知ることになる。
「お・・のれ・・・」
口から血を吐き、ジーグフェルドを恨めしそうに睨んだ彼女の手から、一本の短剣がスルリと落ちて、床へと転がった。
それを最期に彼女もこと切れる。
ジーグフェルドは無言でその遺体を床へと置いた。
彼の表情はとても悲しげで、暫くの間床をジッと見つめていた。
「ジーク・・・」
カレルは彼に近寄り、その肩にそっと手を置いた。
しかし、ジーグフェルドの顔に涙はない。
少しして、ジーグフェルドは呟くように言った。
「もう、既に腹は括った」
「・・ジーク・・・」
ガラナット伯爵家で幼き姉弟にまで死を与えている。
ここで更に非戦闘員数名分の命が加わったとて、赤く染まった自分の手の色は変わらないし、そのことを嘆いてなどもいられない。
この先もっと多くの血は流れるのだから。
「多くを望みはせぬが、せめてこの両手で包める程度の、自分が守りたい人達のためならば、オレはどんなに汚く卑怯なこともする。またそれを恥じとは思わん」
「そう・か! ならばオレも同じだな」
「カレル・・?」
「お嬢さん方、悪いね。違う形で出会っていれば、手にキスでも送って口説いたんだが」
そう言いながらカレルが座り込んでいる侍女二人に近づいた時だった。
その侍女たちがすごい勢いでジーグフェルドとカレルに向かって突進してきたのである。
「!」
二人は侍女たちがぶつかる寸前で回避した。
横を通り過ぎた侍女たちへ振り向くと、二人の手には短剣が握られている。
「!!」
驚くジーグフェルドとカレルに対し、侍女たちは更に攻撃をしかけてきた。
キンという剣と剣がぶつかる音が何度も部屋に響く。
彼女たちはおそろしく強かった。
『暗殺の専門家か!?』
ジーグフェルドがそんなことを考えた時である。
カレルが侍女の短剣を跳ね飛ばし、胴を切り裂いた。
飛ばされた短剣がもう一人の侍女の横を掠める。
そこに僅かな隙が生じた。
その隙をジーグフェルドは見逃さず、侍女の胸に剣を突き刺す。
どちらも決着した。
彼女たちは床に倒れ込み絶命する。
「ふぅ・・・、強かったな・・」
「ああ。こんなのがこの城にいたとは・・・」
ジーグフェルドとカレルは額の汗をぬぐった。
「ジークが先に殺したのがここのご令嬢だとは思うが、侍女に変装して隠れていないとも限らないからな。可愛そうだが念のため処分しておこうと思ったら、これだ・・・」
「それであんな言い方だったのか・・。というかそこまで考えたのか・・」
「ああ。・・まったく・・剣を収めて近づいていたら、やばかったかもな・・」
ジーグフェルドの固い決意が、カレルの心にも変化を芽生えさせたのだった。
「ジークに最後まで付き合うぜ!」
「カレル・・、ありがとう」
自分の考えや配慮が不足している部分を、カレルが補ってくれる。
それがとても心強く、嬉しかった。
ジーグフェルドの瞳に、うっすらと涙が滲む。
他の部屋にも誰かいないか手分けして確かめると、最後にカレルは燭台の蝋燭を一本手にし、床へと無造作に放った。
絨毯に落ちたそれからたちまち勢いよく火が上がる。
「行こう!全て片づいた。長居は無用だ」
「ああ!」
そして二人は屋敷から外へと出たのだった。
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