40話 不落城攻略【8】
屋敷内へと侵入した二人は、バーリントン伯爵の部屋を捜した。
最初のうちはイシスが放った薪の直撃を受け数名があの世へと送られたが、その後被害は城下町へと移ったので、城内の者総出で馬屋周辺火事の消火作業を行うため庭へ出ている。
そのせいで屋敷内には殆ど人がいない。
途中見慣れぬ二人に気付いた使用人達もいたが、この混乱のさなか声をかける者はいなかった。
鉄壁を誇る難攻不落の要塞に侵入者がいるという発想には至らないのである。
お蔭で二人は一階を難なく通過することが出来た。
古いうえに増築も殆どされていない城である。
自然と城主やその家族達が使用する部屋も限定されてくる。
建物の構造を把握し分析しながら、二人は素早く内部を移動していった。
二階の通路で剣を持った者数名に遭遇したが、混乱の中で不意を付かれたせいか、僅かばかり彼らは剣を抜くタイミングが遅れた。
それは生死を分ける大きな差となる。
もう既に剣を抜き、いつでも襲いかかれる状態の二人に敵うはずはなく、大声を上げる間もなく冷たい床へと倒れ伏す。
城主の居場所を聞くこともせず殺してしまったのは、聞いたところで彼らのような者が喋る訳などないと知っているからである。
逆に時間を与えてしまい、大声を上げられたり、彼らだけに分かるような伝達手段を使用されたら、自分達の方が窮地に追い込まれてしまう。
たった二人しかこの場にはいないのだ。
何事も迅速に手早く行わなければならない。
ここで死ぬことなど許されず、必ず生きて脱出しなければならないのであるから。
各部屋を調べて回ったが、二階にもう人はいなかった。
残るは三階となるのだが、上へ通じる階段が見当たらない。
「どういうことだ・・!? もう上に部屋はないということか?」
通路の突き当たりでカレルが周囲を見回しながら、少々焦りの色を見せていた。
「いや、それはおかしい。外から見た建物の高さからして三階どころか、その更に上にも部屋がありそうなくらいだったぞ」
ジーグフェルドは内側城壁から、屋敷を眺めた際のことを思い出していた。
絶対にまだ上があるはずである。
「なら、隠し扉・・か」
「ああ、恐らくな。だがどこに・・・」
そこまで呟き、今まで通ってきた通路へと視線を戻したジーグフェルドの目に、先ほど自分達が倒した警護の兵士の姿が飛び込んできた。
「そうか! あそこだ!!」
彼は叫んで駆けだした。
「お・・おい! ジーク!!」
カレルは慌ててジーグフェルドを追う。
ほぼ全力で廊下を疾走した彼は、兵士達が倒れている場所で急に止まった。
気が付けば分かりやすい図式だ。
彼らはこの場所にしかいなかったからである。
それはここが重要かつ守らなければならない場所であると無言ではあるが教えているに等しい。
左右の壁を慎重に手で触りながら、時折軽く叩いてみると、一カ所だけ帰ってくる音が違う場所へと行き当たる。
ジーグフェルドは慎重にゆっくりとその場を押した。
すると簡単に壁は開き、その奥に上へと通じる階段が現れる。
隠されてはあったが、普段の生活で日常的に使用しているのであろう。
扉の内側に兵士は配置されていないし、鍵もかけられてはいなかった。
廊下に数名配置されていたのは、念のためというわけではなく、それがこの屋敷では通常だったのであろう。
全く慢心過多な城主である。
「よく分かったな」
ジーグフェルドの後ろで援護の姿勢をとっていたカレルが感嘆の息を吐く。
「オレのいた城も古かったからな・・・」
ジーグフェルドは苦笑した。
メレアグリス国の歴史と、ほぼ同じくらいの時を刻んでいるファンデール侯爵家である。
増改築を幾度も繰り返し、住み良くしてあるのであまり気にすることはなかったが、こちらも相当古い。
基本となる部分はこのバーリントン城に通じるものがあったのだ。
まあ、発見できたのはそのせいだけではない。
ジーグフェルドの鋭い観察眼と洞察力のおかげである。
「なるほど」
相づちを打ちながらカレルも苦笑した。
これほどの頭を持ちながら、何故今回の騒動へと発展する前に、阻止することが出来なかったのだろうか?
しかし、そう言ってしまってはジーグフェルドが気の毒なので、カレルは溜息を吐くだけにした。
彼を盛り上げるべき立場にいた、臣下である自分達の責任の方が、明らかに大きいと思えるからである。
国の頭が変わるというのは、国内外にとってとても大きな出来事なのだ。
直後はどうしても混乱する。
円満に事が運んでいないのであれば特にである。
二人は狭い通路を上っていくと少し開けた空間へとでた。
その場に人の気配はない。
先に幾つか扉が見え、そのうちのひとつが少し空いていて、そこから話声が漏れてきた。
男性と女性、複数のものである。
目的のバーリントン伯爵一家であると確信したジーグフェルドは、その部屋の扉を蹴り開けた。
先ほどまでみせていた慎重な行動からは、予想も出来なかった彼に、カレルは止めることも出来ず驚くばかりであった。
ここへきて、明らかに冷静さを欠いているようである。
大きな音に、その場にいた全員が振り向く。
広い部屋の中には、身なりの整った年輩の男性と女性が一名ずつ、自分たちと同年代位の男性が二名に女性が一名、更に使用人らしき女性が二名いた。
「何っ!?」
「まさか!?」
「その赤い髪は・・!」
まず侵入者に驚いたのと、更にその人物が誰なのかに再度衝撃を受けたようである。
「お前はファンデールのジーグフェルド!」
顔を真っ赤にして叫んだのは年輩の男性、バーリントン伯爵であった。
そんな彼のジーグフェルドに対する二重の失礼に、怒りマークを乱発させたカレルが低い声で唸った。
ひとつ目は、ジーグフェルドと呼び捨てにしたこと。
二つ目は、ファンデールのと言ったことにである。
即ちそれは、ジーグフェルドのことをメレアグリス国の国王とはいまだに認めておらず、ファンデール侯爵家の息子としか、みていないということだからである。
「おい! こら! 自国の国王を呼び捨てかよ!?」
「!」
バーリントン伯爵の方を向いていたジーグフェルドは、自分の後ろから聞こえたこの台詞に、視線だけを振って不満げに呟いた。
「カレルが、言うなよ・・・」
「オレはいいの!」
呆れ顔で抗議するジーグフェルドに、カレルが偉そうに顎をしゃくってみせる。
「あ・そう・・」
カレルのあまりにも尊大かつ堂々とした態度に、何故かそれ以上何も言えないジーグフェルドであった。
「シュレーダーのカレルまで・・、どうやってここに・・・!?」
「教えるかよ! そんなこと」
呆然と自分達を見つめる一家にあっさり言い放ち、カレルはジーグフェルドの隣へと並んだ。
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