39話 不落城攻略【7】
地上では茂みから飛び出したジーグフェルドとカレルに気が付いた入口付近の数名が大声を上げるが、その声は周囲の騒音にかき消され、屋敷の内部へまで伝わることはなかった。
剣を抜いて斬りかかってきた者に応戦しながら、屋敷の入り口へと二人は走る。
その中のやたら大きな男相手に、剣を交えたカレルが途中苦戦した。
体格を利用し、上から力で押さえつけるように剣を振ってくる男に、彼は防戦一方となり、両手で受け止めるのがやっとである。
そしてカレルはその身体を屋敷の壁へと押しつけられてしまっていた。
「しま…」
後方に逃げ場を失い、カレルが舌打ちしたその刹那、男が笑いながら剣を振り上げる。
受け止める剣が折れないことを願いながら、身構えたカレルであったが、男の剣が振り下ろされることはなかった。
「…?」
彼が不思議に思った瞬間、目の前の男の身体がグラリと揺らぎ、その場に崩れ落ちた。
その背中には深々と一本の矢が突き刺さっている。
矢が飛んできたであろう方向を見ると、内側城壁の上付近。
ジュリアである。
闇夜のままであったなら援護射撃は甚だ困難であったが、幸いにもイシスが城内を明るくしていってくれた。
おかげで倒すべき的を発見しやすくなったのである。
窮地を救って貰ったカレルが、その腕前に驚いている間にも、周囲にいた敵兵二人が彼女の矢に射抜かれて地面に転がった。
「あいつ…、どさくさに紛れて、オレに当てないだろうな…?」
「まさか」
彼女の弓矢の腕前を十分知っているジーグフェルドが鼻先で笑う。
「だって、これだけ距離があるんだぞ!」
内側城壁の上から、今自分達がいる屋敷への入口付近までは相当な距離がある。
心底不安になるカレルであった。
「彼女を信じろよ」
そう言い合っている間にも、二人の周囲に矢が飛来する。
「そんなこと言っても、もしもって場合があるじゃないか!?」
「そうだな…、もし当たったら…」
「当たったら?」
「それは、きっと故意だ」
「!!!!」
カレルは顔を真っ赤にして怒鳴ったのだった。
「お前それで慰めているつもりか!? 冗談じゃないぞ!!」
「ははははは」
そして二人は混乱している屋敷の内部へと突入した。
丁度その頃、バーリントン城で火の手が上がったとの知らせが、プラスタンス達指揮官クラスの寝所へと伝えられた。
火災が起こった場合、最も怖いのは炎そのものよりも、それによって発生する煙である。
急速に広がるそれにより、視界は遮られ、呼吸も出来なくなってしまう。
閉ざされた場所で発生したのであれば、危険度は更に高まる。
逆に北西域連合軍側からすると、煙に巻かれて逃げまどう城下町の住人達が、鉄壁の門を開けるかも知れない絶好の好機となるのだ。
直ぐさま自軍の兵士達をたたき起こし、バーリントン城を包囲するように指示を出したプラスタンス=セイ=テ=アフレック伯爵であった。
お馴染みの顔ぶれが揃う中でも、一番乗りを果たすことは、武勲を挙げる絶好の機会である。
しかも攻める相手が、難攻不落と謳われたバーリントン城となれば気合いも入る。
ファンデール侯爵家奪回やガラナット伯爵家包囲の際には、武勲を挙げるに相応しい戦闘らしきものがなかったので、今度こそはと意気込むのであった。
ジオと共に素早く戦装束を身に纏ったプラスタンスは、これだけの騒ぎにもかかわらず、一向に姿を現さない総司令官たるジーグフェルドの天幕に、苛つきながら足を運び中へと乱入する。
簡易ベッドの上には、毛布に頭までくるまったでかい図体が転がっていた。
「陛下! 起きてください。何を呑気に寝入っておられるのですか!?」
失礼を承知で毛布をはぎ取った彼女は悲鳴を上げた。
天幕の外でその悲鳴を聞きつけたジオが、慌てて中へと飛び込んできて、内部の光景に呆気にとられたのであった。
プラスタンスは怒りマックスで、入口を守っていた兵士に怒鳴りつけた。
「衛兵! 陛下はどうした!? どこにおるのだ!?」
呼ばれて中へ入ってきた衛兵は、一体どうしたのか分からない表情をしている。
「は…? どこって…、そちら……に」
そう言って簡易ベッドへと視線を向けた衛兵は、手に持っていた槍を落とし顔面蒼白となった。
それも当然であろう。
プラスタンスがはぎ取った毛布の中には、天幕の裏側を守っていた衛兵が、シーツでグルグル巻きにされて転がっていたのだから。
彼女はジオと天幕を飛び出した。
「陛下! 陛下!!」
そこへ青ざめた表情のラルヴァ=セイ=テ=シュレーダー伯爵がやってきた。
「お二人とも、カレルを見かけませんでしたか?」
「何!?」
「陛下もお姿が見当たらないのですよ。いつの間にか天幕を抜け出されている」
「何ですと!?」
「……まさか、あの二人」
バーリントン城から上がる火の手を見ながら、嫌な予感に三名が見舞われた時である。
ローバスタ砦の司令官補佐が大声で司令官バインを捜している姿が目に入った。
副司令官であるオエノセラ=シスキューが砦に残ったため、彼の変わりに同行しているのである。
「お三方、丁度よいところに! バイン司令官を見かけませんでしたか?」
「……」
これからいざ戦闘という時に、指揮官クラスの行方不明者続出で、目眩を覚えるプラスタンス達であった。
「ええい! 一体誰がこの場におらんのだ!?」
怒鳴った彼女の側で、ジオが周囲を見渡し、頭数を数える。
先だって合流したパーロット男爵とコータデリア子爵、それにモンセラ砦司令官シルベリーの姿はある。
「陛下と……、カレル。バイン司令官に……」
呟きながら息子のエアフルトが真っ青な顔でこちらを見つめている姿まで視界に捕らえたジオが、言葉を詰まらせた。
「お…い……、ジュリアとイシスの姿もないぞ……」
「何だと!?」
呆然としたジオの言葉に、プラスタンスの叫びは喘ぎに近かった。
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