37話 不落城攻略【5】

 次の城と城下町を隔てている城壁へと移ったら、あとは時間との勝負になる。


 ジーグフェルドはこの場で今後の行動について指示を出した。


「屋敷の中へはオレと…、カレル付き合ってくれ」


「分かった」


「ジュリアはその弓で城壁の上から我々二人の侵入の援護を頼む」


「承知しました」


「バイン司令官はジュリアとイシスの護衛をお願いします」


「私が屋敷内へ参ります。陛下こそ女性陣の護衛を」


「いえ、彼の伯爵には直接聞きたいことがありますから、屋敷の中へは自分で行きます」


 ジーグフェルドがバーリントン伯爵に聞きたいこと。


 それはファンデール侯爵夫人である、母レリアのことに他ならない。


 彼女の兄にあたるアフレック伯爵家のジオが、必死に捜索してくれてはいるが、一向に朗報はもたらされない。


 あのガラナット伯爵家以降の消息がプツリと途絶えてしまっているため、ここで何か新しい情報を得られないかと期待しているのであった。


「しかし! あまりにも危険です!」


 無謀すぎるジーグフェルドの行動に司令官バインは食い下がった。


「すみません。行かせて下さい」


 神妙な面もちで司令官バインを見つめたジーグフェルドの瞳には、否と言わせない強い光がこもっている。


「陛下……」


 一度決めてしまったら変更などきかない性格だ。


 それは十分過ぎる程分かっている。


 諦めるしかない司令官バインであった。


「……分かりました。ですが、後悔などさせないで下さいよ」


「肝に銘じておきます」


 ニッコリと笑うジーグフェルドに、司令官バインは複雑な心境で、切なく笑い返すしかなかった。


「では、イシス。今度は向こうの城壁まで頼む」


 そう言って暗闇の中、遠くに小さく見える松明の明かりをジーグフェルドは指さした。


「了解~」


 緊張感のない返事で、彼の背後にフワフワと飛んで移動するイシスの腕を掴んで、ジーグフェルドは自分の前へと動かした。


「?」


 キョトンとするイシスにジーグフェルドは苦しい言い訳をすることとなる。


「あ…、向こうまでは距離があるから、三人も運んでいては手が痺れるだろう!? だから今度はこの体勢で頼む」


 そして彼はイシスの背におぶさった。


 小柄な女性の背に大柄な男がのっかっている、端から見ると何とも奇妙な構図である。


『みっともないが、仕方ない』


 今説明したことをどこまで理解してくれたかは分からないが、彼女のことを心配しているのは事実なのである。


 また、言葉の裏に隠した本当の理由を告げるわけにはいかない。


『後ろから抱える体勢で運んで貰うと、そなたの胸の膨らみがとても気持ちがいいなどとは絶対にいえないし……』


 そして、ショック状態から立ち直った残りの男性連中に、そんなサービスをしてやることには何か抵抗があるのだった。


『我ながら何か…』


 そこまで思って、ジーグフェルドは考えるのをやめた。


 いや、正確にはやめざるを得なかったと、いうべきかもしれない。


 納得したのか、イシスが城壁の端を蹴り空中へとその身体を踊らせたからである。


 こちらももう慣れたのか、ジーグフェルドの体重に負けて瞬間的に下に落ちることはなく少し上昇気味に器用に飛んでいく。


 その後ろ姿を残された三人は、複雑な表情で見送った。


 イシスはいくら闇夜だからといって、城下町の真ん中を飛ぶようなことはしない。


 切り立った岩壁の地形に添ってゆっくりと移動して行く。


 城を囲んでいるこの内側二番目の城壁も半円形をしており、絶壁に擦り付けてあるエンド部分へと滑り込むようにイシスは着地した。


 二人は身を潜め、周囲見張りの状況と庭の様子を伺う。


 しかし、城壁の上にも下にも兵士の姿はなく、門の周辺で篝火に照らし出される人影が数個見えるばかりである。


 庭にも人影らしきものは発見できない。


 屋敷への入口に二人見張りが立っている程度であった。


 いくら鉄壁の守りを誇る城壁。


 難攻不落の要塞と謳われているからといっても、その周囲を自軍の何倍もの敵兵が取り囲んでおり、一触即発の緊張状態が続いているはずなのに。


 何とも呑気なことである。


「まったく……、であるが故のか……」


 そんなことを溜息とともに呟いたジーグフェルドであった。


「まあな…、こんな方法で侵入されようとは、夢にも思わないだろうから、当然かもしれん。お蔭で自由に動ける。ありがたい状況だよ」


 周辺の安全が確認できたので、残りの三人をイシスに運んできて貰う。


 先ほどの状況からして彼女のことを気味悪がり、運んで貰うことに抵抗するのではないかと心配したが、問題なかったようだ。


 大人しく運ばれてくるところを見ると、イシスに触れられることを嫌がっている様子はない。


 以前の自分がそうであったように、受け入れたようだ。


 ジーグフェルドは安堵した。


 まあ、到着した際の表情かおは、まだまだ強ばっていて、かなり緊張しているようであるが、この三人なら心配はいらないだろうと彼は思った。


 庭を眺めていて感じたのだが、この城の当主バーリントン伯爵は、美しいものにはあまり感心がないとみえる。


 庭の手入れが行き届いておらず、樹木が好き勝手に伸び放題であった。


 身を隠すにはとても好都合である。


 先ほど指示した通り、ジュリアと司令官バインを内側城壁の上へと残し、屋敷内部への入口から少し離れた場所にある低木の茂みへと、ジーグフェルドとカレルは運んで貰った。


 イシスとの別れ際、ジーグフェルドはジェスチャーも交えて、彼女にジュリア達の所に戻るようにと指示をする。


「気を付けろよ」


「うん、分かってる」


 そう言うとイシスは、直線的に彼女たちの元へ戻るコースではなく、自分達を運んでくれた時と同じように、一旦岩壁の方へと向かって地を蹴った。


 闇夜の中、彼女の姿はあっという間に消えてしまう。


 その姿を見送ったのち、ジーグフェルドとカレルは入口に近い次の茂みへと、足音を忍ばせ静かに移動していく。


 見張りがいないので、本当に動きやすい。


 まったくもって緊張感のない城内である。


 そして、入口から一番近い茂みへと辿り着き、立っている見張りへと襲いかかろうと、剣を構えた時である。


 二人が潜んでいる場所とは反対側の庭が、急に昼間のように明るくなった。


 それと同時に馬のいななきや、人の悲鳴が聞こえだしたのだ。


「…?」


「何だ?」


 二人はお互い顔を見合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る