36話 不落城攻略【4】

 それは、国王であるとか身分が云々とか以前に、軍の大将がとるべき行動ではないからである。


 更にカレルは二人の持ち物を見て驚いた。


 敵が籠城している城に単身侵入するというのに、どちらも長短の剣一本ずつしか持っていないのだ。


 ロープや鈎爪そして弓といった、侵入するのに普通必要な道具類が周囲にも全く見当たらない。


「おい。二人ともどうやってこの城に侵入するつもりだ? 道具はどうした? 何もないじゃないか!?」


 高々とそびえ立つ石造りの外壁を指し、カレルが尋ねた。


 そんなカレルの問いにイシスとジーグフェルドは「だってなぁ」と言った表情でお互いの目と目を合わせた。


「どうするんだ? これ」


 ・・とは、無論カレル達のことである。


 イシスの失礼な物言いが、不機嫌なカレルの神経を更に逆なでする。


 話せる語彙ごいが増えているのはいいが、日に日に口調はジーグフェルドそっくりになっていく。


 小憎らしいほどに。


 言葉使いがなってないと窘めようとした時に、ジーグフェルドが彼女に言った。


「違うぞイシス」


 拾った小動物に対してちゃんと躾を施すのかと、感心しようとしたカレルは、次のジーグフェルドの台詞によろけそうになる。


「単数ではないから、と複数形にしなければいかん」


「ふーん、そうか」


 指摘するべきはそこではないだろうと、憤慨するを通りこして泣きたい気分になるカレルだった。


「それにしても・・・・・」


 ジーグフェルドは思いっきり困っていた。


 この三人に、今更帰れと言って帰るわけはないし、作戦はどうしても今夜行っておきたい。


 何故なら明日の夜も、今と同じ潜入に好条件の天候とは限らないからである。


 晴れて月が明るく周囲を照らせば、侵入には非常に困難となる。


 そして例え、司令官バインの言うことを聞いて、今夜諦めて陣に帰っても、作戦会議はいつまで経っても堂々回りだろう。


 更にまた抜け出さないようにと、きっと厳しく見張っているだろうから。


 ならば是が非でも今、決行したいと悩むジーグフェルドである。


 しかし、イシスに飛行能力があるのを、彼らに教えてもよいものか。


 暫く悩んだ結果、道連れになって貰うことにした。


「仕方ない。口に蓋をして貰って、一緒に連れて行こう。イシス、彼らも頼めるか? いいかな?」


「ん・・、分かった」


 恐る恐るお願いしたが、イシスの答えはあっさりとしたものであった。


 本当にことの重大性が分かっているのか、不安になる。


 一方のカレルは、なにやら如何にも余計なもののような言われ方に、その苛立ちは限界に達した。


「何なんだよ!? 一体・・・・」


 敵に見つかるわけにはいかないので、小声で怒鳴った時、ジーグフェルドがいきなり彼の方を振り向き両肩を掴んだ。


 イシスに自覚がないのであれば、こちらを押さえ込むしかない。


「カレル、これから起こることは一切他言するなよ! ジュリアとバイン司令官、あなた方もです。誰に質問されても、口外することはまかりなりません。それが私達と共に来る条件です。いいですね? 絶対にですよ!」


「はい・・」


「・・あ・あ・・・」


 ジーグフェルドの気迫に押され、ジュリアとカレルは訳が分からないまま返事をした。


「ちょっ! 冗談ではありません。私は御一緒するために、来たわけではないのですよ。一緒に陣へお帰り下さい」


「イシス。五月蠅いので、これから頼む」


 静かに怒鳴った司令官バインを、これ以上喋らせないようにとジーグフェルドが指さす。


「陛・・」


 ジーグフェルドに手を伸ばしかけた彼は、それ以上言葉を続けることができなかった。


 イシスの両手が彼の背後よりまわされ、脇の下を通り胸の前でしっかりと組まれる。


 こんな時になんで抱きつかれたのかと驚き、振り向こうとした司令官バインの身体はすでに地面にはなかった。


「よっ!」


 というイシスの小さなかけ声と共に、高さ十五メートルある外壁の頂上目指してどんどん上昇して行き、自分を見上げているジーグフェルド達がアッという間に小さくなった。


「着いた・・よ」


 声も上げきらない司令官バインに、イシスは小声で告げると、周囲に人気がないのを確認し、外壁の通路に彼を降ろして、そのまま宙に身を躍らせ、下方へと消えて行った。


 常識では絶対にあり得ないことを体験し、彼は腰を抜かしたような状態で石壁に背をあずけ、降ろされたままの状態で座り込んでいた。


 身体中の毛穴から汗が噴き出しているのではないだろうか。


 冷や汗が。


 石壁の冷たさが妙に心地よかった。


 司令官バインの思考能力が、どうにか回復しはじめた頃、ジーグフェルドの顔が石壁の上に現れた。


「ご無事ですか?」


 別に高い場所から突き落とされたり、剣で斬られたなどのケガをしたわけではないのだから、この聞き方は如何なものかと思うが、精神的なショックを考えれば妥当と思える。


 心配げにジーグフェルドが、血の気を失っている司令官バインの顔をのぞき込む。


『あの少女は一体何者なのですか!?』


 司令官バインはジーグフェルドに掴みかかろうと手を延ばしたつもりだったが、それは頭の中だけのことであった。


 身体は先程のショックからまだ立ち直っていないらしい。


 全く動いてはいなかった。


 ジーグフェルドは敵兵に見つからないよう壁に身を隠しながら、座り込んでいる彼の横に腰を下ろし、身体をさすってやる。


 そこへ次にジュリア、最後にカレルの順番で運ばれてきた。


 ジーグフェルドが自分を最後ではなく、二番目に運んで貰ったのは、おそらく城壁の上で放心しているであろう司令官バインが、敵兵に見つかっても直ぐには動けず、応戦できないであろうと思ったからである。


 己の経験から・・。


 まあ、残りの二人も全く声を発することが出来ず、放心状態に近かったので、誰から運んで貰っても、彼が二番目であることには変わらなかったであろうが。


 そんな彼らの前にイシスがチョコンと座って、心配そうに全員の顔を見回した。


≪う~ん・・、やっぱりこんなに驚くことなんだ・・。そんなに不思議な力なのかな・・?≫


 この様子にジーグフェルドは苦笑していた。


 当然の事ながら、現在の状況を彼は面白がっているのだから。


 全くもって予想通りの三人の反応に、心の中で手を叩いて踊っているともいえる。


 放っておくと何時まででも笑っていそうだ。


 しばらくして身体がやっと動くようになったカレルはジーグフェルドの胸ぐらを掴んで、鼻と鼻がくっつくくらい引き寄せると小声で怒鳴った。


「おい! 何なんだよっ!? あいつはっ!?」


「な・・何って・・・。だからだと言ったろ? その意味をよく考えてみろよ。説明もしたはずだぞ」


「・・人間じゃ・・・ない・・」


 呟くように言葉を吐き出し、イシスへと視線を向けたカレルの瞳には、恐怖が宿っていた。


「人間ね・・。正確にはと言った方が正しいだろう」


「ジーク・・」


「陛下は・・、どうしてそんな、平気な表情かおをされているのですか? ・・こんな・・・」


 ジュリアが両手を床に付いて、喘ぐように聞いてきた。


 顔色はまだ蒼いようだ。


 アフレック伯爵家で出会い、彼女の世話を頼んでから、殆ど一緒に行動してきただけに、その衝撃も大きいのだろう。


 ジーグフェルドはアスターテ山脈で刺客に襲われ、初めて空中遊泳を体験した時のことを思い出していた。


「平気じゃなかったさ。ただ、そなた達よりも先に、同じ状態を経験しているから、平気というだけだよ。慣れたとも言うかな・・? 不思議な能力だろう!?」


 笑顔でサラリと説明する彼に、恨めしげな視線が三つ突き刺さる。


 何故黙っていたのか、と。


「だからって、これ幸いにと彼女の力を利用するために、同行させているなどとはと思わないでくれよ。そんな不純な心を感じ取れないような、鈍い娘ではないのだから。きっと思った途端に、霧のように消えてしまうだろう。どうだ!? 彼女のことを信用する気になったか? カレル」


「ジーク・・・・」


「バイン司令官も。ここまできたら最後まで付き合って頂きますよ。先ほどのお願いもお忘れなく」


 ニッコリ笑って釘を刺した。


「・・・・・・は・・い・・」


 どちらにしろ、ロープすら持っていない彼が、自力で今いる場所から脱出することなど不可能である。


 ここは高さ十五メートルはある、ほぼ直立の壁の上なのだから。


 そしてこの状況下で騒ぐほど愚かでもない。


 退路を断って、労働を強要する。


 本当にずる賢いジーグフェルドの戦法であった。


 哀れにも司令官バインに、の返答の余地は髪の毛一本分すらもありはしない。


 かなり強引であることは十分承知しているが、勝手にくっついてきたのだから、自分のペースに巻き込んでしまうほかないだろう。


 尾行されていたのに気付かなかった、己の失態は横に放置して・・。


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