35話 不落城攻略【3】

 イシスとジーグフェルドは皆が眠りに就いたのを見計らい、こっそりと自軍の陣を抜け、徒歩でここまで来たのであった。


 かなりの距離ではあったが馬を使用しなかったのは、その足音が双方の見張りに気付かれるためである。


 そして、現在に至るのであった。


「じゃあ、頼むなイシス」


 そう言って、彼女に抱えて貰おうとした時である。


 後方少し遠くの木々が風もないというのに、カサリと小さな音をたて、同時に人の気配もしたのだった。


「!!」


 ジーグフェルドは瞬時に剣を構える。


 姿勢を低くし、音のした方向に目を凝らす。


「お! いた!」


 小さな声と共に姿を現したのは、暗闇にも鮮やかな光放つ金色の髪の持ち主。


 カレルであった。


『なっ!!』


 思わず声をあげそうになるジーグフェルドだった。


 カレルは器用に枝葉を掻き分け、音を最小限に押さえて、二人に近寄ってくる。


「何でここに!?」


 こんな場所で普通に喋るわけにはいかないので、顔を近づけ、出来るだけ小さな声で聞くのだった。


「何でって・・、そりゃオレの台詞だ! 深夜の逢瀬にしては、えら~く物騒な場所を選んでいるじゃないか!?」


「・・・・・・・」


 眉間に皺を寄せ、思いっきり嫌そうな表情をしたジーグフェルドであった。


 当然である。


 カレルの台詞は、嫌味いやみ以外のなにものでもなかったから。


 しかも決死の潜入作戦の出鼻をくじかれた。


 何やらこの先に、不安を感じるジーグフェルドであった。


 その時、またしても微かに木々の揺れる音と、人の気配がした。


 先ほどカレルが姿を現した付近である。


 再び全身に緊張が走った瞬間、そこに姿を現したのは、何とジュリアであった。


 しかも彼女は後方に向かって小声で告げたのである。


「いましたわ。こちらです、バイン司令官」


『何だとっ!?』


 心の中で、思いっきり悲鳴を上げたジーグフェルドであった。


 敵陣城壁側で、何とも奇妙な面子が揃った。


「何でここに!?」


 驚きで、口をパクパクさせながら、先ほどカレルに言った台詞を、再度後から現れた二人に聞くしかないジーグフェルドであった。


 すると帰ってきた答えは三者同じであった。


「会議の際、様子が怪しかったから」


 そう、ジーグフェルドはイシスと笑い合った時、自分達に向けられていた三つの疑惑に満ちた視線に気付いていなかったのである。


 そしてその三者は、今までの付き合いから得た嗅覚で、彼の態度と対応を非常に怪しいと感じ取ったのだった。


「ったく・・・。何年の付き合いと思っているんだ!? 考えなんてお見通しだよ」


「あら、それなら私も同じですわ。生まれた時から、従兄弟として十七年間側にいたのですもの。何となく分かります」


「それは私も同意見ですな。年月で言えば短いかもしれませんが、密度は相当濃いと思いますよ」


「・・・・・・・・・」


 三者三様に突っ込まれる。


『オレはそんなに読まれやすいのか・・・?』


 ガックリと項垂れたジーグフェルドをイシスが見上げ、その頭をよしよしと撫でたのだった。


 そんなイシスをカレルが睨んでいた。


 彼はずっと不機嫌なのであった。


 何か工作を行おうと企んでいるのは明白であるのに、それに誘ったのが自分ではなく、この素性も知れないヘンテコな異国の娘イシスだったということが、とても気に入らなかったのである。


 何故自分ではないのかと。


 彼はいまだにイシスに対する警戒心を解いてはいないのだった。


 更に付け加えるならば、ジーグフェルドが彼女を自分達と同等、時にはそれ以上に扱うことも、至極気に入らないのである。


 彼にとっての一番でありたい。


 臣下の者が国王の寵愛や信頼を得たいと願い、気に入られようと色々と策を練る。


 至極自然なことなのであるが、要するに焼き餅を焼いているということなのであった。


「はぁぁ・・・」


 ジーグフェルドは深い溜息を吐いた。


 三人も尾行が付いていたというのに、全くその気配を察知出来ていなかったことに対して、落ち込みだしていたのである。


 自分の感覚が鈍ったのだろうかとも思った。


 が、恐らくそうではないであろう。


 自分に対して当然殺気は全くないし、とても慣れ親しんでいる気配だったので、無視してもよいものだと、自然と身体と感覚が判断していたのだろう。


 だが、イシスは気付いていたはずだ。


 ここまでの道中、二回ほど後ろを振り返り、首を傾げていたから。


 今考えると、この三人がコソコソと自分達の後を付いてきているのが、不思議で仕方なかったというところだろう。


 言語に達者であれば、気付いた時点で尋ねていたのであろうが、多分自分といつも共にいる人物達だったので、同行していると思ったのであろう。


 何にせよこれから先のことを考えると、己の手痛い失敗である。


 そんなジーグフェルドの様子を見て、頬をポリポリと掻くイシスであった。


≪三人のことを伝えなかったのは、まずかったのかな?≫


 そして、自分の横に並んだジュリアにカレルが言った。


「よく付いてこれたな」


 ジーグフェルドとイシスは、かなりのハイペースで森林の中を進んでいた。


 カレルでも何度か見失いかけた程である。


 それを、自分が気配を察知できるよりも更に後ろから追跡していたのだから、驚いていたのだった。


 そのカレルの言葉に対し、返事をせずにジュリアは無言で膨れていた。


 そんな彼女の変わりに苦笑して答えたのが、司令官バインであった。


「いや・・、何・・。実のところ、かなり最初の段階で、陛下達を見失い、二人して困っていたのですよ」


 この二人は、ジーグフェルドを見張っていた場所が、たまたま同じだったので、一緒に行動したのだった。


「そうしたら丁度・・、その・・」


「無意味に派手な金色が、目印になってよかったわ」


「オレを目印にしたのか!?」


 唖然とするカレルであった。


 先頭の二人を尾行しながら、自分もその後を気付かないうちに尾行されていたのである。


 何たる失態か。


 口をへの字に曲げ、更に気分を害したカレルであった。


「しかし陛下は、また随分と素敵な場所への散歩ですね。一体何をされるおつもりなのですかな?」


 司令官バインが顔を引きつらせながら、ジーグフェルドを睨み付けた。


「何って・・、その・・」


「ま・さ・か、お二人でここに忍び込むなんてことを、されようとしてたんじゃないでしょうね?」


『大当たりです』


 心の中で拍手を送ったジーグフェルドだった。


「貴男という方は・・・」


 即答否定しない彼に、自分の心配が的中していたことを悟り、目眩を覚える司令官バインであった。


 心底、胸ぐらを掴み、大声で怒鳴りたいのを必死で抑える。


「御自分がこの戦の大将で要だと、自覚が全くないようですな。陛下を失えば、我々は戦う理由を失い、首を落とされるのですよ!」


「分かってますよ」


「いいえ! 全く分かってない!」


 噛みつかれそうな勢いで速攻否定され、怯んで半歩下がってしまうジーグフェルドだった。


「ジーク、本当にどうする気だったんだ?」


 カレルの質問に、ジーグフェルドは諦めて、作戦を白状した。


「・・・・その、中に侵入して、バーリントン伯爵の首を、こそっと頂いてこようと・・・」


 その内容に三人は絶句して固まった。


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