34話 不落城攻略【2】
夕方、食事のあとで行われている軍議の席でも、作戦は一向に纏まりをみせなかった。
今までのメンバーにモンセラ砦司令官シルベリーと、パーロット男爵、コータデリア子爵を加えて行われたが、何らよい策は発言されない。
皆、どう攻めたらよいものか考え
当然であろう。
国の内陸部であるとはいえ、他国からの侵略や内乱を含め、今までにもこの周辺が戦場になったことは何度かあった。
が、誰ひとりとしてこの城を短期・長期に亘り、攻め落とすことができた英雄は存在しない。
だからこそ、不落なのだ。
最初のファンデール侯爵家攻めは、敵兵の数も少なかったし、自分の領地なので、地の利を生かし奇襲攻撃も有効であった。
次のガラナット伯爵家も、相手があまりにもお粗末であったとしか言いようがない勝利である。
が、今回は、机上の知識と訓練しか知らないジーグフェルドにとって、大将としての真価が問われる、始めての戦となるのであった。
『難攻不落と称されているだけに、守りに対しては過信している部分があるはずだ。その辺に何か攻略の糸口があるのではないだろうか?』
ジーグフェルドは必死に考えた。
しかし、いくら考えても最良の方法が見つからない。
兵の数では圧倒的に優位であるというのにである。
正攻法で考えるならば、堀のない部分の外壁に足場を無数に掛け、中に兵士を侵入させ、中央の門を開けて貰い一気に突入する。
であるが。
そんな普通の戦法が通用するわけがない。
あの外壁を登るため足場を掛けようと近づけば、上から雨のように矢が降ってくるだろう。
下から矢を放って応戦しようにも、距離だけでなく外壁の高さも計算に入れなくてはいけない。
長距離矢を射る時は、地面と水平に飛ばすわけではないからである。
引力の関係上、上を向いて空に向かって放つ。
放たれた矢は弧を描き、敵のいる場所へと到達する。
よって、高さを稼ぐためには距離を短く、つまり通常以上に敵に近づかなくてはならないということである。
そうなると当然、こちらが矢を放つ前に、敵の射程距離内に入ってしまう。
しかも、上から狙えるという好条件で。
近づくだけで多数の犠牲者をだしてしまうだろう。
『先はまだまだ長いのだ。こんなところで多くの兵士を失うような作戦は立てられない』
かといって、兵糧攻めの長期戦に持ち込むわけにもいかないのだ。
ジーグフェルドの思考が限界をきたした時である。
『いや・・、待てよ・・・』
考えが全く違う方向へと向かった。
一方イシスは、遅々として進まぬ会議の成り行きに、暇を持て余していた。
活発に発言も飛び交わず、たまに出てくる言葉も難しすぎて、何を言っているのかさっぱり分からない。
理解できているのは、夕刻ジーグフェルドと共に下見に行ったあのとんでもない形の城を、攻めようとしているということだけである。
だが、この部屋の空気から、作戦事態どうすればよいのか、考え
≪あれじゃあ・・ねぇ・・・≫
脳裏にバーリントン城を思い浮かべ、イシスは溜息を吐いた。
剣と弓。
手持ちの武器類はこれだけである。
しかも、ここにいる連中は皆、自分のように空を飛べないようだ。
あの高い城壁を越えるだけでも、相当難儀するはずである。
かといって、自分が兵士をひとりずつ抱えて飛んで運ぶなど、絶対に遠慮したい。
今回も自分が特に役に立てることはないだろうとイシスは思い、暇にまかせて両足をプラプラと振って遊ばせていた。
≪だいたいこんな大人数いるから動きづらいんだ。もっと少ない人数・・、そう、以前みたいにジーグフェルドひとりとかなら、あの城の中までくらい簡単に運んであげられるのに≫
そう思った時に、イシスは真横からの視線に気が付いた。
ジーグフェルドである。
何やら少々驚いたような表情で、口を少し開け、こちらを凝視している。
≪おや・・?≫
と思ったイシスの唇が、ニヤリと不敵に笑った。
その彼女の表情に、ジーグフェルドが一瞬苦笑し、そして同じような笑みを浮かべる。
どうやら二人とも同じ考えがうかんでいたようだ。
目だけで意志の疎通を行い、そしてお互いに声を出して笑ったのだった。
その日の夜は雲が厚く空を覆い、星ひとつ見えない真っ暗な夜であった。
時間は深夜を少し回り、生きとし生けるものその殆どが、静かな眠りに就いている頃である。
闇夜にボンヤリと浮かぶバーリントン伯爵城外壁西側。
その外壁と岩壁の境目付近に、こそこそと動く二つの影があった。
イシスとジーグフェルドである。
二人とも真っ黒な薄手のマントに身を包み、腰には長・短一振りずつの剣を差しているだけという軽装であった。
いうまでもなく、イシスに飛んで運んで貰い、このバーリントン伯爵城にこっそりと忍び込み、彼の伯爵の首を頂くつもりなのである。
それが夕刻の会議中にジーグフェルドが出した結論であった。
正攻法で攻める手がないのであれば、残る戦法は奇襲作戦なのだが、それすらもこの要塞には通用しそうにない。
ならば、戦法などと言える代物ではなく、甚だ卑怯な手であるが、残る方法は暗殺である。
ここを統治する頭がいなくなれば、何かしら攻略する糸口が見えるのではないかと、ジーグフェルドは考えたのだ。
この世の理に従うならば、この作戦も不可能であった。
バーリントン伯爵城の裏側を守っている天然・鉄壁・直立不動の岩盤は、登ることも穴を開けることも、人の手では出来ないからである。
しかし、自分にはイシスがいる。
彼女の飛行能力は、世の
頼んでみて難色を示されれば、それ以上無理強いなど出来ようもなく、当然諦めたのであるが、ありがたいことに彼女自身も同じ考えであった。
これ幸いにとちゃっかり甘えることにしたジーグフェルドである。
作戦の纏まらない会議を早々に切り上げ、侵入のルートをイシスと考えたのだった。
手痛いミスを犯していることにも気付かずに・・。
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