33話 不落城攻略【1】

 周囲の地形がよく見渡せる、切り立った絶壁の上に、ジーグフェルドとイシスはいた。


 軍勢から離れ、馬で絶壁の下まで移動し、そこからはイシスに飛んで運んで貰ったのである。


 その場所から見える風景に、ジーグフェルドは深い溜息を吐き、イシスはポカンと口を開けて驚いていた。


『バーリントン伯爵城。通称、難攻不落の要塞か……』 


 城の周辺は今までと一変し、平地や森林のあちこちに今二人が立っているような、岩盤が上へ突き出した歪な形の絶壁が点在していた。


 要塞と称されるこの城は、そんな岩盤を巧みに利用して造られている。


 道具を用いたとしても、人が登るのは到底不可能であると思われるくらい高くそそり立つ、半円のような弧を描いた形状の岩盤を背にし、前面には高さ十五メートルの岩壁が、残りの半円を補うように築かれていた。


 岩壁は一重であったが、これだけの高さを支えているのだから、その厚みは半端なものではない。


 中への出入り口は中央に一カ所。


 鉄の跳ね橋と扉によって守られている。


 高くそそり立つ、鉄壁とも言える外壁に、余程自信があるのか、堀は中央の出入り口付近にしか造られてはいない上、見張りの兵士の数もまばらだ。


 だが、それでも十分すぎるほどの威圧感を受ける。


 跳ね橋を通って直ぐは城下町が広がり、絶壁近くの一番深い部分は高さ七メートル程の石壁に守られてバーリントン伯爵城は建っていた。


 城の規模自体は大きくはないが、きっと不測の事態に備えて、多くの食料や武器を、地下や外の倉庫などに蓄えていることであろう。


 城内にいる兵士の数は約一万。


『籠城されたらとても厄介な、いや、攻め落とすことが出来るか甚だ疑問な要塞だな。自然の地形を見事なまでに利用した究極の城……』


 そのため、と称されるのであった。


 これが味方であるのならば申し分ないのであったが、再度溜息を吐くしかないジーグフェルドだった。


 ローバスタ砦から彼が各方面の貴族達に向けて出していた書簡に対し、ここの城主バーリントン伯爵は誠に遺憾いかんな態度を示したのである。


 そう、ジーグフェルド率いる北西域連合軍に、はっきりと敵対の意を示したのだ。


 それは即ちランフォード公爵に与するということである。


 ならば王宮に向かうため南下する自軍が、籠城しているとはいえ、その横を素通りして行けるわけがない。


 自分達が通過したのち城から出てきて、背後を衝かれるだけならまだしも、挟み撃ちにされたらとんでもないからである。


 よって、どんなことをしてでも、陥落させる必要が生じたのだった。


 そして偵察のため、城壁内がよく見えるこの場所にいるのである。


『ファンデール侯爵家は余程周囲から恨まれていたのであろうか? それとも妬みか?』


 まあ、思い当たることは山ほどある。


『その中でも一番は、やはりあらゆる金属が産出される宝の山、アスターテ山脈であろうな。 先だってのガラナット伯爵も、この誘惑に負けたひとりだったからな…。それを考えると、いくら昔から友好な関係を築き、父親同士が親友だからといっても、隣の領地でそのアスターテ山脈のすそ野に城を構えているシュレーダー伯爵が、全面的に自分に協力してくれることは、いくら感謝しても足りないくらいだな』


 そして、バーリントン伯爵の思惑は、それだけではないはずだ。


 爵位は伯爵であっても、歴史を遡れば、ファンデール侯爵家に引けをとらないほど、この一族もかなり古い家柄である。


 故にプライドも高い。


『最大の要因はオレなのだろうな…』


 ファンデール侯爵アーレスが所持していた、故ラナンキュラス国王の遺言状もあり、正式に国王の血筋と認められはした。


 が、いまだに晴れない、本当に彼の国王の子供なのかという疑惑。


 付け加えて、ジーグフェルドが預けられていたのが、ファンデール侯爵家だったというもの、気に入らないのだろう。


 何故自分の所ではないのかと。


 更に、彼が王座にいる限り、宮廷でのアーレスの権力や発言力も増すと、思っているのだろう。


『父上はそのような人物ではないというのに…』


 そして究極は、王宮にいながら、ランフォード公爵の企てに気付かずその場を追われ、城から単身脱出しなければならなかったという失態を演じた自分への信頼の失墜。


 そんな男に国を、そして自分達の未来を託してよいものか、考えさせられるのであろう。


 彼らも領地を持ち、民を抱えている以上、その領民達を守る責任があるし、選択を誤って領地や自分の命を失いたくはない。


「ふっ……」


 明後日の方向を向き、ヤサグレたい気分になるジーグフェルドであった。


『まあ…、落ちるところまで落ちた信頼ならば、それより下に下がることはない。悪くてせいぜい横ばいで、今後の結果次第では上昇もあり得るだろう』


 そう自分に言いきかせるしかないジーグフェルドであった。


 この時彼が率いる北西域連合軍には、モンセラ砦からの援軍一千が到着し、パーロット男爵とコータデリア子爵それぞれ二千ずつの部隊も合流、合計二万二千になっていた。


 パーロット男爵とコータデリア子爵は、シュレーダー伯爵領の南側に領地を構えており、北西域で有事が起こった際に、いつも共に戦ってきた顔なじみである。


 それ故、ファンデール侯爵のアーレスを信じて、兵を出してくれたのであった。


 ローバスタ砦からの二千に対すると、モンセラ砦の一千は少なく感じられるが、如何せんこの地までは距離がありすぎる。


『それでもこの人数を寄越してくれたモンセラ砦シリベリー司令官に感謝だな』


 しかも彼はこれだけではなく、モンセラ砦に置いてきた副司令官に、砦近隣貴族達の取り纏めをさせているという。


『この内戦はメレアグリス国を二分する戦となるだろう。そして貴族達はオレとランフォード公爵、どちらに付くべきかを思案しているに違いない』


 ローバスタ砦からジーグフェルドが出した書簡に対して、直ちに兵を挙げるのではなく、慎重に様子を見極めようとしている。


『どちらに味方したが、得か……』


 そんな貴族達の重いお尻を、モンセラ砦の副司令官が叩いているというわけである。


 自分を信用し、手を差し伸べてくれる者達に、報いたいと思うジーグフェルドだった。


『しかし…、困ったな…。あれをどう攻めようか……?』


 よい策が全く思いつかず、頭を抱えるしかない。

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