32話 愚かさの代償【12】
夕食の後、ジーグフェルドを欠いた状態で、プラスタンス達が別室で今後のことについて相談していた。
長方形の机に対し、右側にプラスタンス ジオ ジュリア エアフルトのアフレック伯爵一家が順に座り、左側にシュレーダー伯爵家のラルヴァ カレル、そしてローバスタ砦の司令官バインの順で着席する。
「レリアがここにはいない上、居場所も分からない状況では、このままドーチェスター城へ向けて進軍したが宜しいでしょうね」
プラスタンスがその口火を切った。
「ああ、時間をおくことなく、次へ動いたが賢明だろうな。レリアの捜索には引き続きオレが部下を放っておく」
「そうですね。救出しなければならないのは、レリア殿だけではありませんからな」
「ファンデール侯爵アーレス殿と、宰相モーネリー殿ですね」
彼女の言葉に賛同し、ジオ、ラルヴァ、そして司令官バインが続いた。
「お二人とも王宮でどうなっているのだろうか?」
「何か情報はないのか?」
ラルヴァの質問を受けて、プラスタンスがジオへとその矛先を向ける。
数日前まで王宮に監禁されていた彼が、一番詳しいと思ったからであった。
「すまんが…、何も分からないのだ」
「屋敷を抜け出せなかったのか?」
「無茶を言うな! そしたらオレは今ここにはおらんぞ! 多分……」
プラスタンスの無茶なもの言いに、ジオが悲鳴を上げた。
「……、ジオでも無理なほどだったのか………」
「貴族が滞在する屋敷周辺は、神経質すぎるほどに…な」
ジオの眉間には、縦皺が深く刻まれる。
大抵のことは機転を利かせて処理してくる夫が、何も出来なかったということは、城周辺の警備が相当厳重であるのだとプラスタンスは思った。
別に自分の夫であるから色眼鏡で見ているわけではなく、周囲の誰の目にも妥当な評価なのである。
アフレック伯爵夫妻間で会話が進むのを他はじっと聞いていた。
「それだけ奴も必死だということだ」
奴とは無論ランフォード公爵のことであるが、ポツリと呟いた司令官バインの言葉に、ジオが異を唱えた。
「そうでしょうか……?」
「?」
「ジオ?」
「オレは今回の一件で、初めて奴に…、ランフォード公爵と向かい合って話をしましたが、これほどのことを一度に行えるほど、有能な人間とは感じられませんでした。南のドーチェスター城と最北部のファンデール侯爵家、そのどちらをも同時に攻撃する鮮やかな戦略。そして不穏な動きを感じて、様子を探っていたアーレス殿と宰相モーネリー殿を、出し抜いての行動。しかも街道を監視していた、我らアフレック家の者にすら察知されないように、このガラナット伯爵家を動かした」
「確かに…、あのビア樽狸にしては、見事すぎる……」
「では…、ランフォード公爵の上に、まだ誰かいると?」
「あるいは参謀に優秀な人物がいるのか…」
「どちらも考えにくいな」
「そうですな。前説はあのランフォード公爵が誰かの下になるとは考えられない。後説はその人物に全く心当たりがないということ。あ奴の周囲でそんな切れ者、見たことがない」
「そうなると…、考え着くところはひとつになるのだが…」
瞬間的に空白の時間が流れる。
「ニグリータ殿か…」
「だが…、あの姫そんなに賢かった…か・な?」
ポツリと言ったプラスタンスの呟きに、カレルが甚だ失礼な暴言を吐いた。
エルリックの即位と共に、一時は自国の皇后となった女性なのにである。
「それよ…。どう考えても否だ」
だが、もっと失礼なのは、その父親ラルヴァの方だった。
息子の暴言を窘めるどころか、更に失礼な暴言を被せたのである。
そして極めつけは、そのことを誰も気にしない、この場にいる全ての者であろう。
話は自然に流れて行く。
「ではその後ろのダッフォディル国?」
「可能性としては高いが、これほど綿密な計画を遠く離れた場所から、的確に指示し伝達できるものだろうか?」
「ここ数か月の間、何度か王宮に出入りしていたようだが…、かなり苦しいな」
「うむ…」
『では一体誰が…?』
と、全員の頭にクエスチョンマークの花が咲いた時である。
扉がノックされ、ジーグフェルドがイシスを伴って入ってきた。
「陛下!」
「すみません。遅くなりました」
ジーグフェルドは詫びながら、全員に向かって一礼した。
その表情は
プラスタンスがニッコリと微笑み、最上位の椅子を勧めた。
ジーグフェルドは勧められたその席の横にもう一つ椅子を確保し、そこにイシスを座らせる。
「陛下?」
困惑しながら訪ねるプラスタンスに、彼は告げた。
「今後、会議には彼女も同席して貰うことにします」
「陛下!?」
ジーグフェルドの発言に、一斉に驚く一同であった。
「言葉が分からないのだ。同席しても意味がないんじゃないのか?」
「だからだよ、カレル」
「?」
「少しでも早く習得して貰うためにだ。我々の会話を聞いていたら、耳も慣れてくるだろう?」
「だからって…、軍議ですよ……」
「何だっていいではないですか。別に会議の進行を邪魔することはないでしょうから」
悲鳴のようなプラスタンスの意見に、ジーグフェルドは涼しい顔で、ついで貰った酒のグラスを空にした。
『陛下はお気にされなくても、我々は大いに気になります。第一問題なのは、そこではありません……』
恨めしそうに彼を見つめる数名の顔にそう書いてあった。
軍議、即ち最重要な機密事項を話し合う場なのであるから。
元に戻ったのは嬉しいことであるが、元来の大雑把な部分もしっかりと復活している。
それはそれで大問題であった。
そんな状況にジュリアが楽しそうにクスリと笑った。
「陛下お食事は? こちらへお持ちしましょうか?」
「いや、いいよ。もう済ませた」
「えっ!? どちらで?」
「外で」
「え? …陛下…?」
ジーグフェルドの言っていることがさっぱり理解できず困惑するジュリアに、彼は独り言のように付け加えた。
「月が綺麗だったよ」
「?」
「赤い月ですか?」
そう聞いたのは司令官バインだった。
赤い月は戦女神、名はイシスである。
この部屋へ入ってきた時、彼女を伴っていたため、そう限定したのであった。
ローバスタ砦で約二年間と、ここ最近で一番長く一緒にいた彼が、ジーグフェルドのこんな部分を最もよく分かっているのかも知れない。
「ええ」
そう言ってジーグフェルドは静かに微笑んだ。
その表情に司令官バインは満足し、先ほどから話し合っていたことを彼に告げる。
「それで、出来るだけ早くここを出立し、王宮へ向けて進軍しようと話していたのですが」
「そうですね。父やモーネリー宰相の救出も急ぎますから…。ここの事後処理を早急に片付けて、出立しましょう」
そう言いながら机の上に広げられている地図上を、進軍させる方向に向かって指でなぞったジーグフェルドの手が、一点で止まった。
「次はあの要塞ですか……」
彼は顔を引きつらせた。
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