30話 愚かさの代償【10】
翌日早朝、北西域連合軍はガラナット伯爵領へと進軍を開始した。
軍勢は、ファンデール侯爵家より約五千、シュレーダー伯爵家より約五千、アフレック伯爵家より約五千、そしてローバスタ砦から約二千、合計一万七千でガラナット伯爵家を包囲する作戦である。
それぞれ当初の予定より多く集まっていた。
また、ファンデール侯爵家の軍勢が、これだけの数を揃えられたのはカレルの勇気ある行動のお蔭だった。
彼がガラナット伯爵兵に取り囲まれていたファンデール侯爵城に密かに侵入し、執事ヒルスターと連絡を取り、そこから親戚へもまわってくれたので、ここで兵の招集に時間を割くことなく、進軍することができるのである。
更に北西域連合軍はまだ余力を残していた。
集結させている軍勢は、本来の半分以下なのである。
絶対に敗北することが許されぬ戦ではあるが、人数が多くなればなるほど、移動に時間がかかってしまう。
今回は迅速に行動することを優先するためと、各家が兵を出しているということが重要なので、調整した結果この数字となったのであった。
一日後の夕方近く、北西域連合軍はガラナット伯爵家の城へと到着する。
そこはなだらかな平地が広がっており、農地には最適な土地柄で、シュレーダー伯爵やアフレック伯爵家と同様に、収穫前の美しい黄緑色の小麦が一面を覆っていた。
城を中心に周囲を守り取り囲むように城下町が広がっており、その外側は高さ八メートル、厚さ一メートル五十センチ程の石垣が、二重に張り巡らされている。
この城の建設は比較的新しく、軍事的機能と並んで、より広い領域を支配する拠点としての、政治的意味合いが強い シュロス《Schloss》様式であった。
平地で多く見られるタイプの城だ。
ファンデール侯爵家・シュレーダー伯爵家・アフレック伯爵家は、その歴史が古いため最近の造りと違うのだった。
特にファンデール侯爵家は、メレアグリス建国と同じくして、この地方を支配してきた一族故、城の造りも古く居住空間としてよりも、要塞として機能する方が多かったのである。
他より攻められて籠城しても、一年以上持ちこたえられるだけの、兵力と備蓄を維持していた。
まさに王宮並の強固な城なのである。
そんなファンデール侯爵家が、今回ガラナット伯爵兵にあっさりと城を開城してしまったのは、現当主であるアーレスを盾に取られたため、留守を守っていたレリアが要求に応じたのであった。
が結果、彼女はガラナット伯爵家へと、人質として連れて行かれてしまうこととなる。
ガラナット伯爵家の兵は約四千。
先のファンデール侯爵家を包囲するのに、約一万ほど動かしていた。
その全員が彼の地で死亡もしくは拘束されている。
まさかファンデール侯爵城やここが攻撃を受けるとは思っていなかったのか 随分と手薄だ。
ランフォード公爵家の軍勢が周囲に配置されているのではないかと偵察するが、その姿は確認できない。
よって、北西域連合軍は圧倒的に優位な数で、ガラナット伯爵城の周囲をぐるりと包囲した。
そして一斉に鬨≪とき≫の声をあげ、威嚇を行ったのである。
城を守っている兵士たちからの攻撃はなく、城下町の住人は恐怖に怯え、戸や窓を固く閉め、室内で震えるしかなかった。
これに対してガラナット伯爵が、何かしらの動きを見せるかと思っていたら、城は静かすぎるほど無音である。
少々疑問を覚えながらも、ジーグフェルドはガラナット伯爵へと使者を送った。
総司令官として指揮する彼の要求は、第一に無論母レリアの解放、そして第二にこの城の明け渡しである。
使者を出してから一時間もしない内に、二重に張り巡らされている両壁の扉が開けられた。
城に入ったジーグフェルド達一行は、その場で呆気にとられるのだった。
ガラナット伯爵は家族共々床に座り込み、顔面蒼白でガタガタと震えていたからである。
よもやこのような反撃を受けるとは予想もしていなかったため、どうしてよいのか自分で判断できず、ランフォード公爵へと一報を知らせたが、援軍など到底間に合うはずはなかった。
ファンデール侯爵家に配置していた軍が陥落したことを知ったのが遅かったため、逃げ出すことも叶わず、城の奥で震えているしかなかったのだと、家臣の口より告げられた。
「母はどこだっ!? どの部屋におるのだ!?」
ジーグフェルドはガラナット伯爵の胸ぐらを乱暴に掴んで立たせた。
体格差がかなりあるので、彼の足は床から少し浮いてしまい、苦しそうな表情をしている。
「どこなんだ!?」
「レ・・レリア様・・。ファンデール侯爵婦人はここにはおられません」
「!!!」
一同に再び衝撃が走った。
「何・・だと・・!? ・・どういうことだ!? ファンデール侯爵家を包囲していた貴殿の軍司令官が、母をこの城に連れて行ったと白状したのだぞ!!
ジーグフェルドは烈火の如く怒り、ガラナット伯爵をひどく乱暴に揺すった。
「ほ・・本当にここにはおられないのです・・。ランフォード公爵家の使いの方が、十日ほど前にいらして、どこかへお連れになりました・・・」
この告白にジーグフェルドは軽い目眩を覚え、手が小さく震えだした。
「行き先は!? どこへ連れて行ったのだ!?」
「分かりません・・。私は何も知らされてはいないのです」
「くっ・・!!」
泣きながら答える彼を、ジーグフェルドは床へと無造作に放った。
やっと救出出来ると信じていたその足元を、無情にもすくわれてしまったのだった。
「レリア・・・」
絶望に近い溜息を小さく吐いたジオの腕に、プラスタンスがそっと手を伸ばし優しく触れた。
だが、彼女の表情もひどく暗い。
『母上・・一体どこへ・・?』
やりきれぬ思いでその場に立ちつくすジーグフェルドに、シュレーダー伯爵ラルヴァが指示を促した。
「陛下! ガラナット伯爵一家の処遇は如何致しますか?」
「それは・・」
ジーグフェルドは返答に困った。
勢いに任せていた頃、ローバスタ砦で司令官バインの「敵への配慮は?」との問いに対して、「一切無用です。この際だ、ランフォード公爵に
だが、そのランフォード公爵に
怯えて泣きながら自分を見上げる妻と二人の子供。
息子は十二歳、娘は十四歳くらいだったと記憶している。
こんな年齢だ。
此度の一件に、自らの意志で荷担していたとは到底考えられないし、父親の所業を知っていたかさえも疑問である。
そんな彼らの命を自分はどうしようというのか。
しかし、戦に負けた者の子孫を生かしておくことにも、躊躇いを感じられた。
下手に情けをかけ、生かしておいたがため、のちに自分や周囲の大切な者達にとって、命取りになる危険が生じるからである。
それはファンデール侯爵家でも、ローバスタ砦でも嫌というほど教えられてきた。
だが、実際に自分がその決断を下さなければならない立場に立たされた時、これほどまでに苦しまなければならないのかと、心の中で葛藤を繰り返すジーグフェルドだった。
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