26話 愚かさの代償【6】
そして客用の居間でもジーグフェルドとプラスタンスの話が、終わりを迎えようとしていた。
「問題はモンセラ砦か。あそこなら敵対することはまずありえないだろうが、ここまでは距離があるから、かなり苦しいな……。少人数でも間に合ってくれればよいのだが……」
「そうですね……」
アフレック伯爵家やシュレーダー伯爵家は大貴族とはいっても、メレアグリス国という大きな枠から考えると、一貴族でしかない。
しかし、東西に四カ所配置されている砦は位置づけが違う。
国王の直轄地。
国王の命令でしか兵が動かない場所。
この砦の軍勢が、ジーグフェルドとランフォード公爵、どちらに付くかによって、戦局は大きく変わってくる。
即ち、国王として認められているのは、どちらであるかが、他の貴族達にはっきりと示されるのだ。
故に少数でも構わないので、モンセラ砦の旗が何としても自軍の中に欲しいと考える二人であった。
翌日の夜、頭からマントをすっぽりと被り、馬に乗ったひとりの男がアフレック伯爵城の外壁に姿を現した。
男は馬の背を足場にして外壁へ取り付き、器用に登って中へと進入した。
しかし、外壁周辺の地形にはあまり慣れてはいないのか、何度も立ち止まって辺りを見回し、庭を進む足取りも少しぎこちない。
それでも気配の消し方は見事で、物音を立てることなく進み、誰にも見つかることはなかった。
そして目的の場所へと辿り着いたのか、マントの中からかぎ爪の着いたロープを取り出し、テラスの手摺りへと勢いよく放る。
カチリと小さな音がして、手摺りにかぎ爪が掛かった。
男はロープを辿って一気に二階まで登り、テラスへと身を踊らせる。
辿り着いた先、部屋の主から強烈な洗礼を受けるとも知らず。
男がテラスに着地したのと同時に、部屋の硝子窓が勢いよく蹴り開けられ、剣が薙ぎ払われようとするのが見えた。
「うわっ!? 冗談!!」
男は叫び声と共に手摺りへと飛び移り、一瞬足を滑らせて下へ落ちそうになってしまった。
「カレル!!」
またもや発せられた声に反応して、プラスタンスが剣を止め、驚いて侵入者の名を叫んだ。
「カレル?」
部屋の中央で、剣を抜き構えていたジーグフェルドが驚いてテラスへと駆け寄ってくる。
そこには手摺りの上で柱にしがみつき、顔を引きつらせながら片手を振って挨拶するカレルの姿があった。
「よお!」
「よかった。無事だったのだな」
「たった今、ここで、ちょーっと死にかけたけどな」
そんな憎まれ口をたたきながら、手摺りからテラスの床へと飛び降りたカレルを、ジーグフェルドは抱きしめた。
少し照れくさそうにしながら、少しぶりに再会できた彼を、カレルもギュッと抱きしめ返す。
カレルはファンデール侯爵家へと赴き、彼の家の様子を探ったのち、シュレーダー伯爵家へと一旦戻り、父のラルヴァと打ち合わせを済ませて、ここアフレック伯爵家へ来たのであった。
が、そんな二人に冷たい視線が浴びせられる。
無論プラスタンスのものである。
「え…と……。ご機嫌麗しく。アフレック伯爵」
そう言ってカレルはプラスタンスの手の甲にキスを送った。
が、彼女の表情は変わらない。
いや、寧ろ呆れていると言った方がいいかも知れない。
持っている剣を地に向け、両手を胸の前で組み、片足をカツカツと鳴らして、盛大に溜息を吐いた。
「まったく……。どうしてお主等は私の屋敷に、こそ泥のように忍び込んで来るのだ? 何度も来ておるくせに、正面玄関の場所を知らんのか!?」
「…………」
何度も来ているから、プラスタンスの部屋に直接忍んでこれたのであるし、内部の状況がどうなっているのか分からないからこその行動であったのだが、ご機嫌斜めな彼女に反論はしない方が得策である。
無言で「だって……、なぁ」と言わんばかりの表情をし、顔を見合わせるジーグフェルドとカレルであった。
そこへまたしても間がいいのか悪いのか、ジュリアがイシスを伴って部屋へとやってきた。
今夜も色々と相談事を行っている、ジーグフェルドとプラスタンスに就寝前の挨拶に来たのである。
「まあ! 黄色い猿が!!」
開けはなった扉の前で、今度も驚いて立ちつくしたかと思ったら、二晩連続して母の部屋のテラスから現れた珍入者に余計な一言を落とす。
「ジュリア! お前なぁ!」
「私の娘に何をする気だ!?」
怒鳴ってジュリアに掴みかかりそうになるカレルの喉元に、プラスタンスが剣の切っ先を見舞った。
カレルは身体を仰け反らせ、伸ばした手だけをフワフワと宙に踊らせる。
「いえ…別に……。挨拶でもしようかな…と……」
「あらあら、猿がどんな挨拶をして下さるのかしら?」
「…………」
通常のお嬢様であるならばこの場合、虎の威を借る狐と言えるのであるが、彼女にその言葉は当てはまらない。
剣の腕は十人並みでありはするが、そんなものとは比べものにならないほどに、弓の腕前が素晴らしいのである。
かつてメレアグリス国一と謳われた弓の名手プラスタンスの手ほどきを、直に受けて育ったジュリアの腕は、近年母親と一・二を争う程までに成長していた。
それなのに容姿だけは麗しいお嬢様風なのだから、とても始末が悪い。
そのことを知らなかった間抜けな男が、何人この容姿と性格の差に打ちのめされ犠牲となったことか。
そして更に幸と言うべきか、不幸と言うべきか、ジュリアとカレルは性格が非常によく似ているのだ。
それは強く引き合うか、極度に反発するかに、二極分されるところであるが、この二人は後者であるようだ。
バックグラウンドの家も同じ伯爵家。
領地の広さもほぼ互角。
そして年齢も近いとあっては、競うなと言う方が無理なのかも知れない。
視線をぶつけ合い、火花を散らしている二人に、場の空気が全く読めていないジーグフェルドが、のほほんと声をかける。
「相変わらず仲がいいな」
「違うだろう!」
「違います!」
同時に見事なまでの二重奏が返ってきた。
「お母様はおもてになりますのね。羨ましいですわ。私の部屋にも誰か忍んで来てはくれないかしら? 猿は嫌ですけど」
「……………」
ニッコリ笑顔で毒を吐くジュリアに、カレルは口をへの字に曲げた。
彼女に口で勝つ自信がないからである。
そして半分は責任転嫁かと思いつつも、考えずにはいられない。
自分とジーグフェルドの婚期が遅いのは、このアフレック伯爵
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