24話 愚かさの代償【4】

「陛下はこの城を拠点に挙兵なさいませ。数日前にラルヴァ殿から文を頂いておりましたので、領地内へはすでに兵召集の連絡は出しております。明日までには約三千集まるでしょう」


 シュレーダー伯爵家でもラルヴァが同じことを言ってくれた。


 ありがたいことである。


「流石ですね。シュレーダー伯爵の方も約三千とのことでした」


「ローバスタ砦はどうでした?」


「取り敢えず一千動かしてくれるそうです。この時期とはいえあまり手薄には出来ませんから」


「そうですか。コータデリア子爵とパーロット男爵には、ラルヴァ殿だけではなく私からも兵の要請はしております」


「ありがとうございます」


 ここまで話してジーグフェルドの表情が少し曇った。


 今、北西域にいる彼が出来ることはファンデール侯爵家とそこにいる母レリアの奪回である。


 そのために必要なことは北西域の貴族達を結束させることであった。


 故にまず、ファンデール侯爵家から一番近く昔より親交の深かったシュレーダー伯爵家を訪れ協力を要請した。


 次に国王軍であるローバスタ砦。


 そして親戚のアフレック伯爵家が協力してくれれば、ファンデール侯爵家の周辺を固めているランフォード公爵軍を攻めることは可能である。


 アスターテ山脈の西からはシュレーダー伯爵軍とローバスタ砦軍が、そして東からはアフレック伯爵軍によって挟み撃ちにすればよいのだから。


「如何しました?」


「その…ひとつ心配が……」


「?」


 それは農作物のことであった。


 全ては急いでいるのだが、この時期兵を挙げるということは、間もなく収穫を迎える小麦畑に多大な被害を与えることになる。


 ファンデール侯爵領にも農作地はあるが、このアフレック伯爵家の収入の半分、シュレーダー伯爵家においてはほぼ全収入を小麦に頼っている。


 ファンデール侯爵のように一年中季節を気にせず山を掘って収入が上げられるのとはわけが違う。


 その時期を逃せば全てが無になってしまうのだから。


 しかし、母を助けるためにはこれ以外方法はない。


 そんなジーグフェルドの心境を察してかプラスタンスはアッケラカンと言った。


「此度の一件、避けては通れぬ」


「叔母上……」


「なに、戦に勝利したならきっと被害を被った分、陛下が国庫から振る舞って下さるでしょうし」


「うっ……」


「負けたら食料の心配など必要ない。死者には無用の物故な! はははっ」


 物騒なことを言いながら豪快に笑う彼女に、ただただ頭が下がるジーグフェルドであった。


 俯いてしまった彼にプラスタンスは優しく笑いかける。


「このことはラルヴァ殿も十分分かっておられるはず。そんな表情かおをなさるな。レリアが悲しむ」


「?」


「陛下という大切な宝物を手放して尚、レリアの表情はとても澄んでいた」


「母に会ったのですか!?」


「ええ、陛下が王宮に入られて以降、私は度々彼女の様子を伺いにファンデール侯爵家を訪ねております。アーレス殿に頼まれたのもありますが、何よりも陛下という生き甲斐を失ったレリアが心配でしたので」


「それで母は!?」


「やっと肩の荷がおりた…と。この屋敷に戻って来てくれることはなくなってしまうが、生きていればまた会うことは可能なのだから、寂しくはないわ…。と言っておられた」


「母上……」


「私はレリアとアーレス殿を信じている。だから貴男様をこの国の王だと認める」


 プラスタンスは言葉を一旦切り、表情を引き締めた。


「そして、貴男様ならこの国をよい方向に導いて下さると思っておりますから、我が領土と命、お預け致します」


 彼女の言葉がジーグフェルドの両肩にズッシリと重くのしかかってくる。


「何とも重い……」


 ジーグフェルドは両手を強く握りしめた。


「そうですね。ですが陛下は半年前に背負われましたが、エルリック様はずっと背負ってこられたのですよ。」


「!」


「ファンデール侯爵家を背負うことが決して楽であったとは申しませんが、王宮の外でお育ちになられた陛下の方が、まだ幸運であったと言えるのではないでしょうか?」


「……」


 改めて、国王の責任と重圧を感じるジーグフェルドだった。






 一方、イシスとジーグフェルドがローバスタ砦に滞在していた頃である。 


ドーチェスター城の奥深くではペレニアル=ロウ=ザ=ランフォード公爵が、玉座の前で大きなお腹を揺すりながら行ったり来たりを繰り返しイライラを募らせていた。


 ジーグフェルドの消息が依然として掴めないでいたためである。


 一度はアスターテ山脈で消息を掴んだというのだが、霧に阻まれ見失ったと報告されてきた。


 よもや断崖絶壁から空を飛んで逃げられたなどとは、報告できない刺客達の苦しい言い訳であった。


「あれほどの手勢をさいておるというのに、あんな若造ひとり仕留められんとは、全くどいつも役立たずばかり……」


 無意識に彼は親指の爪を噛んでいた。


 そこへ兵士がやってきて来客があることを告げる。


 ニヤリと醜悪な笑みを見せ、客を待たせてある部屋へとランフォード公爵はイソイソと向かった。


 そこにはアフレック伯爵家のジオとエアフルトが控えていた。


 無論自分達から好んで来たわけではなく、ランフォード公爵に呼び出され仕方なしに出廷したのである。


「今日こそよいお返事を頂けませんかな? アフレック伯爵」


 そう言ってランフォード公爵は、自分に協力すると約束させるための書状をジオの前に差し出した。


 腕を組みこれ以上はないと言うほどの仏頂面をしているジオは、ジロリと彼を一瞥すると小さく溜息を吐いた。


「分かった。書類に署名を致そう」


 そう言って二枚の書類にサラサラと署名を終えると、一方をランフォード公爵へと差し出した。


「これで宜しかろう? 私は急いで伯爵領へ戻らねばならん。なんせあの妻を説得せねばならないのですからな。何と言ってもアフレック伯爵家の実権はプラスタンスが握っております故」


「ご子息のエアフルト殿は、この場に残しておいて頂きたい。無論丁重に扱わせて頂きますよ。それとこちらの使者を同行して貰います」


「それではあれを説得などできはしない。同行する使者をまた失いたいのですかな? ランフォード公爵」


 ジオの一言が効いたのか、はたまた書類があることに気を許したのか、それとも一度使者を失っているためか、ランフォード公爵は二人を王宮より解放した。


 王宮滞在用の屋敷で素早く出立の準備を行うジオに息子のエアフルトが心配そうに尋ねる。


「父上…、宜しかったのですか?」


「なに、あの書類は無効だ」


「えっ?」


「ほら、下のオレの署名をよく見てみろ」


 そう言われて暫し無言で書類を凝視していたエアフルトが声を発した。


「あっ!?」


 そう、スペルが一文字、微妙に違っていたのだった。


「……姑息な…」


 ボソリと呟いた息子エアフルトの頭をジオは思いっきり拳骨で殴った。


「馬鹿者!生き抜くための知恵と言わんかっ!?」


「でも…、父上…」


 殴られた頭を痛そうに押さえ涙目でエアフルトは抗議する。


「フン! 署名を交わした際によく確認しなかったあ奴が悪い。あのようなアホが国王では速攻で国が傾くぞ。それに正式な書類にオレの署名など全く意味がない。アフレック伯爵家の当主はプラスタンスなのだからな」


 そうしてジオとエアフルトは王都からの脱出に成功したのである。


 道中ランフォード公爵家からの同行者と楽しく会話をしながら和やかに過ごし、あと一日走ればアフレック伯爵家に到着するという早朝。


 ジオが邪魔な二人のお荷物に更なる姑息な手段を仕掛けた。


 宿泊していた町の城壁をでるや、ジオとエアフルトはいきなり馬を全速力で駆けさせたのである。


 そしてあっという間に二人の使者を振りきってしまう。


 アフレック伯爵家の領地内であれば替えの馬などいくらでも調達出来るため、二人はこのような無茶をやってのけたのであった。


 姿すら見えなくなった同行者の方を振り返りエアフルトが心配そうに訪ねる。


「大丈夫でしょうか?」


「かまうな。あんなもの一緒に連れて帰ってみろ、オレが屋敷に入れてもらえん」


 そうキッパリと言い切る父の背中を見ながら息子に生まれる素朴な疑問。


 エアフルトは少し躊躇い気味に恐る恐る問いかける。


「父上は、どうして母上と結婚されたのですか?」


 至極当然な質問であった。


「オレもなぁ~。全くその気はなかったのだがな……」


 そう言ってジオはとても遠い目をした。

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