23話 愚かさの代償【3】

「宜しいですか? ニグリータ殿はこのメレアグリス国とダッフォディル国の和平のために我が国にいらしている。エルリック国王が亡くなられても、摂政付きとはいえ息子のアルタータ殿が国王に即位した。そこまではよかったが、そのアルタータ殿までが亡くなってしまい、彼女の立場は非常に危うく脆いものとなってしまいました。そこでご自分の地位を確たるものにするためには、誰か強力な後ろ盾が必要です。ここまではご理解出来てますね?」


「は…い…」


 早口で説明するプラスタンスに、ジーグフェルドは必死でついていった。


「そこで彼女は陛下を自分のものにしようと思われたのですよ」


「はっ!?」


「そうすれば再び王妃となり、宮廷での栄華は思いのまま。ダッフォディル国へ帰される心配もなくなりますからね」


「そんな!? そのようなことを考えずとも、彼女の立場は尊重して、決しておろそかには」


「陛下が恒久的にそうお考えでも、いずれ后を迎えられたなら、ニグリータ殿の立場は決して王妃の上にはなりません。それが一度は頂点にたった者にとって、どれほど屈辱的なことかおわかりになりますか? しかもそればかりか、下手をすれば邪魔者として、新しい王妃に暗殺される危険も生じます」


「……」


「ですが、陛下は全くなびかない」


「う…」


「ならばくすぶっている火種を利用して、頭を取り替えてしまえばよいと考えるのに、そう時間はかからなかったと思いますよ」


「頭って…、私をですか!?」


「そうです。陛下をその座から追い出し、ランフォード公爵を国王に据え、自分がその横に座る。簡単な図式です」


「しかし、協力したからといって、ランフォード公爵がそううまくニグリータ殿を后に迎えるなど」


 ジーグフェルドの言葉に、プラスタンスの顔が微妙に引きつり、しばしの間会話が途切れた。


「……全く……。どこまでもこういったはかりごとには鈍いお方だ。逆ですよ」


「逆?」


「そうです。王座を奪ったランフォード公爵に后にして貰うのではなく、もう既に奴を自分のものにしておいて、簒奪さんだつをけしかけるのですよ!」


「そんな!!」


「当たり前でしょう。他国から来た彼女にとってはの横にいることが最重要なのであって、それがであるかは二の次なのですよ」


 ジーグフェルドは言葉を失い、酸欠状態の魚のように口をパクパクさせている。


「全く…アーレス殿は……」


 そう言ってプラスタンスは額に手を当て、深く長い溜息を吐いたのだった。


 プラスタンスが女性だからここまで気が付くのか、それとも自分が鈍いだけなのか。


 何にせよ思慮浅き己を恥じるしかなく、ひたすら小さくなるジーグフェルドであった。


 凹んでいる彼を愛おしそうに見つめながらプラスタンスは苦笑する。


 そして、静かに目をとじて話し出した。


「今、私がお話し申し上げたことは、あくまでも推測であって、証拠はなにも御座いません。ですが……、陛下がここにこうしていらっしゃることから、事実であると確信しております。きっとアーレス殿はそんな不穏な動きを察知しておられたのでしょうな。だから王宮にずっと滞在しておられ、私のところにも使いを寄越された」


「父が?」


「ええ、ですからジオとエアフルトをドーチェスター城へ向かわせたのです」


 ジーグフェルドの頭の中で、全てが一本の線に繋がった。


 今まで王宮にも殆ど赴かず、ファンデール侯爵で母レリアの側に常にあった父が、何故自分の即位後王宮にずっと滞在しているのかと、不思議に思っていた答えが明らかとなる。


 周囲の動向、特にランフォード公爵の不穏な動きなどに気を配る余裕すらないほど、ジーグフェルドは執務のことだけで精一杯であった。


 それが分かっていたからこそ、父は自分の知らないところで、宰相モーネリーと色々とやっていたのであろう。


 別れ際の宰相モーネリーの言葉から推察すると、そう考えるのが妥当である。


 今更ながら父アーレスの心遣いに深く感謝するジーグフェルドだった。


「陛下はローバスタ砦から、直接こちらにいらしたのですよね?」


「ええ、そうですが」


「数日前、この城付近のフィソォリー街道、ギールの宿場町辺りで黒馬に騎乗した赤毛の男が現れたと言って、大騒ぎになっておりました。その翌日には全く遠く離れたハノーファー港で同じ騒ぎがあったと……、あれは陛下ではなかったのですか?」


「ああ、きっとカレルとシュレーダー伯爵が仕組んだ囮でしょう」


「囮?」


「ええ、カレルにはファンデール侯爵家の様子を探って貰う役目と、密かに兵を集結させるようにヒルスターに伝えて貰うことを頼みました」


 ヒルスターとはファンデール侯爵家に代々使えている執事の名である。


「城にこっそり進入するために、周囲を囲んでいるランフォード公爵の兵士を分散させる攪乱を行うと言ってましたから」


「なるほど…」


「それはそうと、王宮から使者が来ませんでしたか?」


 シュレーダー伯爵家にもローバスタ砦にもランフォード公爵からの使者が来ているのだ。


 当然ここにも来ていて然るべきで、屋敷の中を自由に移動しているのだから、現れてもよいはずなのだが、姿が全く見当たらない。


「ああ、裏の畑に埋まっておる」


「!!!」


 プラスタンスは平然と言ってのけた。


「…それは…、また、早々と…」


「当たり前だ。我が夫と息子を王宮に足止めしておいて、何をぬかすか!? 恥知らずめが!!」


 今まで抑えていたが、やはり相当お怒りのようだ。


「しかもあの病弱なレリアを監禁するとは! 義理とはいえあれは私の妹ぞ!!」


 プラスタンスは手に持っていたグラスを床に叩き付けた。


 ガラス製のグラスは派手な音をたてて、見事なまでに粉々に砕け散る。


 先ほどまでの淡々とした態度とは一変した。


 烈火のごとくとはまさにこれを指すのであろう。


 まあ、怒りにまかせていても、その矛先が室内にいる者に向けられていないだけ、今はマシなのかも知れない。


 この分ではもしかするとここへ来た使者は、屋敷に辿り着く前に、畑へと案内されたのかも知れない。


 だから表に見張りの兵がひとりも出てはいなかったのだ。


 この北西地方で、やはり一番敵にまわしたくない、苛烈なお方である。


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