22話 愚かさの代償【2】 

「イシスの世話を、お願いできるかな? できれば身の回りの小物類も揃えて貰えると助かる」


 夕食を食堂で取らせて貰ったあと、ジーグフェルドはジュリアに声をかける。


 出会ってからここに辿り着くまでの間、ゆっくりと休ませてやることも、ましてや女性らしい扱いも何一つしてやることは出来なかった。


 異国の娘で、例え生活様式がこの国とは違っていたとしても、身だしなみを整える道具や衣装に諸々の日用品、これらが必要でないわけがないのだ。


 きっととても必要で欲しいと思っていたに違いない。


 しかし、イシスは不平不満を表に現さなかった。


 理由も分からず刺客に襲われ、あちこち自分の都合で引っ張りまわしたのにである。


 だから今までのお詫びも兼ねて、ジュリアにお願いしたのだった。


 イシスは自分の年齢を十七歳だと言っていたから、ジュリアと同じである。


 たとえ言葉が通じなくても、同年齢の女性と一緒であれば、男共の中にいるよりはリラックス出来るであろう。


 また、細々こまごまとした道具類も揃えて貰えたら、イシスにとってもよいであろうと、ジーグフェルドは考えたのであった。


 ただ一つ、レース多量使用のドレスは好みではないと付け加えて。


「承知致しました。喜んで!」


 ジーグフェルドの頼みに、ジュリアは顔をほころばせ、イシスを自分の部屋へと連れて行った。


 彼女にとっても自分と同じ年齢の女性の世話が出来ることがとても嬉しかったのだった。


 母のプラスタンスから二ヶ月以上外出を禁じられており、侍女達以外の女性とお喋りすることも出来なかったから。





 ジュリアがイシスを連れて行ったのち、ジーグフェルドとプラスタンスは客用の居間へと部屋を変え、酒のグラスを片手に本題へと話を移した。


「ジオ殿とエアフルト殿が、今こちらにはいらっしゃらないと伺いましたが、本当でしょうか?」


 先ほどから一度も姿を表さないので、恐らくとは思っていたが、ローバスタ砦で司令官バインと副司令官シスキューから教えて貰ったことを確認の意味で尋ねた。


「うむ、丁度ドーチェスター城で騒動が起こった頃、王宮へ行っておりましたから、恐らく足止めされておるのでしょう。二人とも帰ってこん」


 プラスタンスの眉間に縦皺が刻まれた。


 彼女はと、かなり軽めの言葉を使ったが、実際はあるいはと言った方が正確であろう。


 無論彼らは大貴族であるから、監禁されたと言っても、王宮周辺に点在している個人所有の館に、見張り付きで閉じこめられているくらいであり、ある程度の自由は約束されている。


 余程のことがない限り、拷問等の手荒なことを受ける心配はない。


 ただ、自分の領地に帰して貰えないのである。


 だがこれだけでも、プラスタンスの不快を買うには十分なのであった。


「私の不徳の致すところから、こちらにもご迷惑をおかけして申し訳ない」


「とんでもない。捕まる方が間抜けなのですよ」


 家族にも手厳しい一言である。


「叔母上…。すみません…、あの…、父のアーレスも恐らく拉致されていると思われるのですが……」


「おお、そうでしたね」


 そう言って、プラスタンスは俯いた。


「全ては、遅すぎたのか…?」


「?」


 小さく呟いた彼女の言葉が何を意味しているのか、今のジーグフェルドには分からなかった。


 それっきりプラスタンスは黙り込んでしまい、何か考えているようである。


 その重苦しい空気に耐えられず、ジーグフェルドが声をかけようとした時だった。


 プラスタンスが不意にその顔を上げる。


「陛下、ニグリータ殿は、如何しておられます?」


 第十三代目国王エルリックの妃で、第十四代目国王オクラータの母である。


「? ……ニグリータ殿ですか? さて…、即位式の後に数回お会いしただけで、後宮でどうされているのか皆目……」


「最近、ダッフォディル国からの使者が、頻繁に王宮へというか、ニグリータ殿の元へくるとうことはありませんでしたか?」


「そう言われれば、ここ二ヶ月の間に三・四回来ていましたが……」


 そこまで誘導されて、ジーグフェルドはようやくプラスタンスの意図が飲み込めた。


「まさか…!?」


「そのですよ。ランフォード公爵家は東、ダッフォディル国も東。そして王宮にはそこの王女であったニグリータ殿。関連を繋げるなと言う方が無理でしょう。ランフォード公爵家の兵が、あれほど簡単に王宮に進入できたのも、内側から誰かの手引きがあってのこと。そうでなければやすやすと包囲などできる場所ではないのですよ」


「………」


 近隣一の大国と言われ、農産物生産も軍事力も他国を圧倒しているメレアグリス国の王宮である。


 城の周囲を囲んでいる城壁も堅固で何重にも施され、警備の兵士も昼夜を問わず常に多数配備されている。


 ましてや王が生活したり執務を行う館は、更にずっと奥である。


 そんな場所まで騒ぎにならず多数の兵士を侵攻させるなど、通常では不可能であった。


 今度はジーグフェルドが眉間に皺を刻み考え込みだす。


「陛下はニグリータ殿に優しくされましたか?」


「優しくって……?」


「率直に申し上げると、彼女を抱かれましたか?」


「!!!!」


「寝所を共にされたかとお聞きしております」


「な…、何ということを仰るのですか!? 彼女はエルリックの妻なのですよ! そのようなことするわけないではありませんか!!」


 ジーグフェルドは顔を真っ赤にして椅子から立ち上がり、両手をテーブルに叩き付けた。


 侮辱されたのかと思ったのだ。


 しかし目の前のプラスタンスは至って冷静であった。


 両肘をテーブルに立て手を組み、その手に顎を乗せ、真っ直ぐにジーグフェルドを見つめている。


「では、彼女の方から何かしらしてきませんでしたか?」


「何かって?」


「後宮に、自分の部屋へ誘うとか」


「ああ、何度かありましたね。後宮で夕食を、と誘われたことが」


「それで?」


 あくまでも淡々と話すプラスタンスの態度に、侮辱されたわけではないと分かったジーグフェルドは、冷静さを取り戻し再び椅子に腰掛けた。


「あ…、いや、まだ執務に慣れていなくて、それどころではなかったので、お断りしました」


「一度も足を運ばれなかったと?」


「そうですね……」


「では恨まれても当然ですね」


「はい?」


 ジーグフェルドはプラスタンスの言いたいことが、さっぱり分からないでいた。


「あ、あの、プラスタンス叔母上…。もう少し分かりやすく言っては頂けませんか?」


「…………はぁ……」


 プラスタンスは大きな溜息を一つ吐くと、ジロリとジーグフェルドを睨み付けた。


 あまりにも鈍感な目の前の朴念仁を。



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