17話 嵐のあとの光【4】

「最優先事項は父と母の。ファンデール侯爵夫妻とモーネリー宰相の救出です。そのためならばどのような手段も厭わないで頂きたい。何としても三名を無事に取り戻さなければ、私は一生後悔するだろう」


 副司令官シスキューが入れてくれたお茶で喉を潤したジーグフェルドは二人にそう切り出した。


「承知致しました」


 左右から同時に声が帰ってくる。

 容姿からしても神経質そうな感じの几帳面すぎる副司令官シスキューと、何事も豪快で大雑把な司令官バイン。

 外見も中身もほぼ正反対な二人なのに、妙に相性はいいらしい。


 それはジーグフェルドの後任として、半年前ローバスタ砦に配属された彼が、未だに健在であることからも証明されている。

 この司令官バインに追い出されていないのだから、優秀であると言っていいのだろう。


 先ほど彼が副司令官シスキューのことについて言ったことは、別にジーグフェルドを虐めたかった訳でも、お世辞を言った訳でもなく、本心であったのだ。


「敵への配慮は?」


「一切無用です。この際だ。ランフォード公爵に与し、私に反旗を翻す者を一掃する! そしてあの狸の首、必ず叩き落とす!!」


 その言葉を受けて司令官バインが、それまでとは一変して壮絶な笑みを浮かべた。

 身近で過ごした二年間、一度たりとも見せたことがなかった表情をだったからだ。

 テーブルの上に置いている両の拳は、怒りのせいか強く握りしめられ小さく震え、大きな体躯の全身から、鬼気迫るオーラが吹き出している。


 何よりも司令官バインを引きつけたのは、ジーグフェルドの青い瞳だった。

 鈍く重くそれでいて鋭い光を放っている。

 今にも危険な牙を剥いて、飛びかかってきそうな雰囲気であった。


 いつもいつも飄々とし、およそ怒るということからは無縁と思えた青年が、このように激しいものを内に秘めていたのだと、彼は初めて知った。

 更に全身の毛が逆立つという感覚も。

 そしてそのことが司令官バインの、男としての闘争心に火を付けたのだった。


「そうこなくては面白くない。平和ボケしたボンクラ共の心胆を寒からしめてやりましょう」


「私も微力ながら御助力申し上げます」


「いいのか? 何だったら、罷免して帰してやってもいいんだぞ」


「いえ、父に働きかけてみます」


 司令官バインと副司令官シスキューの会話の意味が理解できず、ジーグフェルドが首を傾げた。


「いえね、シスキュー男爵家の領地は、東の中央なのですよ」


「!」


 西が大国クリサンセマムからの侵略の脅威に晒されているように、東も大国ダッフォディルからのそれに見舞われている。

 このメレアグリス国も大国で、東西の両国よりも国土は幾分広く、国力・軍事力も三国一ではあるが、陸続きである以上、やはり常に狙われる。


 西の領主達が団結しているように、東もその結束は堅い。

 そして、厄介なことに、東の領主筆頭があのランフォード公爵なのである。

 副司令官シスキューの実家はそんな場所に位置しているのだった。


「それは……。また……」


 ジーグフェルドはそれ以上言葉を紡げず、顔を引きつらせた。


 東の連中によって、痛い目をみた直後だけに、どう対処してよいのか、瞬時に判断できなかったのだ。

そんなジーグフェルドの心境を察したのか、副司令官シスキューが声を出した。


「発言をお許し頂けますでしょうか?」


「あ……。ああ、どうぞ」


「有難う御座います」


 彼は礼を述べると、一礼した。

 どこまでも律儀な性格である。


「私はここに配属の命を受けました時より、陛下のために心血を注ぐ所存で御座います。ですが、出自に対してご不満が御座いますようでしたら、罷免なさるなり、監禁なさるなり、御心のままになさいませ。今回の騒動で命を落としたとしても、それは天命と受け入れます」


「お父上がランフォード公爵に味方すると言われたら?」


「残念ですが、袂を分かつしか御座いません」


「ご家族は?」


「両親と妻、それに二歳になる息子がひとりおります。三歳年下の妹がひとりおりましたが、六年前コエルレア国の貴族と婚姻致しました。それで以上です」


「え……と」


「この状態で私がこの場に残り、陛下のお役に立ちたいと申しましても、ご信頼頂けませんことは十分に承知しております。また何か不都合が生じましたら、真っ先に疑われることも」


「それだけ分かっておられて尚、私に尽くして下さると?」


「それが私の忠義です。ランフォード公爵の件、どう見ても私利私欲むき出しの大罪です。賛同は致しかねる。例え今、軍の数に勝って勝利したとしても、この先十年二十年と長期的にみて、国が安定であるとは、想像しがたい。特に近くであの方の人となりを拝見してきております故」


 副司令官シスキューの姿が、宰相モーネリーやシュレーダー伯爵と重なった。

 更に副司令官シスキューの最後の言葉が、ジーグフェルドの胸を小さく引っ掻く。


 以前からランフォード公爵については、あまりいい噂を耳にしたことがなかったからだ。

 ジーグフェルドが国王という地位に就いてからは、特に。


「分かりました。御助力願いましょう。宜しく頼みます」


「有難う御座います。では、最初にお願い申し上げても宜しいでしょうか?」


「? 何でしょう?」


「まず、そのお言葉使いをお改め下さいませ」


「!」


 ぷっと、司令官バインが吹き出した。



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