15話 嵐のあとの光【2】

「本当に変わらないな……。ここは」


「陛下がいらっしゃらなくなってまだ半年です。そうそう変わりは致しませんよ」


 会議室に入ったジーグフェルドが懐かしそうに言った言葉に、司令官バインが合いの手を入れた。


「……そうです、ね……」


 ジーグフェルドは切ない表情で小さく呟いた。

 いや、むしろ泣きそうな顔といった方が的確な表現かもしれない。


 全く何も変わらず悠久の時を流れているかのようなこの砦に戻って来たせいだろうか。

 半年前までこの砦で副司令官として勤務していた頃がとても懐かしく、また幸せだったと痛切に感じた。


「陛下……」


 司令官バインがジーグフェルドの気持ちを察して、無礼を承知で彼の肩にそっと手を添えた。





 今より遡ること半年。

 近年珍しくこのローバスタ砦に王宮より緊急を告げる使者が来た。


 しかもその筆頭が宰相のアナガリス=モーネリーという、国の政に関して以外王宮より外に出ることなど皆無な人物であった。

 その彼から手渡された書簡はいたく簡潔かつ不可解なものだった。


「ジーグフェルド=トウ=ラ=ファンデール殿。至急王宮へ参上下さいますよう。お願い申し上げます」


 とだけ記されており差出人の名はアーレス=トウ=ラ=ファンデール。

 確かに父が好んで使用していた紙であるし、筆跡も押されている紋印も見慣れた彼のものである。


 しかし、問題はこのよそよそしい文面である。

 父親が己の息子に宛てる手紙ではないばかりか、その行き先が侯爵家ではなく王宮とは一体どういうことなのか。

 父の意図するところが全く分からない。


 しかも、ファンデール侯爵家の使いが持ってくるのではなく、宰相自らが持参したというのも大いに気にかかる。

 王宮から遠く離れたこの最西の砦にわざわざ彼が迎えに来るなどとは、理解に苦しむことであった。


「一体何をやらかしたんだ?」


 書状を横から盗み見ていた司令官バインは、からかうようにジーグフェルドに言ったのを覚えている。


「さて……。何も、身に覚えはないのですが……。何なのでしょうね?」


 問うても宰相の口から納得できる回答が得られることはなかった。

 なかば強引にジーグフェルドはクレセンハート王家の紋章が入った馬車に乗せられる。


 そして、宰相と共に遣わされた数十名の武装した護衛に守られて、何も知らされることなく王宮へと連れて行かれたのだった。

 そしていきなり大勢の貴族達が居並ぶ中で、自分がラナンキュラス国王の息子であるという真実を告げられ、そのまま玉座へと着かされた。


 が、あまりにも突然かつ強引なことだったため、納得出来なかったジーグフェルドは王宮を脱走してこの砦へと舞い戻り、あろうことか立て籠もったのである。

 メレアグリス建国以来の前代未聞の出来事であった。


 その後、王宮からの使者が来てもファンデール侯爵が来ても、ガンとして抵抗していた彼を説き伏せたのがこの司令官バインであった。

 そしてジーグフェルドは渋々王宮へと戻って行ったのである。





 それなのに僅か半年でこの出来事。

 元気な姿を見られたのを喜んでいいものか悲しむべきなのか、胸中ひどく複雑な司令官バインであった。


「失礼致します」


 そこへ副司令官シスキューが優雅に扉をノックし一礼して入ってきた。

 無骨者共が集うこの砦内において非常に似つかわしくない動作であるが、彼は男爵家の出身故こういった礼儀作法には実に几帳面なのである。


 だが、自分とあまり変わらないタイミングでこの場にやってきたということは、どうやら彼も自分が行ったのと同じことを更に下の者にしてきたらしい。

 要するにイシスの世話を三番目の上官に押しつけてきたということである。

 司令官バインの瞳が少々非難めいて副司令官シスキューを見つめたが、彼もこの場には必要な人物なので致し方ないとも思うのであった。


「彼の同席をお許し頂けますかな? 陛下」


「無論です。人数は多い方がいいですからね」


 そう笑顔で告げたジーグフェルドに対してシスキューは一礼をすると、自らお茶の支度を始めたのだった。

 彼も王宮ドーチェスター城での出来事は聞き及んでいる。

 恐らくあまり休むことなくこの最西の砦まで来たジーグフェルドに、せめてものもてなしをと思ったのである。


「女官のような細やかな気配りですね……」


「ええ、かなり有能で頼りになる副官ですよ。おかげで楽をさせてもらっております」


「……すみませんね。私は無能な副官で……」


「いえいえ、とんでもない。一時とはいえ、恐れおおくも国王陛下を部下に持っていたなんて、子々孫々にまで自慢できるネタですよ」


 少々拗ねた口調のジーグフェルドに、妻も子もいない司令官バインは豪快に笑いながら言った。


「しかも、陛下ほど私を楽しませてくれた副官はおりませんでしたから……。まったく……」


 そして彼の瞳は懐かしそうに二年前へと遡っていった。

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