12話 陰謀のドーチェスター城【7】

 ジーグフェルドの話を聞いて、シュレーダー伯爵は顔面蒼白で言葉を失っていた。

 カレルがかろうじて口を開く。


「……凄まじい……、脱出劇だったんだな……」


「……ああ、そうだな。我ながらよく生きてここに辿り着けたと思うよ」


 途中スオード山で刺客に襲われたことも含め、ジーグフェルドは自分の強運に感謝するのだった。


「モーネリー宰相のおかげで、私はよかったのだが、父上は……」


 ジーグフェルドの言葉に、シュレーダー伯爵がハッとする。


「そうだ。アーレス殿は⁉」


 ジーグフェルドの眉間に皺が寄った。


「城です……。自分の館に滞在しておりましたから。おそらく拉致されていると……」


「おお……、なんということだ………」


「そのあたり、この館に来ている監視役から聞いていませんか?」


「ダメです。彼らは何も知りません。ランフォード公爵の伝文を持ってきただけのようです。かなり横柄な態度なので屋敷の者一同頭にきておるのですがね。全く、役立たずな食客ですよ」


「そうですか……。とにかく父と母を取り戻すため色々な情報が欲しい。何とかなりますか?」


「勿論です。それに陛下がご無事なのが分かった以上、挙兵することが出来ます。早急に兵を集めます」


 それはとても危険な申し出であった。

ジーグフェルドが倒れれば、ファンデール侯爵家は勿論のこと、協力してくれたシュレーダー伯爵家まで潰されてしまうということなのだから。


「本当に感謝します。シュレーダー伯爵」


「ふっ、ご心配は無用です。あのような簒奪者に頭は下げたくありませんからな」


「…………」


 ジーグフェルドは宰相アナガリス=モーネリーのことを思い出した。


「宰相も同じことを言っていた……」


「モーネリー殿ですか?」


「ええ。略奪王の未来など知れているし、興味もないと。そして、正当なる国王に仕えてこそ我が家の誉れ、とも……」


「そうですか……」


 あざみの抜け道で別れて以降、彼がどうなったのかジーグフェルドの心が痛んだ。


「近隣の貴族達にも書簡を送りましょう。最終的にはアーレス殿とレリア殿、そして王宮を奪還せねばなりませんからな」


「しかし、シュレーダー伯爵……。私には自分が本当に正当な王位継承者であるのか分からない。なのに玉座についてよいのでしょうか?」


 全身で不安を訴えるジーグフェルドに、ラルヴァは優しく微笑んだ。


「アーレス殿を。そしてレリア殿をお信じなさい」


「シュレーダー伯爵……」


「私は彼らを信じているからこそ、ランフォード公爵に向けて挙兵することを躊躇わない」


「そうだぜ。私利私欲で動くお二人でないことは、お前が一番よく分かっているだろう!? 悩むな! 迷うな! 前進あるのみだ‼」


「ああ……、そうだな」


 ラルヴァとカレル二人に励まされ、ジーグフェルドの目に涙が滲んだ。


「バカ……、泣くな」


「お前の前で誰が泣くか!」


「ほぉ~。じゃあ、その目から流れているものはなんなんだ?」


「み、水だ……」


 指摘され、頬をつたうものを拭いながら、むくれるジーグフェルドにカレルは苦笑した。


「ま! そういうことに、しておいてやるか……」


 少し元気を取り戻したジーグフェルドに、カレルとラルヴァは安堵する。


「陛下、これからどうされますか?」


「挙兵の準備が出来るまで、この城に滞在するだろう?」


「いや、明日にもローバスタ砦へ行こうと思う」


 ローバスタ砦とは、このメレアグリス国に四つある砦のうちのひとつであった。

 国の東西に延びるリュージュ街道の西に位置し、すぐ隣国のクリサンセマム国との境にあり、北西域の守りの要でもある。

 また、砦は国王の直轄地であり、兵士は全て国王の私兵であった。


「ジーク自身でか⁉」


「ああ」


「危険すぎます」


「だが、此度の戦のこと、バイン司令官と話をしなければならない」


「使者を出し、呼んだらどうだ?」


「それでは往復の時間が勿体ないし、あの砦から貴族たちに挙兵要請の文と使者を出すことが重要なんだ」


 それは国王の直轄地の兵士たちが、ジーグフェルドとランフォード公爵のどちらを国王とみなし、どちらに協力するかが戦のひとつのカギとなるということである。


「……仕方ないか……」


「すまない……」


「だが、彼女はここにおいていけよ」


「えっ⁉ どうしてだ?」


「どうしてって……、どう考えても足手まといだろう? これから先も、常に危険なのだ。それがお互いのためだと思うが?」


「そうですな。陛下の護衛には、私が数名ご用意致しましょう。そちらをお連れ下さい」


 ジーグフェルドは少し考えた。

 イシスにとって、どちらが最良なのかを。

 そしてだした結論だった。


「いや……、彼女は連れて行く。護衛のほうは必要ありません」


「ジーク‼」


「陛下‼」


「心配しなくとも大丈夫だ。彼女は十分強い。自分の身は自分で守れるほどにな。それに男数名よりも、彼女と一緒の方が目立たないだろう」


「しかし、陛下……」


「本当に心配なさらないで下さい、シュレーダー伯爵」


 食い下がってくる伯爵に、ジーグフェルドは笑顔を向けた。


「それに……」


「それに?」


「…………」


 少し俯きかげんで、無言になったジーグフェルドの表情に、カレルの顔が微妙に引きつった。


「オレは頼まれても襲わんぞ。あんな変な娘」


(だから余計なのだよ……)


 カレルにとって少しでも魅力的であるならば、それ相応の扱いをするであろうから、少しは安心できる。


(イシスがお前の好みの女性とは、全く違うから心配なのではないか……。ここに残していって、次に訪れたら、彼女はおろか誰もいなくなっていた、なんてことになったら、後悔どころでは済まんぞ。まあ、あいつの好みであったら、それはそれで、違う心配をしなければならんのだがな……)


「陛下……?」


「シュレーダー伯爵、彼女に馬と新しい剣、そして動きやすい服を用意して頂けますか?」


「…………」


 ラルヴァは小さく溜息をついた。

 カレル同様、一度決めたら動かぬ性格だと、知っているからである。


「分かりました。陛下のお見立てを信用致しましょう」


「ありがとう御座います。アイラ殿に宜しくお伝え下さい」


「承知致しました。くれぐれもお気をつけ下さい」


 その言葉を最後に、三人はそれぞれの部屋へと戻ったのだった。

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