11話 陰謀のドーチェスター城【6】

「着きました。こちらです」


 そう言った彼の前に道はなく、岩盤がむき出しの壁があるだけであった。

 どうするのかとジーグフェルドが思っていると、宰相モーネリーは左右の岩壁に空いている幾つかの小さな穴に、いつの間にか取り出した鍵を変則的に差し込んでいく。


 すると、正面にあった岩壁が音を立てて、中央から割れ、左右にスライドしていった。

 そしてそこに、人ひとりがやっと通り抜けられる程の、小さな抜け道が現れる。


「ここから地下に入れます。松明はこの壁の裏当たりにあるはずですから、どうぞこれをお持ち下さい」


 彼は燭台の蝋燭を一本取ると、ジーグフェルドに渡した。

 松明への点火用にしろということなのであろう。


「階段を降りたら、あとはずっと登りになります。裏山に向けて馬を放っておきましたのでお探し下さい。それからこれを」


 何かをそっと手渡された。

 先ほど受け取った蝋燭をかざして見ると、それは小さな鍵であった。

 おそらくこの岩壁を開いたものである。


 その瞬間、ジーグフェルドは言葉を失った。

 この抜け道も、鍵を差し込む順番も、宰相モーネリーしか知らない。


 だがこの先、ランフォード公爵に自分が拉致され、家族を盾に拷問でも受けたなら、白状せざるを得なくなった場合を考えて、文字通り最後の【鍵】を、ジーグフェルドに手渡したのである。

 ジーグフェルドとモーネリー、どちらかが欠ければ、もう二度とこの抜け道は使用できないこととなるのだ。


「私の注意と配慮が足りず、このような事態になってしまい申し訳ありません。どうぞお気を付けて」


「そなたも一緒に」


「いいえ、この道は中からは閉めることはできないのです」


 彼は首を横に振りながら静かに言った。


「モーネリー宰相……」


 ジーグフェルドは悲痛な面もちで彼の顔を見た。

 残していく彼の身が心配であった。

 これが最後の会話になるかもしれないとも思った。

 すると宰相モーネリーは、小さく一礼をする。


「先ほどのご質問へのお返事は、再会致しました時に。逃げ延びて再起をお図り下さい。では」


 そして、ジーグフェルドは無理矢理壁の隙間へと押し込まれた。


「モーネリー‼」


 どういう仕掛けになっているのかは分からないが、瞬時に岩壁が閉まりだす。

 振り返りながらジーグフェルドが見た光景は、宰相モーネリーの満足そうな笑顔であった。


 閉じてしまった岩壁を見つめ、彼は気が付いた。

 やっと、気が付いたのだった。

 半年間ずっと傍らで補佐してくれた宰相の瞳が、父アーレスと同じに優しく温かであったことに。


 ジーグフェルドの目から涙が一粒こぼれ落ちた。


「オレは……、何て愚かだったんだ……」


 呟いた途端、一気に涙が溢れてくる。


「あの狸のことにしたって……、もっと警戒しておくべきだったのだ……。それを……、執務が忙しかったなどと、言い訳にもなりはしない‼」


 叫びながらジーグフェルドは岩壁を殴った。

 打ち付けた手の痛みよりも、己の愚かさを思い知った心の方が痛かった。


「生きていてくれ……、生きていてくれさえすれば、必ず助け出す! そしてランフォード公の首、たたき落としてくれる」


 ジーグフェルドは涙を拭った。

 宰相モーネリーが自分の命をかけてまで、生きろと願って逃がしてくれたのだから、何としても逃げ延びねばならない。

 上着の内ポケットに鍵を大切にしまうと、常備されていた松明に火をつける。


 暗闇の中、松明の明かりを頼りに二時間ほど進むと、林の中で草に覆われた古井戸へと出た。

 周囲に向かって短く口笛を吹くと、程なくしてアスターが駆け寄ってくる。


 耳を澄ませば宮殿の方が騒がしい。

 宮殿そばの館に丁度滞在していた父アーレスは、きっと宮殿包囲の際に拉致されてしまったであろう。


 ならば、せめて領地に残っている母レリアだけでも助けたいと、ジーグフェルドはファンデール侯爵領へとアスターを走らせた。


 途中乗り継ぐ馬もいないため、アスターにかなり無理をさせながらも、懐かしい故郷の侯爵家に辿り着いたのは、宮殿を後にしてから四日目のことであった。


 しかし、ジーグフェルドの願いは虚しく、城は既にランフォード公爵の兵士によって押さえられており、近づくことすら叶わなかった。


 母がどうなっているのかさえ分からない。


 城に近づくことは無理と判断した彼は、交流の深かった隣領地のシュレーダー伯爵に助力を求めようと、標高三千メートル級のアスターテ山脈越えを行なう。


 そしてその途中のスオード山で、イシスと運命の出会いとなるのだった。





 一方、自分の領地に滞在していたラルヴァ=セイ=テ=シュレーダー伯爵と妻のアイラ、そしてカレルの元に、王宮ドーチェスターでクーデターが起こったとの第一報が届いたのは、発生から五日目のことだった。


 その後、ランフォード公爵からの使者が二名やってきて、ラルヴァとカレルに至急王宮へと登城するように要請したが、二人はのらりくらりとかわしていた。


 今、王宮へなど出向こうものなら、宮殿に監禁されてしまうのは、火を見るよりも明らかである。


 きっとランフォード公爵は集めた貴族達の前で「ジーグフェルドは、王にはあらず」と宣言をし、最終的には自分が国王であると認めるよう、署名を強制するに決まっているのだ。


「あ奴の魂胆などミエミエだ。誰が、あんなビア樽狸に、賛同などするものか。アホめ」


 ラルヴァは短く吐き捨てた。

 それに、王宮から脱出したジーグフェルドが生きているなら、きっとここに来ると確信していた。


 そして、この夜を迎えたのである。

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