3話 天空より降りし者【3】

 ジーグフェルドがイシスと行動を共にするようになって二日が過ぎた。


 二人は日が昇りだしてから日没までの間黙々と山中を歩き、夜は焚き火の側で寄り添って寝るというパターンで過ごす。

 そして、決めたわけでも指示したわけでもないのだが、自然と役割分担ができていた。


 ジーグフェルドは実に器用で木の枝や蔓草などで弓矢や罠を作り、兎や鹿などの動物を狩り、また川で魚を捕って食料を調達した。

 その間イシスは枯れ枝を拾い火を熾し、木の実や自生の果物、更に山菜やキノコを採ってきていた。

 それ故ジーグフェルドにとっては一人でいた頃よりもはるかに豪勢な食事となっている。


 日が落ちる前。

 ジーグフェルドが食料調達から戻るとイシスがニッコリと笑って出迎えてくれた。


「お帰り」


「ああ、ただいま」


 通常であれば何気ない挨拶である。

 しかし、たったこれだけのことなのにジーグフェルドにはとても心和む会話であった。


 出会ってから夕食を終え就寝するまでの間、彼はイシスに言葉を教える。


 道中他の人間とは一度も会ってはいないのに、イシスは自分の方がであることを感じ取ったようだ。

 どうしてそう感じたのかジーグフェルドには分からないが、彼女は積極的に言葉を習得していった。


「何、捕れた?」


「魚が五匹と野兎が一羽だ」


「凄い」


 ジーグフェルドは感心しながら火の側に腰を下ろし、持ち帰った獲物を捌き始めた。

 狩り同様こちらも器用にこなしていく。


 ジーグフェルドは必ず捕った獲物を完全に息をしなくなってから、イシスの所へ持って帰るようにした。

 何故ならイシスがひどく嫌がるからである。

 死んでいれば何ともないようなのだが、まだ生きていた場合、倒れるのではないかと思うくらい顔色が真っ青になり、全身に鳥肌を立て震えだしたのだ。


 そしてそれはイシスだけでなく伝染したかのように、側にいたアスターにまで及んだのだった。

 鼻息を荒くし、たてがみを振り乱して暴れ出したのだ。

 今までこのようなことは一度もなかったので、正直ジーグフェルドは大層驚いた。

 それ以降、二度とすまいと彼は思ったのだった。


(不思議な娘だ。動物と意思の疎通があるとでもいうのだろうか?)


 自分以外の人間にはあまり懐こうともしなかったアスターが、イシスにはよくじゃれているし何やら会話のようなものもしていた。

 不思議なことといえば他にもまだある。


(変わった服装ではあるが、町の者でも山の者でもなさそうなのに、妙に今のこのような生活に慣れている。イシス自身戸惑ってもいない。自分が狩りをしている間、道具もないのに火を熾しているし、大量に色々採ってくる山の幸も不思議だ)


 低い場所になっているものや落ちているものばかりならあまり不思議には思わないのだが、木の上の方や崖の間にしか自生しないものも結構含まれている。


(イシスが木に登るところなど見たことはないし、崖となると更に登るのは困難なはずだ。服も汚さずケガもしないでこれらを探して採ってくるなど不可能と思えるのだが……)


 イシスは平気で行なっている。

 しかも、自生するキノコや山菜の中には猛毒を持っているものもあるというのに、彼女が採取してくる中には一切その類のものは混入されてはいないのであった。


 一体どうやってこれらのものを採り、また毒性のものを見分けているのだろうと思う。

 だが、聞いたとしても今の彼女には説明できるだけの語学力はなかった。

 ジーグフェルドは焚き火の向かいに座り、魚を美味しそうに頬ばっているイシスを本当に不思議そうに眺めていたのだった。





 三日目の朝。

 周囲は薄く朝靄が立ちこめていた。


 支度を済ませ、出立して直ぐのことである。 

 何か釈然としない妙な気配に周囲は包まれていた。


 足音こそしないが、何者かがじっと息を潜めて自分達の様子を伺っているような嫌な雰囲気を感じる。

 それも一つではなく複数だ。

 今までこのような空気を感じたことはなかった。


(また追手だろうか? それとも盗賊の類か?)


 ジーグフェルドは神経を研ぎ澄まし、周囲の気配に細心の注意を払う。

 愛馬アスターの手綱をイシスに任せ、マントの下の剣をいつでも抜ける体勢で慎重にその足を進めていった。


 そんな周辺の異様な空気をイシスも敏感に感じ取って緊張を走らせていた。

 ジーグフェルドと出会ってから初めてのことである。

 彼の少し後ろを何気ないふりで付いて行きながら、慎重に辺りの様子を伺っていた。


⦅直ぐ近くに、三人。それから離れて、一・二・三……遠いけど、六か七人程いる。一体何なのかしら?⦆


 程なくして、今まで歩いていた背の高い木々のみの世界から一変して空がひらけ、低木が茂る場所にさしかかった時である。


 不意に前方の草が揺れ、黒装束の男達が三名現れ二人の行く手を阻んだ。

 顔も隠してはおらず、三名とも既に剣を抜いており、憚ることなく殺気を吹き出させていた。

 雰囲気からして相当の手練れのようである。

 全く隙がなく、剣を構える姿勢が見事であった。


「イシス。逃げろ!」


「えっ⁉」


 後ろを振り向き叫んだジーグフェルドの言葉にイシスは反応出来なかった。

 彼が何を言っているのか分からなかったからだ。


「ちっ!」


 教えていなかったのだから当然なのだが、彼は己の配慮のなさに小さく舌打ちをした。

 その間に、真ん中にいた一人が剣を振りかざしジーグフェルドに襲いかかってくる。

 瞬時に剣を抜き、身体の正面でその剣を受け止めた。


「アスター。イシスを連れて行け!」


 そう言って片手で街道のある方を指し示した。

 イシスを一人で放り出すのは忍びなかったが、狙われているのは自分一人なのだから、この場に一緒にいるよりも安全だと思ってのことだった。


(オレが敵を引きつけておいて、その間に街道まで逃げることが出来れば。人通りの結構多い道なので誰かに助けてもらえるだろう。そうでなくてもアスターと一緒ならば何とかなるだろう)


 利口な黒馬は主の言葉を理解したようで、イシスの服を引っ張り、ジーグフェルドが指した街道の方へと彼女を誘導しようとした。

 その時、周囲の茂みが再び激しく揺れた。


(新手か?)


 三名の刺客の後ろから更に七名が姿を現し、合計十名となった。


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