第6話

 穏やかな生活を送っていたある日。高名な医師が町に来るという話が、あったらしい。体調がよくなるかもしれないからと、おじいさんはおばあさんを連れて医者の所へ出かけた。けれどいつまで経っても二人が、帰ってくることはなかった。


 その代わりにやってきたのは、老夫婦の親族だった。彼らは私の髪や瞳を見て、責め立てた。お前がいたから、お前のせいで、お前なんかに関わったから、その言葉を投げつけられて、やっと私は理解した。


 私が、優しい彼らを殺してしまったのだと。老夫婦の娘だという女性に頬を叩かれても、何も言えなかった


「私のお父さんとお母さんを返してよ! あんな、あんな死に方……お前が死ねばよかったのに!」


 どこから知られたのかはわからない、でも私がいることがどこかで知られて。おじいさんとおばあさんは……。自宅に帰ってきた、おじいさんとおばあさんは変わり果てた姿をしていて。


「なん、で……」


 いってらっしゃい、と声をかけて。笑顔で出ていった二人が、ただいま、と帰ってくるはずの二人が。誰かに縋りついて泣き叫びたかった。でも、その資格が私にはない。だって、私が二人を殺してしまった。


 二人の葬儀に、当然ながら参加できない私は、その日のうちに幸せのたくさん詰まった家を出ていくことになった。ありがとう、その一言さえ、二人に伝えることもできずに。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 行く当てなどどこにもないままに、走り続けた。これが私と関わった人の末路だと言われているようで、辛かった。おじいさんもおばあさんも、私の長くなった髪の毛をみて綺麗だと褒めてくれた。優しい世界だった。


 差別なんてせずに私を温かく迎え入れてくれた二人には、たとえ私がいなくなっても幸せに暮らして、長生きして神様のもとへ召されるのだと信じていた。


「おじ、い、さん……。おばあ、さ、ん……」


 誰かにとっての災厄どころか、国を滅ぼしかねないほどの災厄を身に宿す、それが夜の忌み子。周囲にいる人に少しずつ災厄を振りまいていく、不幸を呼び込む存在。


 お礼も言えなかった、おかえりが言えなかった。二人に、不幸を運んでしまった。間違いなく、私は死神だ。私と関わった人は、死んでしまう。


 あんなに私のことを優しく育ててくれたのに、私は何一つ返せていない。それどころか、残酷な死に方を与えてしまった。あの女性、二人の娘だというあの人は言っていた。最期まで口を割らなかった、と。だから殺されたんだ、と。


「わたしのせいで……わたしが、いたから……」


 今でも鮮明に思い出せる。ユーフェミア、と柔らかな声で、笑顔で、私を包んでくれた。ここにいてもいいと、そう言って抱きしめてくれた二人の温もり。


「ごめん、なさい」


 胸が痛かった、苦しかった。でも、きっとそれ以上に二人は痛い思いをした。比べられないほど、苦しい思いをした。お世話になった二人にそんな思いをさせた私が、泣いてはいけない。私は、私を生かしてくれた二人を忘れないために、この国を出てでも生きていかないといけないのだ。


 それは私の存在を、口を割らなかった二人に対する唯一、返せるものだから。


 悲しいほどに時間というものは過ぎ去り。おじいさんとおばあさんを死なせてしまってから、もうずいぶんと経った。少しずつ移動を重ねて国境付近までやってきたけれど、その道は容易なものではなかった。


「……おじい、さん。おばあ、さん。オリ、ヴァー……」


 オリヴァーと別れて、おじいさんとおばあさんを喪って、淋しさが募るばかりの毎日。思い出すのは幸せな頃の記憶なのに、だんだんと声や表情が思い出せなくなっていた。オリヴァーとはいつか二人で暮らそうと話した時のことも思い出せる。でも、彼のその時の表情がもう思い出せない。どんな顔をしていたっけ、とわからない。


 あの時、私はオリヴァーに約束ね、とは言わなかった。だって、それまで生きていける自信もなかったし、後でわかったことだけれど彼は貴族に引き取られたらしい。


 貴族に引き取られるということは、立場が違うということ。もう私では彼の側に立てないのだ。


「ほら、今日の分」


日雇い仕事をこなして、その日暮らしをする私の手に、数枚の銅貨が落とされた。おじいさんとおばあさんに買ってもらったキャスケット帽はもう汚いし、ところどころ破れてもいる。それでもこの帽子を手放すことはできず、ずっと被っていた。


誰にも、必要とされない、感謝をされることもない。日雇いで得られるお給料なんてたかが知れている。それでも、生きるために必死で仕事をして。


心無い言葉を投げつけられることも、黒い髪と目というだけで理不尽な暴力に晒されることもあった。お給料をもらえない、タダ働きの時だってあった。それでも、生きないといけない、それだけが私の心を支えていた。


「あった……」


 お店で食べ物を買うのが難しいので、廃棄される食べ物を探して、ゴミを漁るのも日常だ。お金がたまったら安い物を買い、それ以外は探す。まともに食べられなくなった最初は、空腹に耐えるのが大変だった。でもその空腹が当たり前となってからは、最初ほど苦しくはなくなった。


「わたしは……私は……」


きっと、死んでも誰かに顧みられることはないし、その死を喜ばれるだけの存在。誰かを幸せにできる存在ではないのだ。

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