第7話

 隣国との国境に当たる、最後の大きな街。私は一か所に留まることができないので、渡り鳥のように街を移動していた。あまり長くいると、憲兵に追いかけられるからだ。


「お嬢ちゃん、着いたよ」


「ありがとうございます」


 荷台に乗せて街に連れてきてくれたおじさんと別れて、また日雇いでできる仕事を探す。しかし、地方よりも大きな街は差別がひどく、仕事を探すどころではなかった。


 黒が見えた瞬間に、石が投げつけられ、近くの憲兵を呼ばれる。昼間なんて歩けたものじゃない。


「……どう、しよう……」


 夜に人気のない場所に身を隠して、ゴミを漁っては食べ物を得る。少しばかり持っていたお金は底を尽きかけていた。大陸の中でも北に位置する聖マリアン王国の都市の一つで、王都の隣でありながら国境にもあたる、物流も人流も大きい街。きっと差別は少ないと思っていたのに。結局、読みの甘かった私は、今まで以上に厳しい生活を送ることになった。毎日、身を隠すために逃げ回り、国境を越えたいのに、関門があるから行けなくて。逃げるだけしかできなかった。すぐそこに逃げたら助かるかもしれないのに、酷くもどかしい。


「いたぞ!」


「追え!」


「っは、あ、んぐっ」


 夜だからまだ大丈夫、と安心して川の水を飲んでいると、憲兵に見つかった。必死で逃げ回るけれど、体力もない私が勝てる相手ではなくて。やっとここまで来たのに、捕まってしまった。


 身体に縄をかけられて、歩かされ。罪人でもないのに扱いは罪人だ。夜だったにもかかわらず、大きな街ゆえに見物人も多く、黒い髪だと分かった瞬間に罵詈雑言や石が飛んでくる。それを憲兵たちは笑って見ているだけで、それどころか時々蹴られる。


「早く殺せ!」


「災厄を振りまく、厄女! 殺してしまえ!」


無関係の人たちに叫ばれても、涙が不思議と出なかった。もうすぐ死ぬのだと分かっていたからだろうか。それはわからないけれど。


 連れてこられた独房。大きな街だから、独房施設も大きいようで、私は最下層の檻の中に放り込まれた。どうやって殺されるのかはわからない。見せしめのように殺されるのだろう。


「ひっ」


最下層の檻には、前世で聞いたことしかないような拷問器具がそろっていた。逃げられないように、と鎖につながれているから逃げようがない。早く殺してくれと思うようなものに囲まれて翌朝を迎えた。


「災厄は苦しめることで封じられる。簡単に殺してはならぬ」


 そんな声が聞こえて、無性に怖くなった。おじいさんとおばあさんもこんなに怖い思いをしたのか、と今更ながら、二人が味わったであろう恐怖を私も感じた。


「お前も、災難だなぁ。天賦の才がそんなので」


 下品な笑い声をあげる憲兵たち。抵抗もしていないし、喋ってもいないのに、殴られて痛い。好きでこんなになっているわけじゃないのに。


 痛みで動けなくなった私を、楽しそうに檻の中の器具に固定する。その時間はあっという間に終わりをつげ、すぐに私は痛めつけられることになった。


「だって、生きてるだけで罪人だぜ? 痛めつけるには十分な理由だ」


少しずつ、少しずつ。殴られるのも蹴られるのも、鞭で叩かれるのも、水をかけられて起こされるのも、火かき棒を押し付けられるのも、私を苦しめていく。痛みにはもう慣れた。痛いことに変わりはないけれど、最初ほど反応はしない。


 どれだけ経ったのかはわからないけれど、食事なしで生きていける人間の限界から、まだ二日ほどしか経っていないだろう。休憩なんてない、ひたすらに痛みばかりが私を支配する。そのうち、私は自分が思っている以上に壊れていることに気づいた。


 痛みが身体を襲うたびに、おじいさんとおばあさんの心配そうな顔が見えるのだ。二人に会いたくてたまらない、限界を迎えた私が、私を守るために見せる幻覚。大丈夫だよ、と私は二人のもとには行けないけれど、大丈夫、とその幻覚に微笑みかける。


「うわっ、笑ってやがる……」


「もう殺していいだろ」


そんな声も、聞こえているはずなのに、理解ができない。ただ一つわかるのは、楽になれる、それだけだった。


「へぇ……誰を、殺すだって?」


「何者だ!」


 大きな剣を振りかぶった憲兵、もう死ぬのか、とぼんやりとした頭でそれを見ていた時だった。突然、憲兵たちが騒ぎ始めた。私を苦しめていた憲兵たちはなぜか、血を流して倒れている。そして、血でよく見えない私の目は、オリヴァーの面影を残している青年を映した。


「ごめんね、ユーフェミア。遅くなって」


「……」


「ああ、無理しないで。もう、大丈夫だよ」


 知らないはずなのに、どうして私の名前を知っているのだろうか。オリヴァー、なのだろうか。わからないことばかりで、頭もうまく働かない。


「もう、大丈夫だから」


 私に言い聞かせるように再度そう言った彼は、私を抱きしめてくれた。ああ、きっとこれは頑張った私への、神様からの最期のご褒美だと、そう何故だか思えた。そして、私は意識を暗闇へと沈ませた。


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