第4話
「この髪と目が、黒になれば……黒になれば、もうここにはいられない」
前世で読んだ公式設定集によれば、夜の忌み子は黒の髪と瞳をしているらしい。この国では黒の色彩を持つ人はいない故に、一目で夜の忌み子はわかるようになっている。
「でも、いつ……どうやって……」
私もこの国の生まれだから、当然ながら髪や目の色は黒ではない。だから、そもそも持って生まれた色が変わるという方法がわからないのだ。私は、元々は金色に近い茶色の髪に同じ色の瞳だ。黒になるには明るすぎる色を持っている。
変化するにしても、いつ変わるだとか痛みはあるのかとか、気になることばかりだし、解明されていないことも多い。何せ、見つかったら即座に殺されるのが当たり前の国。過去に存在した夜の忌み子の記述がある書物が、この修道院にあった。それらを見た限りでは死に方は様々だったけれど、必ず大人になる前に死んでいる。いや、殺されていると言ったほうが正しいか。
私はもうすぐ十一歳。一般的には十一になると大体の子どもたちが天賦の才を使えるようになる。私がここにいられるのは、自分が黒を持つ存在になるまでの間だけ。それ以降は、この国を脱出するために逃げ続けなくてはいけない。
この国にいる限り、私は自由には生きられない。それこそ、死ぬしかないのだ。誰かに殺されて死ぬのか、自分で自分を殺すのか、その違いしかない未来なんて、私は望んでいない。
だから。だから、絶対に私は生き抜いて見せる。
「ユーフェ、ミア……? あな、た、その目……」
「え……?」
ある朝の事だった、やけに肌寒いし、頭もクラクラしてまっすぐ歩けない。そこを院長に呼び止められて振り返れば、彼女は顔を引きつらせた。
「なぜ……」
偶然、水場の近くだったこともあり、設置されている鏡を見た。そこにいたのは、吸い込まれそうなほどに黒い、今までの私とは違う瞳だった。それを見て、期限が来てしまったと悟る。
「あ、あの」
何か、何か言わないと、そう思って言葉を紡ぎだそうとするけど、意味のある言葉を発することはできない。
「ユーフェミア、体調が悪いのね。部屋へ戻って寝ておきなさい。後で水を持っていくから」
一瞬の沈黙を切り裂いたのは、院長先生。彼女は表情の読めない、曖昧な笑みで私にそう言うと、踵を返して廊下を離れていった。
私は少しの間、廊下に立っていた。このまま部屋に戻って待つのがいいのか、すぐにでもここを出ていくのがいいのか、わからなかったから。フワフワする思考ではまともに考えることもできないけれど、考えなければ私の生死がかかっている。
「どっちの、顔なんだろう……」
わからないなら、疑うべきだと自分の頭は結論をはじき出した。ここにいて、捕まってしまうかもしれない可能性がわずかでもあるのなら。
「行くしか……ない、よね」
ズキズキと痛みを発する頭、ふらつく足元。へたり込んでしまいそうになる自分を必死で励ましながら歩く。こんなにも自分の部屋が遠く感じるのは、オリヴァーがいなくなった直後くらいで、それもすぐに慣れてしまった。
慣れとは恐ろしいものだと、その時、自分があまりオリヴァーのことを思い出さなくなったことに気づいて思った。彼が側にいないことの方が、当たり前になった日常。それに慣れたくないと思っていても、慣れてしまった。
「お世話に、なりました」
もうすぐ厳しい冬がやってくる。国境を越えられなくて野垂れ死にするかもしれない。でも、それでも私は行くしかないから。
「さよなら」
この修道院には、一年ほどお世話になった。気が付いたら一年もいたのだ。そういえば、去年の誕生日の日に家を出たのだった、ふと淋しくなる。父や母、弟は元気にしているだろうか。知りようのないことを知りたがったところで、意味はないけれど、気になってしまう。
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