第3話

「ユーフェミア、そろそろご飯だって」


「オリヴァー、ありがとう」


修道院に来て数か月、残念ながらすでにカーストが形成された女子グループの中に入れてもらえなかった私は、オリヴァーという少年以外と話をすることがない。いわゆる、ボッチだった。


「今日もスープとパンだって、最近このあたりは不作だからね……。ぼくもそろそろ奉公に出されるかもしれない」


「オリヴァーがいなくなったら、悲しいし淋しいね……。でもオリヴァーが奉公に出ることになれば、私もそうなると思う……」


この修道院では、天賦の才を調べることはなかった。もしも私が夜の忌み子だと知られれば、ここを追い出されるだろうから、まだ知られていない時点で救いがある。


「ユーフェミア、たとえ離れ離れになっても、いつかきっと探し出してみせる。二人で暮らしていこう」


「オリヴァー、ありがとう。私も、オリヴァーのこと探せるように頑張るね」


二人で食堂の隅に座って、少しのパンと野菜の芯しか入っていない薄味のスープを食べる。この小さな幸せが、いつまでも続くことはないと分かっていても、オリヴァーとの未来を夢見るほどには、彼のことが大好きだった。


 三つ年上でアッシュグレーの髪に、ハシバミ色の瞳。将来イケメンだと確信できるほどの整った顔立ち。性格も優しくて、私がいじめられていたら庇ってくれる。


「オリヴァー、こちらへ来てちょうだい。あなたにお客様よ」


食堂を出て、移動していると院長にオリヴァーが呼ばれた。ひどく不安になるのが分かった。


「だいじょうぶ、ユーフェミア」


優しく微笑む彼を見送る。私は一人で部屋に戻ることしかできなかった。しかし、現実というのはうまくいかないし、嫌な予感は当たるもの。その夜、オリヴァーは修道院を出ることになった、と伝えられた。


「ぼく、隣の国の貴族に引き取られるみたい。ごめんね、君と一緒に行きたいって言えなかった、ぼくは……」


暗い表情の彼に心の内を悟らせないように、笑う。


「オリヴァー、オリヴァーがどこにいたって私はあなたの味方。どんなに

離れ離れになっても、ずっとよ」


「ユーフェミアっ。ぼく、君を迎えに来るから。迎えに来られるように、たくさん勉強もして力をつけて、君の前に来るから。だから、待ってて。絶対だからね」


「……また、いつか、ね」


 今にも泣きそうな顔で離れていくオリヴァー。どんどんその姿は小さくなって、やがて。やがて、見えなくなった。


 オリヴァーが去って、三カ月。彼が行ってしまった後の孤児院はどこか暗い。彼の存在の大きさを日々、強く心に感じ。一人、淋しい毎日を過ごす。残念ながらほかの子どもたちに馴染めなかったのだ。


 食事も修道院内の掃除も、全部一人だった。ほかの子どもたちはみんな誰かと一緒だったりしていたけれど、仲良くなれなかったから一人。そうして、一人で過ごすのに慣れた、オリヴァーのいない日々。子どもというのは、本当に賢いと思う。きっと、ほかの子どもたちは私が夜の忌み子だとは知らなくても、危ない存在だと感じ取っていたのだろう。ひそひそ話をする声が、嫌でも耳に入る。


「あの人の近くにいるとね、ここがざわざわするの……」


まだ私よりも幼い子が、別のお姉さん役の子どもに泣きついていた。怖い、と泣くその子を慰める別の子。泣いている子は、胸元を押さえて震えていて。


「大丈夫よ、近寄らなければいいの」


 自分という存在が、誰かにとって不快な存在であるという事実は、前世を思い出して幾分か心が大人になっていても受け止めるのが難しいことだった。誰かの側にいたくても、側に行けない。誰かに愛してほしくても、愛してもらえない。


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