もっともらしい国名

@yadmad

国号とその意味

 創作を読むとき、私が一番違和感を覚えやすいのは地名などの固有名詞である。特に正式な国名は社会構造や政治的背景が反映されたものが多く、通称イランこと「イラン・イスラム共和国」のように当該国の体制を示すものもあれば、カナダや日本のように固有名詞のみで構成されることもある。ここで取り上げたいのは後者のような言語的特徴を持つ地名ではなく、前者のようにある種の「看板」を掲げている国名である。


帝国・王国

 ファンタジー作品において「帝国」と称する国は悪役であることが多いが、その実態は「王国」と何ら変わらぬものである。そもそも王国とは至上の存在である王の治める土地であり、対して帝国とは王より上位の存在である皇帝のおわす国である。皇帝は、元をたどれば「王の中の王」なのである。

 歴史で初めて皇帝の称を用いたのは両河地域メソポタミアに位置したアケメネス朝太祖のキュロス2世(在位前550-529年)である。両河地域に割拠していた4王国を全て打ち滅ぼし、広大な版図を手にした彼が自身を呼んで言ったのが「諸王の王」であり、ここに初めて皇帝が生まれた。このような自称皇帝は洋の東西を問わず存在し、中華を再統一した始皇帝は各地に王を置き、白く光り輝く王の意味で「皇」を使ったともいわれる。

 ともあれ、初期は名実ともに「王の中の王」であった皇帝は政治的な背景と共に格が下がっていく。西ではローマ帝国末期になると「教皇から戴冠を受けた教会の守護者」へと変わり、最終的にはドイツ人の王にまでなり下がる。当の日本も大日本帝国と称していたが、これは王が皇帝に仕えるという清朝の冊封体制から独立した存在であるという記号でしかなかった。

 皇帝の起源はさておき政治体制に話を戻すと、そもそものシステムでは王たちが治めていた土地を束ねるのが帝国であり、多くは広大な領土を有する。そのため、領土を分割し皇帝に仕える諸侯に分け与えて公国や伯領などの単位で統治させる、あるいは「県」や「郡」などの行政単位に分けて中央から官僚を派遣するなど、さまざまな工夫がなされた。


公国

 貴族には爵位という階級が設けられ、位によって処遇が異なった。王国には「公侯伯子男」の序が作られ、公爵になるほど偉いとされた。普遍的に見られるのはこの五爵なのだが、公爵よりも偉い大公が設けられることもある。国境付近の防衛を任されるために軍事力のある「辺境伯」は侯爵と同等の扱いである。このような貴族が世襲君主として治める国を「公国」や「侯国」、あるいは「伯領」などと呼ぶ。どうやら子爵以下の領土では○○家領と言うのが習わしだそうだ。

 しかし帝国においては皇帝は王よりも優れた存在なのだから、特権的に重臣に王号を与えることもあり、帝国領内にも王国が存在しうる(特に近親者には「上王」の称号を与えることもあった)。当然領内には公爵の治める公国など小さな諸邦が散らばっている。


聖界領

 皇帝が封じるのは何も世俗貴族だけではない。信仰から帝国領内の有力寺院に領土を与えることもあり、管区の大きさにより「司教領」「大司教領」と呼ぶ。また修道院領も存在していた。これらの領土の主体はあくまで教会であり、司教職は世襲しない。

 また十字軍のさい創設された騎士修道会は、聖地防衛と巡礼者保護のため征服地の支配を任され「騎士団領」を形成した。特にドイツ騎士団は防衛のためではなく異教徒討伐の許可を得て開拓と植民を続け、広大な領土を得るに至った。

 こうした聖領は王国や帝国の領内に位置していたほか、単独でも存在していた。「教皇領」は何者にも縛り付けられることのない領土であったが、紆余曲折の変遷をへてバチカン市国として生き延びている。


自由都市

 皇帝の勅許を受け、軍役や賦役から逃れた都市。諸邦から独立して自治を行使したり、他の諸侯領や教会領と同格とされるなど特権的な地位にあった。


首長国・スルタン国

 イスラム世界の首長アミールの治める国を一般的に首長国と呼ぶ。スルタン国も同様だが、スルタンはアミールより格上の存在で、オスマン帝国の皇帝はスルタンと称した。

 これらの語は英Emirate, Sultanateからの訳語である。なお英語では日本の幕府をShogunateと呼ぶが、これは将軍国と呼ぶのが正しいのであろうか。私はスルタン国を帝国か王国、首長国を公国と呼ぶべきであると思う。


 ○○朝という名称は、同じ地域で幾つも王朝が起こるさいに用いられる。そもそもは王朝を指す歴史的用法であるので、国家として、あるいは地理的名称には相応しくない。今のオランダ王国のことをナッサウ朝と呼ぶべきであろうか?そうではない。


共和国

 王や皇帝、あるいは大公といった君主を持たない国のことを指す。英語のリパブリックはラテン語のレースプブリクムに由来し、原義は公共物である。古くは「民国」ともいった(中華民国、大韓民国)。

 特に「民主」の字を加えることもあるが、これは隣に似た名前の国があったり(ドイツ連邦共和国とドイツ民主共和国、コンゴ共和国とコンゴ民主共和国)、あるいは理念を示すために附されるものである(北朝鮮:朝鮮民主主義人民共和国)。

 また「人民」を冠する共和国は社会主義の影響を強く受けたものが多い(中華人民共和国、ラオス人民民主共和国)。


連邦・合衆国

 「連邦」や「合衆国」の称号は、自治権を持った国家が寄り集まった連合体を意味する。連合や連盟、同盟もこの種のものである。連邦の構成体は主に州であり、自治国や自治州、共和国といった名前を持つこともある。


自由国

 貿易が自由である国。国民が自由であるとは言っていない(コンゴ自由国)。

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