第5話 セーラー服よ、さようなら

 季節は最近やっと手袋とコートを脱いだところ。まだ冷たい風が頬に当たって、制服にカーディガンを羽織ってもまだ寒いくらいだった。

春、と呼ぶにはまだ早すぎる日。

立派に校歌を歌い終え、卒業生と呼ばれ立ったり座ったりの時間はさっき終わったばかりだ。

やれ写真だ、寄せ書きだと言う声が飛び交うなか中庭に寄ると、見慣れた姿が目に入る。一枚絵のように、最後の制服に身を包んだ彼女が立っていた。


「もう会えないね」


痛そうな、泣きそうな声でそう一言、ぽそりと呟く。

珍しく弱々しい声がどうにも苦しい。僕は紡ごうとした言葉を飲み込んだ。

彼女の白い頬は少し朱く染まっていて、指先を温めるように摩る仕草にまた少し胸が痛くなる。

これが僕の独りよがりな勘違いでなければ。

一体いつから彼女は僕を待っていたのだろう。

 卒業式終了からはゆうに一時間を過ぎている。長い髪をかき上げた彼女が何か言ってよとへらへら笑った。

ひどく下手くそな作り笑いだった。

「僕と会えないのが寂しいなんて、君らしくないね」

ちがう、伝えたいのはこんな言葉じゃないのに。

「別に寂しいとは言ってない。そうね……強いて言うなら少しつまらなくなる、かな」

いつもの凛とした声でにこりと彼女が笑った。それが本音であり、多分少しだけ嘘を潜ませていることに残念ながら僕はもう気づいてしまっている。


「僕が寂しいって言ったらどうする?」


八割がたの勝率を見込んだ賭けだった。けれど彼女は、けらけらと声を立てて笑う。


「明日は雪が降るのかもしれないね」


僕たちはいつもこうだった。あと少しが踏み出せなくて。


 僕はもうすっかりいつも通りの僕たちが、悔しくて、可笑しくて、嬉しくて、思わず吹き出してしまう。

とっておきの秘密を教えるのはもう少し後にすることを今決めた。その時は潔く彼女に叱られることとしよう。

今はくすぐったくて、情けないこの距離感に浸っていたい。


 鞄の中に潜り込ませたスマホ、カメラロールの秘密。全ての運を使い果たしたと言っても過言ではないその通知。


僕は、僕だけは、また必ず会えると知っているから。





※お題メーカーさまよりお題をお借りいたしました

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