第4話 公式さえ掴めません

 幸せの真っ只中にいると、人は大事なことを見逃しがちである。

例えば、ぼうとして忘れ物が多くなるとか、浮かれてお化粧の研究をし過ぎたりとか、……………期末テストの存在を忘れたりとか。


「で、これが晶の実力ってわけね」


目の前の男は、はあと半笑いで私のテストをひらひらと振って見せた。机の上に並べられた夕の点数が眩しくて、目を背ける。

「追試、あるんでしょ」

「アルトオモイマス………」

仕方ねえなと彼がぼそりと呟いた。

「これから追試まで一週間、復習でもやりますか!」

からりとした笑顔を向けられて、何も言えなくなってしまう。優しくて柔らかくて、心臓がきゅうきゅうと苦しいのに嬉しい。


「ずるい……」


思わず口を突いて出た言葉に、夕が瞳を丸くする。

「あのねえ、俺は勉強したの。うっかりしてた晶ちゃんとは違うんですー」

けらけらと笑われてしまって、自分の気持ちを気づかれなかったことに安堵する。

「さー、じゃあ早速勉強しますか!」

 教科書を取り出した彼が私の苦手そうな問題に付箋をつけていくさまを、ぼんやりと眺める。

気恥ずかしがってる場合じゃない。

嬉しがってる場合じゃない。

それなのに。


「ねえ、また赤点だったらどうしよう」

当たり前に一緒にいてくれるのが、幸せで幸せで。

「弱気なこと言ってるぐらいならノート出してね?」

「ハイ………」

このどうしようもなく溢れてしまいそうな多幸感は、どう解いてしまうのが正解なのだろう。


「俺だって……なにかしてあげたいだけなんだっての……」


「ん?何か言った?」

 またぼんやりしてしまった私は、何か呟いた彼に聞き返す。

何にも言ってないよと見つめる瞳がまたとろけそうにまろい色を乗せていたので。


私は今度こそノートを広げて、必死にそれを埋めることだけに集中する。


肝心な答えの公式は、まだまだわからなさそうだ。

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