第1話
どんなに苦しくても、空の温もりは誰にだって平等に与えられる。
だが、人はいつしか空を仰ぐ事を忘れてしまった。
見上げればそこには蒼く紅いガラス質の天井に、突き刺すように真っ白い照明。
眺めればその先は平行線。辺りには何の変哲もない無機質な街並み。
人類は自ら決断することを恐れ、システムによる完全な管理社会を築きあげた。
その対象は自然環境から大気濃度、進路から生活水準に至るまで及び、やがて人類から自由という概念が消失した。
<<1-1>>
~卒業式当日~
「あ~ぁ、俺達も再来週からハイスクール通いか~はぁ。」
「どうしたんだよ、お前らしくないじゃないか。寧ろ、こんな時こそはしゃぐ質だろジュンは」
「だってさ、進路が決まるんだぜ。お前は不安じゃないわけ?今まで何も考えず、ただ喋って部活やってれば良かったのにさ。」
「別に。」
「別にって。自分の人生が突然決まるんだぞ。そんで皆と離れ離れになってさ。お前悲しくないの?」
「う~ん、特には。だって一生会えなくなる訳じゃないだろう。」
「お前そういうところドライだよね。マナが聞いたらヘソを曲げるぞ。」
「何でそこでマナが出るんだ?寧ろ俺達がいなくなって清々するだろう。いつも何か思いつめている感じだったし。」
「はぁ~。お前は鈍いねぇ。」
ふ~む。言ってはみたものの、不安が無いと言えば嘘になる。いや、不安というよりは何となく不安なのだ。
学生はジュニア卒業の後に成人検査を受け、その診断結果により人生が設計される。
そう、死ぬまでの大まかな道筋が強制的に決定されるのであり、ハイスクールはその研修期間といったところだ。
そこに個人の決定権も拒否権も存在しない。
しないのだが、それにしても、その話題で何故俺達の幼馴染の名を引き合いに出すのか、ちょっと良く分からない。
「それで、来週は成人検査か。なんだかなぁ。」
「どうかしたのか?」
「だって、成人検査で俺たちの進路が確定するんだぜ。」
「それに、生きてる限り必ず通り道の筈なのに、大人達は成人検査について何も言わないんだ。それって不気味じゃないか。」
「ただ黙っているってだけじゃないのか。」
「お前は親がいないからそういうことが言えるんだよ。ただ誤魔化すわけじゃない。皆して不穏そうな顔をするんだ。学生達の中では、変な電波や薬にでも侵されるんじゃないかって噂になってるぜ。」
「考えすぎだろう・・・。」
「よ~~し!これからのことを語らうために、今から甘味でも食い行くか!」
「それ、関係ないだろう。」
「まぁそう言わずに。」
「いや、やめとく。実は夕方から2ヶ月ぶりの配給でさ。」
「あ~。健康診断。」
「そういうこと。だからまた今度な。」
「ちぇー。そういうことなら仕方ないか。またな、レオ。」
じゃあなと手をあげ、長き時間を過ごしてきた友としばしの別れを告げる。
これが人としての最後のあいさつになることと知らずに。
<<1-1>>
自給自足が困難になった現代、食料は個人・一世帯に対して2ヶ月分を配給されるようになった。
その判断基準は健康状態や成長度合いに比例しており、健康管理システムを介した診断結果で適正量を算出する。
医療機関は経験や技量による診断精度の差異を嫌い、完全に自動化、人工知能による運営がなされている。
つまり診断結果は尽く数字に固執しており、感情による揺らぎが一切ない。
よって・・・、万が一不摂生しようものならば、次の2ヶ月の食事が味気なく貧相になる。
食事はこの管理社会の中で唯一の活力・・・。それだけは避けなければならない。
「患者番号E-137、レオ柏木様。Cドアからお入りください。」
無機質な声に従い、扉の中へと進む。
「これより、精密検査を行います。過去の診断より算出された既定値を超えた場合には、生活環境に関するいくつかの質問に答えていただく場合が御座いますのでご了承ください。」
部屋の照明が消えると、静寂と音波が空間を支配すると、体中をピリピリと舌感覚が支配する。
「お疲れさまでした。特に病や病原菌は検出されませんでした。今回は血糖値が以前よりも血糖値が高いようですね。配給品以外のもので何か油ものや甘味を摂取しましたか。」
「実は・・・」
誤魔化しきれなかった。ジュンに連れられて、揚げ物やら砂糖菓子を毎週のように摂取していた。
「それでは今月は肉を脂身の少ないササミに変更しましょう。穀物や炭水化物も減らし、豆腐や大豆等の和食を想定した健康志向ものに置き換えます。食料は10時間以内にご自宅へ発送されます。それではお大事にどうぞ。」
やれやれ、やってしまった。日々の積み重ねとは怖いものである。
医療センターを出ると、レオは親愛なる悪友へ皮肉の電話を入れるのだった。
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