第6話 ハグレ
「今日は野宿か...。」
焚き火の火をいじりながら呟く。
「嫌でしたか...?」
アリスが不安そうな目でこちらを見る。
「キャンプ...俺のいた世界で焚き火をしながら外で寝ることを言うんだけど、それに似てて凄く楽しいよ。」
俺の言葉を聞いて安堵の笑みを浮かべる。
「盗賊が出ると噂されていますので交代で見張りをしましょうか。今の私とルクス様なら余裕でしょうが、さすがに寝首を搔かれるとつらいですからね...。」
「わかった。一応ソステスコープで半径500メートル以内に人っぽい反応はなかった。定期的に察知してみるよ。」
「ありがとうございます。とりあえずご飯食べましょ!グレイウルフのお肉...ですが。」
焚き火にこんがり焼かれた狼肉が目の前にある。
俺はゴクリと生唾を飲み込んで手を伸ばしてそれを口に入れた。
「どうですか?」
「うん、まずい。」
狼肉は不味かった。
『外道集団ハグレ』
アルトリーや帝国を追放された者たちの集団。
それぞれに罪状は異なり、単純な人殺しから味方殺しといった罪、又は禁忌の術の研究や行使まで様々である。
その中でもやはり味方殺しや禁忌の術の行使に関しては重罪であり、以前までは国外追放であったが、ハグレによる集団犯罪が表立った今では国内で処刑もしくは監禁としている。
禁忌の術とは主に召喚術のことを指す。
魔力と魔法陣、そして術者の身体の一部(一般的には血液)を代償に異界のものを召喚させる。
魔力の多さ、魔法陣の複雑さ、代償の大きさにより召喚するものの強さが比例する。
この術によってベルトレイルに魔物が住み着いたとされている。
そのため、アルトリーと帝国においては現在禁忌の術と認定されており国外追放もしくは極刑に処されるらしい。
「じゃあ、やっぱりあのオークナイトは召喚術で...?」
「そう考えるのが妥当ですね。一般のオークとは明らかに格が違っていましたし...。」
アリスの丁寧な説明を聞くとこの周囲に召喚師、もしくはハグレの連中がいるかもしれない。
ここからは早めに離れる方がよさそうだ。
「アリス、明日の朝早くに出よう。ここは面倒くさそうだ。」
「私もそう思います。暗闇の中で無闇に動くよりも明るくなってからの方がいいですもんね。」
「あぁ、俺は定期的にソステスコープで索敵を続けるよ。」
「ありがとうございます。」
焚き火に照らされて微笑むアリスの顔は美しかった。
それから夜明けまではなにも起こることなく経過した。
定期的に見張りの交代も行ったため、体力の消耗も少なく済んだ。
夜が明けるのを待ってから俺たちは行動を開始する。
ソステスコープの索敵に異常はなく進んでいたが、突然俺とアリスを壮絶な悪寒が襲った。
「ルクス様!!これって...。」
「なんだこれ...。」
歩みを止めてしまうほどの強烈な魔力の波動と刺すような異物感だった。
「逃げるぞ!!こいつは絶対にやばい!!」
「逃げれると思っているのか?」
ズドンッ!!という落下音と衝撃を携えてそいつは空から降ってきた。
砂埃が薄まった先に立っていたのは羊の頭に筋骨隆々な異形の獣の体を無理矢理にくっ付けたような禍々しい魔物だった。
種族:悪魔
クラス:デーモン
スキル:ヘルフレイム、サンダーボルト、魔導波、魔法攻撃耐性、闇属性耐性
立っているだけで圧倒される魔力量。
こいつも召喚されたのだろうか。
こいつを召喚できる魔術師とはどのレベルの魔術師なのだろうか。
「喚ばれた責務として貴様らを葬る。拒否権はない。地獄の業火に焼かれ、灰となれ。ヘルフレイム!」
詠唱と同時に奴の手に集った黒い炎が俺たちに襲いかかる。
「暴風よ、敵を蹴散らせ!メガウインド!!!」
アリスの魔法が発動する。
力は拮抗しているように見えたが必死の形相のアリスに比べ、デーモンは余裕の表情だ。
「唸れ筋肉!吸い尽くせ!ドレイン!!」
俺はヘルフレイムの力を少しでも軽減できるように技に対してドレインを使う。
魔力の直接吸収ということもあり、アリスの力で相殺できるくらいには吸収できた。
「ほう、吸血鬼の力か?珍しいな。」
「感想言ってられるのも今のうちだ。お返ししてやるよ。トルネードナックル!!!」
俺は吸い取った魔力を左の拳に込めて技を放つ。
自分の魔力と吸い取った魔力を合わせた暴風の拳がデーモンを襲う。
「30点といったところか。ふっ。」
暴風が奴が手を振り払うとまるでそよ風のように打ち消されてしまった。
「隙ありです。はぁっ!!!」
影潜りで背後に回ったアリスのダガーナイフが一閃...するはずだった。
「魔導波。」
「がはっ!?」
しかし、それよりも速く奴の体から闇の魔力波が放たれてアリスが吹き飛ばされる。
「アリス!!!」
「来ちゃダメです!!」
俺が治癒しに行こうとするのを止める。
そんな隙は与えてくれないということなのか、この悪魔は。
しかし、奴の魔力を直接くらったアリスの治癒も優先しなければならないだろう。
こうなったら...。
「筋肉で殴る!!!!うおおおおおおお!!!」
俺は全力で走り出す。
「向かってくる勇気は褒めてやろう。」
「くらいやがれ、ドレインナックル!!!!」
ドレインを左手に込めた拳でデーモンをぶん殴ろうとする。
「落雷よ、下賎な者を撃ち貫け。サンダーボルト。」
「ぐわあああああっ!!!」
「ルクス様あああああ!!」
頭上から雷に撃ち抜かれた。
全身に電撃が走り、激痛に包まれる。
「ひ、ヒール...。」
治癒魔法を唱えてなんとか息と意識を繋ぎ止める。
落雷による電撃傷は致命傷になる。
俺は懸命にもう一度魔法を唱える。
「ヒール...。」
微かに回復するがあまり意味が無い。
「人思いに殺してやろう。落雷よ、愚者の息の根を止めよ。サンダーボ」
「一閃。」
その呟きが聞こえた瞬間、デーモンの右腕が切り落とされる。
「なっ!?誰だ!!?」
デーモンが斬撃の方向を見る。
俺もアリスも見る。
3名が見た先には白銀のローブを纏い、黒い長髪を後ろで束ねた男性がいた。
腰には2本の刀を携えており、1本には既に手がかけられている。
「これは僕の仕事だから...。君たちはよく頑張ってくれたよ。あとは僕に任せておくれ。」
凛とした表情を少し崩して俺たちに微笑みかける。
「我の腕を切り落としたその太刀筋は賞賛に値するが次はそうもいかんぞ。灰となれ、ヘルフレ」
「一閃。」
「なんだと!?」
明らかに間合いの外なのに、刀を抜いていないのにデーモンの左腕が切り落とされる。
「静かに眠っておくれ。塵華。」
デーモンが断末魔を上げる暇もなく粉々に切り刻まれた。
「あ、あんたは一体...」
「これは精霊の涙。どんな傷でも治してしまうアイテムだ。君を先に癒すから彼女の方も癒してあげて。」
小瓶に入った水を俺に垂らすとみるみるうちに傷が治癒していった。
「す、すごいな、これ...。」
「早く彼女を癒してあげたほうがいい。」
「あ、あぁ!」
俺はアリスの元まで走る。
アリスの方は思ったより傷が深くなさそうで安心した。
「ルクス様...。」
「アリス、いま治すからな。ヒール!!」
全身全霊を持って治癒魔法をアリスに向ける。
「すごいあたたかいです...。」
「大丈夫か?」
アリスが起き上がる。
「はい!すっかり良くなりました!ありがとうございます!」
「本当によかったよ...。あ、さっきはありがとうございました...。」
俺は件の男性に声をかける。
「こちらこそありがとう。そして申し訳なかったね。本当は僕の仕事なのに。」
こちらに向き直って深々と頭を下げる。
「仕事...ですか?」
言葉に引っかかったアリスが尋ねる。
「ハグレとそれに喚び出された異物の排除が僕の仕事なんだ。」
「やっぱりあれはハグレに呼び出された魔物だったのか...。」
「君たちはこの後帝国に行くのかい?」
「ええ、そうですよ。」
「だったら、そこの林を抜けると早く着くから。僕は術者を探し出さないといけないから行くね。」
「ありがとう。俺はルクスだ、よろしく。」
「私はアリスです。ありがとうございました。」
「僕はツルギ。またどこかで会えたら仲良くしてね。じゃあ、気をつけて行くんだよ。一応ここら一帯の異物は排除してるからね。」
ツルギが笑顔で言う。
俺たちのところに来た時はもう既に何体か倒していたのか...。
この人はかなりの強者だ。
手が刀の鞘に触れていない今でも隙がまるでない。
下手なことをしたら一刀両断されてしまうのだろう。
俺たちはお礼もそこそこにツルギと別れた。
「すごい人でしたね...。」
「あぁ、刀の刀身を1回も見てないのにデーモンが切り刻まれていくのは圧巻だったな。」
2人でツルギの話をする。
あの人は一体何者なのだろうか。
距離すら関係なく相手を断ち、抜刀の瞬間すら捉えられないほどの剣技。
でもまたいつか会えるそんな気がしていた。
そんな俺たちの視界の奥に重厚な白色の巨壁が見えてきた。
世界一の軍事大国、グロリウス帝国はすぐそこだった。
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