第4話 廃屋敷の君主

依頼の詳細を請けた後、俺とアリスは鍛冶屋で加工してもらった武器を受け取った。

もちろん材料はデビルベアーと鎧ゴーストのものだ。

俺は右腕部に魔鉱石を埋め込んだガントレット、アリスはダガーナイフとデビルベアーの爪を精錬した鉄爪だ。

出発は真夜中になる為、俺とアリスは宿屋に戻って休むことにした。


異世界に来ても俺のルーティンは変わらない。

バーピージャンプを使ったHIITを30分、ダンベルの代わりに酒樽を使ったフリーウェイト30回を3セット、ランニングを45分間。

夕食前にこれをこなした後、食事はしっかりと食べる。

筋肉は食事から作られる。

入浴後はしっかりとストレッチをして体を休める。

出発は夜中のため、早めに床に就いたが異世界に来て2回目の休息ということもありすぐに眠りにつけた。


「ルクス様!...ルクス様!」

アリスの声と体を揺さぶられる感覚に目を覚ます。

地獄は出発時間の少し前だった。

「起こしに来てくれたのか。ありがとう。」

「いえいえ。準備が出来たら向かいましょう。外で待ってますね。」

アリスが部屋から出ていき、俺は身支度を整えた。


宿屋を出てアリスと落ち合い、依頼の場所に向かう。

国の外れにポツンと立つ大きな屋敷だった。

門から1歩入ると空気が一気に変わる。

「ルクス様!」

「おう!」

地面から鎧を纏った骸骨騎士が数体出てくる。


種族:ゴースト

クラス:骸骨騎士

スキル:斬撃


「まあまあなお出ましだな...はぁっ!!」

俺は駆け出して目の前の骸骨騎士を殴り飛ばす。

バキッ!という音がして骸骨騎士が吹き飛ぶ。

「私も負けてませんよ。風よ、刃に纏いて敵を切り裂け。ウインドカッター!」

アリスの詠唱に伴い風の魔力がダガーナイフの刀身に宿って敵を切り裂いていく。

「やるな、アリス!どおおおおりゃああああ!!」

俺は相変わらず物理で殴る。

ガントレットの硬度も加わり、骸骨騎士をやすやすと砕くことができる。

一通り片付け終わるとアリスは例のごとく骸骨騎士の素材を集めてローブに放り込む。

「屋敷の中に入りましょうか。なんだか嫌な予感がしますけど...。」

「俺も。敵がうじゃうじゃいるんだろうな...あ!そうだ!」

「うん?」

俺はいい案を思いついたのでアリスを屋敷の扉から離す。

「唸れ筋肉!吠えろ拳!猛れ暴風!ウインドナックル!!」

オリジナルの詠唱と共にウインドナックルを放ち、扉ごと吹き飛ばす。

中で待ち構えていたであろう魔物の断末魔が聞こえる。

ちなみに詠唱を加えることによって魔法の威力が上がるらしく、教魔所で俺が得た数少ない学びのひとつだ。

「あぁ...そういうことですか...。」

「よし、いくぞ!」

唖然としているアリスを引っ張り、屋敷の内部に侵入する。

ロビーと思われる場所には先程薙ぎ払ったからだろうか、魔物はあまりいなかった。

「とりあえず探索してみるか。」

「そうですね。恐らく、日が明けると魔物は姿を隠しそうなので早めに」

『ようこそ、命知らずの冒険者どもよ。』

どこからともなく響く声に俺たちは武器を構える。

「どこだ!?」

「声の方向が分からない...。」

『安心しなくても不意打ちのような真似はしないさ。扉ごと破壊されたのは予想外だったがこれから第二の宴を始めようか!いでよファントム!』

「おおおおおおおおおおお!!」

人型をしたオーラの塊が10体ほど現れる。


種族:ゴースト

クラス:ファントム

スキル:ダーク、物理攻撃無効


「魔法なら私が!風よ、我に仇なす者を吹きとばせ。ウインド!」

「ぐおおっ!」

アリスの風の球が1体に命中する。

しかし、ここでも俺は思いついてしまった。

「アリス、ドレインを試す。」

「な、なるほど!ご無理だけはなさらないでくださいね...。」

「あぁ。いくぞ...。唸れ筋肉!奪い取れエナジー!ドレイン!!」

魔鉱石が付いている方のガントレットを敵にかざして詠唱をする。

「うおおおおおおおおおおお!?」

すると掃除機よろしく、一気にファントム達を吸い込むことに成功した。

それと同時に俺の体に力がみなぎってくる。

『なんだと...。なぜ人間ごときがドレインを...。面白い!我ももう少し遊びたくなったぞ。いでよ、リッチー!!』

声の呼びかけに応じて黒い魔力の塊が人の形を成して具現化する。

端的に表現するならば杖を持ったミイラだ。

しかし、さっきまでの雑魚敵とは明らかに違う。

纏っているオーラの純度が濃い。


種族:アンデッド

クラス:リッチー

スキル:召喚魔法、ダーク、物理攻撃耐性、魔法攻撃耐性


「主ノ思イノママニ...召喚!!」

リッチーがそう唱えるとファントムが湧き出してくる。

「あいつ、召喚士のアンデッドかよ...。」

「冗談キツイですね...。これだったらいくらファントムを倒してもあいつを倒さないとダメージが...。」

「とにかく、いまは目の前にはいるファントムの掃除からだな。唸れ筋肉!ウインドナックル!」

数体のファントムをなぎ倒す。

「そうですね...切り裂け、ウインドカッター!」

「イデヨ、亡者共...召喚。」

「おおおおおおおおおお!」

倒した数と同じ数だけフォントムが補充される。

「くそっ!唸れ筋肉!略奪せよ!ドレイン!!」

一気に吸収は出来るが背後でまたファントムが召喚される。

「これじゃあ埒が明かない!」

「ルクス様、魔力は十分に溜まってますか?」

「ん?あぁ、今ので全快してるけど...。」

アリスが俺の目を見る。

「私のウインドカッターとルクス様のウインドナックルでリッチーまでの道をこじ開けたあと、リッチーの懐に飛び込んでヒールを使ってください。アンデッド系なので回復魔法の耐性がないはずです!」

「分かった!じゃあ、いくぞ。唸れ筋肉!猛れ暴風!ウインドナックル!!」

「亡者共を切り裂け!ウインドカッター!!」

風の拳と刃がファントムたちを蹴散らす。

俺はリッチーが詠唱をし始めた途端に懐に潜り込む。

「ナヌッ!?」

「唸れ筋肉!亡者の主を癒せ!ヒールナックル!!」

治癒魔法を込めた右アッパーが華麗に決まる。

「グアアアアアアアアアアッ!?」

その瞬間、リッチーの体が溶け始め、一気に骨だけになった。

「か、勝った...。」

術者が消えたことにより、残っていた亡者たちも消えていく。

『ふははははは!これは久しぶりに面白いものを見せてもらった!よかろう、我に謁見する許可を与えよう。』

屋敷の奥の扉が開く。

「ルクス様、罠の可能性もあります。慎重に...。」

『案ずるな、我に貴様らと戦う意思はない。ただ、力の使い方を少し教えてやるだけだ。安心しろ。』

声には敵意は込められていなかった。

どっちにしろ、この廃屋敷の異変を治めなければならないので行くしかないのだが。

「アリス、一応戦闘体制はそのままで行こう。」

「わかりました。」

俺たちはゆっくりとその部屋に足を踏み入れる。

貴族の執務室かなにかだったのか、とても豪華な作りが所々に見て取れた。

そして、窓辺には赤黒いマントを羽織った男性が立っていた。

長い黒髪、白い肌、血で染められたような目、そして肌でも分かるほどの圧倒的な魔力量。

「ようこそ、我が隠れ家へ。私は吸血鬼バロム。」

「吸血鬼!?」

アリスが驚く。


種族:吸血鬼

クラス:ヴァンパイアロード

スキル:???


「ほう、そっちの小娘は知っておるようだな。我ら吸血鬼一族は過去の戦いで魔法国と帝国によって絶滅させられた存在だ。だが、我らは不死の一族。長い時間をかけることにより今の力を持つまで再生できたのだ。ただ、同胞はまだそこまで再生出来てないようだがな。」

「こんな危険な存在が生きているなんて...。」

「でも、別に戦いの意思はないんだろ?」

臨戦態勢を崩さないアリスをなんとか制しながらバロムに尋ねる。

「あぁ。それよりもお前の力に興味が湧いたのだ、小僧。どうやら先天的に持っているドレインの力。それは我々吸血鬼一族が持つ力と酷似している。そこで我が力の強い女使い方を教えてやろうと思ってな。」

バロムが俺の右手を取る。

「意識を集中させろ。この屋敷の周囲には磁場の関係で無数のゴーストが蠢いている。お前のスキルで察することが出来るか?」

「あ、あぁ...。」

俺はステソスコープで屋敷の周囲の気配を察する。

周囲には無数の骸骨騎士やファントム、アンデッドの気配が満ちていた。

「上出来だ。次は闇の魔力で屋敷周囲を覆ってみろ。今までの敵を大量にドレインしてきたお前なら容易なはずだ。」

「わかった。」

「ルクス様、ご無理はなさらず...。」

「ありがとう、アリス。唸れ筋肉!抱擁せよ、闇の霧!」

俺の闇の魔力がなんとか屋敷の周りを包み込む。

「ふはは!いいぞ、小童。さぁ仕上げだ。絞り取れ!!魔力をまとわりつかせて骨の髄までな!!」

「はあああああああああああ!!!!」

ファントムや骸骨騎士に俺の魔力をべったりとまとわりつかせ、骨の髄まで、血の一滴まで搾り取るイメージでドレインをする。

すると、俺の中に大量の魔力が流れ込んでくる。

「どうだ?最高の快楽であろう?だが貴様の器では抑えきれないものかも知れぬな。」

バロムの言う通り、今の俺の魔力許容量を超えている。

このままでは体がもたない...!

「そのガントレットに埋め込まれている魔鉱石に力を宿しておくといい。それでも有り余るようなら我にぶつけて見せよ。」

折れは言われたように魔鉱石に魔力を充填していく。

真っ白だった魔鉱石に闇の魔力が混ざることにより、段々と灰色になる。

そして、魔鉱石でも抑えきれない分を俺は遠慮なく拳に宿す。

「唸れ筋肉!猛り狂え暴風!トルネードナックル!!!」

拳から放たれた暴風が部屋の物をなぎ倒しながらバロムに向かう。

「我が糧となれ、ドレイン。」

俺の暴風がバロムの手に吸い込まれた。

「なっ!?」

それにアリスも驚嘆する。

「なかなかいい攻撃だったぞ、小僧。貴様の攻撃、美味である。」

「バロム、ドレインってヴァンパイアの専売特許なんだよな?」

「そうなるな。元々は血液を介して魔力、生体エネルギーを吸収することによって我ら一族は不死の力と魔力を得ていたのだ。吸血する対象は人間、魔物、動物、精霊と様々だったが、我が血を介さずとも魔力なら吸収できる術を編み出したのだ。それはなんだと思う?」

バロムが俺とアリスの目を覗き込む。

その真っ赤に染まった目は俺たちの心の深いところを覗き込むようだった。

「さ、さぁ...?」

「ヒールの応用だ。」

「ヒール?」

俺の胸がドクンと脈打つ。

「ヒールとはそもそも自己の魔力を相手の体に送り込むことによって治癒する魔法。それを逆にしたらどうなる?相手の魔力を吸い取り、自己の魔力にする。魔力を吸収するとはすなわち相手が習得している魔法すら読み取ることができる。」

だから、鎧ゴーストからウインドナックルを盗めたのか。

「血液を吸収するとさらに高度なドレインになる。相手の生体情報や属性まで盗めること出来、擬態まで可能となる。しかし、血液を吸収するということは並大抵の芸当ではない。中途半端な量を吸血したところではなんの役にも立たない。だから私はヒールの魔法を元にドレインを開発したのだ。それにより吸血鬼一族は過去に類を見ない繁栄を果たすことになったのだが、それを危険視した魔法国家の魔術師、帝国の騎士団が大規模な討伐対を組んで我らを討ったのだ。しかし、討たれたというのも仮の話。我らは闇に隠れ、今も世界の片隅に細々と生きている。これを帝国や魔法国家に言うとならば勝手にするがいい。だが、もし言わないと言うなら貴様を見込んで我の力の一部を授けようと思う。どうだ?」

言うなら勝手にするがいい、この言葉になにか凶悪なものを感じ執った。

アリスも同様だったようでゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

俺たちに選択肢はないような気がした。

ここでバロムを国に売ることも出来るがそうすれば俺たちは夜になる度に吸血鬼の一族から追われることになるかもしれない。

俺は条件を受け入れることにした。

「ここであったことは他言無用にするよ。だからあんたの力の一部、貰い受けるよ。」

バロムはニヤリと笑った。

「では貴様に吸血鬼の宝玉を授ける。そして、これは我を討ったという仮初の手柄だ。」

バロムは自分の背中に生えている翼の一翼をへし折り、アリスに渡した。

「小童、手を貸せ。」

「あ、あぁ...。」

バロムは自分の手首を鋭い爪で切り裂いた。

「!?」

血飛沫が舞うが、その血は1個の球体になり、やがて赤黒い光を放つ宝玉となった。

「吸血の宝玉。これをガントレットの片腕に埋め込むといい。」

俺はバロムから宝玉を受け取る。

彼の手首の血は完全に止血していた。

「ヒールの力とドレインの力は大方に比例する。貴様の前世での行いがヒールの力を強力なものとしているようにドレインも強力なものだ。これからもより一層の鍛錬に励むといい。そして、世界のどこかで我らの仲間に出会った時はどうか話でもしてやってくれ。」

そう言ったバロムの顔は優しさに満ちていた。


俺たちは夜が明けてからマーリスの所に行き、討伐の証としてバロムの片翼を献上した。

「へー、吸血鬼の生き残りがいたとはねー。やっぱり下手な魔術師が行かなくて正解だったねー。これでこっちも多少警戒に当たれるよ。」

相変わらずの軽妙な口調だが危機感は感じていないようだ。

「あんまり大事じゃなさそうだな。」

「そりゃそうさー。だってその気になれば吸血鬼殺しは可能だからねー、準備はかかるけど。」

「そ、そうなのか...。」

「ま、今回のことは本当にありがたいと思ってるよー。少しばかりだけどこれはお礼だよ、受け取ってー。」

テーブルの上に重みのある麻袋が置かれる。

その中には大量の金貨が入っていた。

「え、こんなにいいんですか!?」

「死者が出なかっただけ、私たちからしたら本当にラッキーだからねー。気兼ねなく受け取ってよー。」

アリスは受け取った後、ローブに入れた。

「それで、君たちはこれからどうするんだいー?」

「ここでもう一度武器の加工をしてもらったあとに帝国へ向かいます。世界情勢に私もルクス様も疎いので少しばかり調査して回ります。」

「そうなんだー。帝国は少々血気盛んな国だから護身はしっかりしておくようにねー。」

「ありがとうな。じゃあ、また会えたらどこかで。」

「ありがとうございました。」

俺たちはぺこりと頭をさげてマーリスの家から出た。

「いずれ会うさ、私と君たちは。」

ニヤリと笑って呟いたマーリスを俺たちは知らなかった。

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