第2話 初戦闘!唸れ筋肉!吼えろヒール!

けたたましい雄叫びと共に茂みからクマのような生物が飛び出してきた。

「なんだこいつ!?」

アリスちゃんと俺は慌てて距離を取る。

「目を凝らして観察すると相手のステータスが透視できます!」

「わかった!」

真正面からクマ(?)を見据えるとデータのようなものが浮かび上がってくる。


種族:魔獣

クラス:デビルベアー

スキル:切り裂く、噛み付く、突進


「見えましたか?はじめて出くわすにはなかなか強敵の部類です。私が攻撃に徹しますので回復をお願いします!」

そう言うとアリスちゃんがデビルベアーに向かって走り出した。

「なっ!?正面突破!?」

相手もアリスちゃんが来るタイミングを見計らうように腕を振り上げる。

手には強靭な爪が光っており、あれに切り裂かれたらひとたまりもないだろう。

「影潜り。」

そう呟くとアリスちゃんが自分の影に吸い込まれるようにして消える。

「ぐぉっ!?」

デビルベアーも戸惑う。

次の瞬間、デビルベアーの影からアリスちゃんが出現する。

「はっ!!」

「ぐぎゃあっ!」

そして背後からナイフで首を切り裂く。

これはなかなかの不意打ちスキルだ。

初手としては十分な効果と威力があるだろう。

しかしここからが重要だ。

理性のある人間ならここで退散や降伏するところだろうが本能で動く獣は違う。

怒りで満ちた目で背後に向かって爪を振りかざす。

アリスちゃんはそれを華麗にかわし、距離を取る。

俺は気付いた。

このクマ、背中ががら空きだ。

しかも好都合なことに目の前のアリスちゃんにした意識が向いていない。

俺は大きく息を吸い込み、デビルベアーに向かって走り出す。

「る、ルクス様!?」

「がう?」

俺の足音とアリスちゃんの声に気付いた奴が振り返ろうとするがもう遅い。

俺は渾身の右ブロウをデビルベアーの後頭部に叩き込んだ。

毛皮のバサバサした感触、頭蓋骨が割れて脳の内部の柔らかい部分を破裂させる感触が拳に伝わる。

殴られた衝撃に体ごと吹き飛ばされたデビルベアーは数メートルほど飛んで動かなくなった。

「ふぅ...まさか異世界で筋肉がこれほど有効になるとはな。やはり筋肉は正義だったか。」

冷静に呟いてはみたものの右手から肩にかけての筋肉が震えている。

ダンベルやバーベルを上げるために使ったことはあるにしても生き物を殴ったことはないから興奮しているのだろうか、鼓動がうるさい。

「ルクス様!大丈夫...ですか?」

アリスちゃんが走り寄ってくる。

「あ、あぁ、大丈夫だよ。まさか自分の殴打があんな威力になるなんて思いもしなかったけど...。」

「私もです...。すごい筋肉量だなぁとは思ってましたがまさかあんな破壊力だったなんて...。と、とにかく!気を取り直してデビルベアーから素材を回収しましょう!」

「素材?」

不思議に思って尋ねてみる。

「はい、魔物の毛皮や牙、爪なんかは街で高く売れたり武器の材料になったりするんです。」

にこにこしながらナイフを取り出す。

「じゃあ、まさかあのクマを...。」

「もちろん、解体します。」

満面の笑みで答えた後、彼女はデビルベアーの解体を迅速に開始した。

ゲームなんかではこの動作はカットされているだろうが、目の前でクマに似た生き物の皮が剥がれて、肉が裂かれて、血が流れていく様子はなかなかにリアリティで溢れていて、ここがゲームの世界ではなく現実の世界なのだと自覚されていた。

辺りにただよう血生臭さも加わり、自分が殺した命というものの重みが少しだけ理解できた。


しばらくしてデビルベアーの死骸からは毛皮と爪が採取できた。

「アリスちゃん、ありがとう。解体してくれて...。」

「いえいえ!これくらいお茶の子さいさいですよ。それと、ちゃん付けはやめてください。こう見えても主に造られた誇り高き使い魔なんですから。」

可愛く膨れてこちらを見る。

それにキュンとしながらも俺はちゃん付けをやめることを伝えた。

「ルクス様、スキルにあるステソスコープを使ってみてください。なるべく遠くの物音を聞くようにして。」

「わかった。...ステソスコープ!」

唱えた瞬間、まるで自分の聴力が何十倍にも跳ね上がったような不思議な感覚に包まれる。

遠くの草のさざめき、木の葉が揺れて擦れる音、生き物の吐息や足音まで鮮明に聞こえる。

「恐らく前世で持っていた看護師さんの聴診という技術をスキル化したものになります。任意の範囲の物音を聞くことできて、魔物の数や距離を測ったり、あえて対象を絞ることによりその対象の心理状態を観察することも可能となるスキルです。広範囲や心理を聞くにはそれなりの訓練が必要ですがかなり便利なスキルのはずです。あと発動中は神経を研ぎ澄ますので無防備になってしまうため注意してください。魔物の数や位置関係は分かりますか?」

アリスの声に従い、魔物の足音や吐息に神経を向ける。

「...俺たちから半径100メートル圏内だったら西に魔物が複数体いるな。ごめん、足音や吐息が多すぎて数までは分からないけど...。」

「ありがとうございます。恐らく、デビルベアーの血の匂いを嗅ぎつけてきた魔物でしょうか。複数体ということは群れで行動をしているはず...。少し分が悪いですね。」

俺はステソスコープを解除する。

「どうする?回避する?」

「はい。少数なら今のままでも戦えますが複数の魔獣となると厄介ですから...。幸い、次の街までの最短ルート上ではないので無視して行きましょう。肉がそこにあるのでこちらを視認するまでは襲ってこないはずです。」

「オッケー。じゃあ街に向かおうか。」

「はい!ではこちらです。」

俺とアリスは街に向かうため林の中に入っていった。

道中、俺はアリスからこの世界にまつわることを彼女の知ってる範囲で聞いた。


この世界には四つの国家がある。


一つはアルトリーと呼ばれる魔法国家。魔法が広く普及している国家であり、魔法帝と呼ばれる君主が統治している。


二つ目は帝国と呼ばれているグロリウス帝国。絶大な兵力を保有しており、四カ国の治安の維持に最も貢献している国。皇帝と呼ばれる絶対支配者が治めている。


三つ目が要塞都市バリス。鉄壁の守備を誇る正に要塞に相応しい機械仕掛けの国。この国の統治者は不明であり、最早国内に人間が存在しているかも不明な独自の文明を持つ国家。


四つ目はミレイ共和国。聖なる泉の畔にある大樹を中心に繁栄し、獣人と亜人が共存する緑豊かな国家。獣人は魔獣から進化した存在。亜人は獣人と人間の混血種族であり、純粋な人間からは忌み嫌われ、迫害されていたところを大樹に宿る大精霊が保護したとされている。


俺たちが目指すのは魔法国家アルトリーだ。

目的は魔法の習得と仲間探し。

さすがにヒーラーとアサシンだけでは心もとないとアリスが考えたからだ。

まぁそもそも帝国に入国するのにはかなり面倒らしく後回しにしている要素も多いとのこと。

ちなみにアリスは俺が対面した神と呼ばれる存在に造られた存在ではあるが、最低限のスペックのみを付与されたとのことで言わば、俺と一緒にこれから育っていく大切なパートナーである。


話しながら林を進むと唐突に祠が現れた。

何かを祀っているのだろうか。石碑の前に兜が置かれていた。

「うなんだこれ...。」

「なんだか薄気味悪いですね...。」

俺たちは得体も知れぬ気味の悪さから早々に立ち去ろうとした時、兜から紫色の光が放出された。

「うわっ!」

「きゃあっ!」

『 人間よ、我に血肉を捧げよ...。』

兜から男の低い声が発せられる。

「な、なんだお前は!」

『 我はかつての戦いで討ち死にした英霊の残渣。魂のみでこの夜にとどまる存在。死にたくなければ血肉を捧げよ。』

まさか異世界でこんなことに出くわすことになふとは...。

「アリス、どうする?」

「逃げれるのなら逃げたいですけど...無理そうですよね...。」

既に俺たちの周りは禍々しいオーラに包まれている。

「よし...。おい!英霊の残りカス!お前にくれてやる肉体なんかない!その兜、叩き割られたくなかったらすぐに俺たちを解放しやがれ!」

あえて口汚く挑発してみる。

アリスちゃんは素早くナイフをかまえ、鉄爪を装着した。

『 愚か者めが...。後悔させてくれる!!!』

祠が光った後、フルプレートメイルと剣に変化した。

あの祠自体が過去の英霊の遺品を封印していたものだったのか。

兜と鎧と剣、それを纏う紫の人影が姿を顕現させた。


種族:ゴースト

クラス:アーマーゴースト

スキル:斬撃、エアブレイド、物理攻撃耐性


「影潜り。」

アリスちゃんが姿を消し、鎧の背後に出現する。

「はっ!!」

鉄爪で勢い良く斬撃を浴びせたが鎧には傷一つつかない。

「くっ...相性が悪い...。」

素早く距離を取るが鎧はその距離を詰める。

折れは先程同様にがら空きになっている鎧の背中を殴打する。

「くらいやがれ!!!」


ガゴッ!!


という鈍い音とともに鎧が凹むが特にダメージは通っていないように感じる。

寧ろ、当たり前の話だが俺の手の方が痛い。

『 毛ほども効かぬな、貴様らの攻撃など。真空の刃よ、愚者を切り裂け。エアブレイド!』

「ルクス様!!避けて!!」

「っ!!?」

鎧が振りかざした剣先から出た風の刃を俺は間一髪の所では避ける。

背後の木が幹ごと切り倒される。

「これ食らったらゲームオーバーかよ...。アリス!鎧と兜の間の霊体部分だけ狙えるか!?」

「やってみます!影潜り。」

『 そう何度もおなじ手は通じぬわ!』

「きゃあっ!!?」

鎧は自分の影から出てきたアリスに間髪入れずに斬撃を繰り出した。

アリスは間一髪の所でナイフで受け止めたが大きくノックバックし、それを俺が受け止めた。

「大丈夫か?」

「は、はい...。ちょっと右手が...。」

斬撃の衝撃に耐えかねたのだろう、右手首が腫れ上がっていた。

捻挫だろうか。

俺は少し考えてみる。

相手は霊体だ、そしてそれ以外の部分は頑丈な鎧に覆われている。

恐らく通常攻撃ではダメージが通らないかも知れないし、通るとしても隙がない。

凡人レベルの戦闘センスでは戦士として活躍していたであろう敵の懐に入り込むのには難しいだろう。

俺のスキルには...。

「アリス、俺のスキルのドレインって相手の体力を吸収する感じか?」

「は、はい...そうですけど...。」

「一か八かだ。」

俺は鎧の間合いの外に立ち、手をかざす。

霊体はエネルギーだけで動いている存在。

それならば...。

『 なんの真似だ。その女もろとも切り刻んでやる!!エアブレイド!!』

「ドレイン!!!」

右手首の魔鉱石が光り、鎧から紫色のエネルギーが流れ込んでくる。

『 な、なんだこれは!?力が吸われていく!!』

人の形を作っている紫のオーラが段々と薄くなっていく。

『 この力...人ならざる物の力か...こんな雑魚に負けると...は...。』

紫色のオーラが魔鉱石に吸収され、主を失った鎧は崩れ落ちた。

「ドレイン...対象のエネルギーを吸収するスキル...。ゴースト系の魔物にこんなにも有効なんて...さすがルクス様です!!」

「そんなことより治療だよ!アリス、右手を見せて?」

「は、はい...。」

感心するアリスの右手を取り、俺の右手をかざす。

先程の鎧から吸収したエネルギーをちゆのエネルギーに変える。

「ヒール!!」

魔鉱石が穏やかに発光し、アリスの右手を包み込んでいく。

すると腫れがどんどんと引いていき、少しすると完全に腫れはなくなった。

「すごい治癒力...もう完全に治っています!」

「さっきの鎧野郎の魔力を鉱石が変換してくれたみたいだ。」

すると俺の目の前に文字が浮かび上がる。


<スキル獲得>

・エアナックル


「スキルを獲得したのか。これもドレインの付属効果か?」

「ドレインは対象のエネルギーを吸収して自己治癒等に変えるスキルです。ただ今回は相手がエネルギー体そのものだったことから相手のスキルの一部を獲得できたのではないかと...。」

「つまり、エネルギーのみで形作ってるさっきみたいな魔物からだと間接的にスキルを得られることもあるわけか。これはいいな。」

俺は近くの林に向かって拳をかまえる。

「ど、どうしたんですか?」

アリスが慌てて立ち上がる。

「大丈夫、試し撃ちだよ。...エアナックル!!」

魔力を込めた右手を突き出すとエネルギー弾が放出され、当たった木に穴を空けた。

「おお!!」

「すごい威力ですね!」

俺もアリスも感動するが俺は少し力が抜けて膝をつく。

「ルクス様!?」

「さっきのヒールとこのスキルで結構な魔力を持っていかれるみたいだ...。ヒールを使うことも考えると一日に何回も使えるものじゃ今のところなさそうだな...。」

「十分過ぎるくらいですよ!まだ転生して時間が経ってないのにここまでスキルを使えるなんて...。」

アリスが俺の肩を支えてくれる。

「歩けますか?」

「あぁ、大丈夫だ...。先を急ごう、できるだけ敵と鉢合わせしないようにしながら...。」

「はい!」

俺は少しだけアリスの肩を借りながら歩き出した。

街はもう少し先らしい。

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