第13話
周王朝は当時悪逆の限りを尽くしていた暴君紂ちゅう王を牧野の戦いにて打ち破った周の武王が建てた王朝である。
紀元前千四十六年のことであった。
以後三百年以上もの間、栄華を極めたこの王朝も長きに渡る権力闘争や自然災害、異民族の侵略などによりその力は次第に弱まっていき初代から数えて12代目の支配者 幽王の時代に臣下の反乱に遭い一度滅ぼされた。
が、親周派の諸侯たちにより擁立された平王により再び復興した。
これ以降を東周といい、以前を西周という。
しかし、かつてのように諸侯を従わせる統率力など東周にはすでにあらず、周王朝は往時と比するべくもなく没落した。
それでも、権威だけは保持しており諸侯たちはその権威を利用して諸侯たちの間で主導権を握り覇者となろうとした。
周王室側も覇者をはじめとする諸侯に対して、西周以来の伝統と権威を強調することでなんとか祭祀を主催する立場の維持を図った。
天子の座はまだ周王のものであった。
しかし、その権威すらも徐々に低下していき諸侯が各々勝手に王を称するようになっていった。
秦王などは自らを天子と名乗る有様であった。
それだけでなく、孔子の登場により儒家思想が広まっていき周王室は祭祀を主催する立場すらも失い、現在はわずかに王機付近を治める小国の
「しっかしまぁ、見事に全員逃げ散っていったな。」
白圭はすでに誰もいなくなった王宮を見回して感嘆にも似たものを吐き出した。
秦軍が宜陽にて装備を整え、こちら周の都 洛陽に攻めてくるとの情報が入ったのはたった二日前だ。
その間に貴族どもは家財を持ってさっさと退散してしまった。
それまで散々周王室の伝統だの高貴さだのと声高らかに叫びまわっていた人間たちが真っ先に手前の国を見捨てたわけだ。
ただ一人を除いて。
白圭は共に王宮の回廊を歩む男の方を見やった。
「お前は逃げないのか?
口調こそ軽いが言葉の中にはかつてないほどの真剣さが籠っていた。
白圭はお前もさっさと逃げて生き延びてくれと言外に伝えているのだ。
十数年来の親友である赧王にはそれが痛いほどわかった。
だが。
「風…いや、白圭。すまぬがそれはできん。たしかに、朕さえ生き残れば周は死なぬ。またどこかでやり直せる。」
赧王は内に昂ぶる激情を抑え込むかのようにゆっくりと言葉を続ける。
「だが、己から国を捨てた王が民草に一体なんと申し開きすれば良いのだ。
一体誰がそのような王に付き随うというのだ。
いや、回りくどいな。率直に言おう。
周は遅かれ早かれ近い内に滅ぶ。
それは天子にも抗えぬ時代の潮流というものだ。
だからこそ朕は周とともに死なねばならぬのだ。
王として生まれたものは王として死なねばならぬ。
それが朕の責務なのだ。」
赧王の言葉には先ほどの白圭の真剣みすら吹き飛ばすほどの覚悟が込められていた。
「その口ぶりだとただ門の前で肉袒負荊し、秦王を迎えるわけじゃねぇだろ。お前が何をするつもりなのか当ててやろうか。ずばり秦王と刺し違えるつもりだろ。」
赧王は肩を少しすぼめ、困ったような顔で頬を掻いた。
「ふん、お主はなんでもお見通しか。敵わんのう。」
「あたりめぇだ。何年一緒にいると思ってんだ姫延。」
そう言って二人は思いっきり笑った。
「…止めるのか?」
「止めねぇよ。俺は人の生き様をとやかく言うつもりはねぇ。俺は商人だが人の人生だけは取り扱ってなねぇもんでよ。」
「お主ならそう言うと思ったよ。」
そうして会話が途切れ、しばらくの間沈黙が続いた。
気づけば二人は王宮の展望台にたどり着いていた。
見上げると雲一つ無い満天の青空が広がっていた。
この空を見てると白圭と初めて会った日が昨日のように思い出される。
命を捨てると覚悟したからなのか、蘇る記憶がたまらなく愉快で楽しく感じられた。
本来は忌避すべき記憶のはずなのだが不思議なものだ。
白圭この男と出会ったことにより全てが帳消しにされたような気持ちだ。
思わず誰かと共有したくなるほどだ。
「懐かしいのう白圭。お主と初めて会った日もこのように空は晴れ渡っていた。
朕が外遊を行った時、暗殺者に襲われ危うく命を落としかけたものよ。
もうだめだと思ったところをお主に救ってもらったのだったな。」
「そうだったけか?あんまり覚えてねぇや。」
白圭は少々面映ゆいのか興味なさげな様子で返す。
「ああそうだ。それにしてもお主は本当に丸くなったのう。朕を助けてくれた時はまるで目につくものすべてを破壊し尽くしてやるとばかりの鋭い目つきをしておったのぉ。不釣り合いにもニコニコと笑う生まれたばかりの赤子と傷だらけの従者をつれてのう。」
「それを言うなよ。」
白圭は恥ずかしいのかわずかに顔が紅潮している。
赧王はその姿がなんともおかしく、思わず吹き出してしまった。
白圭もつられて口角が上がっていく。
二人の笑い声は大空にこだました。
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