第五章 ダンスダンスダンス!
考えなければならないことはまだまだあった。
アイドルと言えば切っても切り離せない。
そう、ダンスである。
「流石にダンスはわからないわね」
イリスが大昔のライブ映像で激しく踊る少女たちを見て呟いた。ほなみも近くによって覗き込む。少女たちがくるりと舞い、さらにライブにも関わらず、ステージ上でそれぞれの立ち位置を歌いながらも複雑に変化させていく。曲が間奏に入り、音が止み、それまで後方にいた少女が一人、前に進み出た。スポットライトが当たる。どうやら少女のソロパートのようだ。
「すごいわね」
まだまだ十代そこらだろうに、その立ち姿は堂に入っていた。ほなみの三十何分の一しか生きていない少女が、だ。
「この中でダンスに理解がある子はいる?」
イリスの問いに周囲が首を振る中、一人、村雨だけはいくつものアイドル映像をマルチウィンドウで眺めている。
「はあ~しっかし、これを一から考えるとなると、相当骨ですよねー。全員が同じ動きをしていれば良いってわけでもなくって、前衛後衛でまるで違う振り付けをしていたり、ソロパートに誰かが入れば、立ち位置がそれに合わせて入れ替わって、かと思えば、サビでぴったり合わせて同じ振り付け、ある程度全員の力量も把握している人じゃないと、配役間違えたら大事故喰らいそうですし――ふうーむ。興味深いですね。少ない人数ならともかく、五人ですもんねー。あっ。こっちのグループは凄いですね。四十人ですって。こんなことできるんですねえ。こんなのがあったんだなあ。知らなかったなあ」
「「「「……」」」」
ぶつぶつと呟く村雨を四人は黙って見つめ、それから、四人とも目が合い、誰からともなく頷き合う。ほなみがゆづきを顎で示し、それに呼応してゆづきが立ち上がった。
ぽんぽんと村雨の肩を叩く。
「へ?」
「村雨ちゃん……よろしく」
「へ?」
「全員の振り付けから配役。曲ごとに誰がどこでソロに入るかは逐一村雨ちゃんに連絡するから。それにほら。村雨ちゃん修理士なんでしょ?」
「それ、関係あります?」
「世代差も把握してるし、くらのちゃんを改造したのも村雨ちゃんだし」
「……うーん。じゃあちょっと今からテストしていいですか?」
「なにを?」
一瞬考える素振りをした村雨が何を思いついたのか、それまで開いていたウィンドウを全て消去し、新しいウィンドウを立ち上げた。
映したのは女性型人間天使が踊っている映像である。公園のような場所で、ミニスカートを履いた娘がアップテンポな曲に合わせて飛んだり跳ねたりしている。三分ほどの比較的短い動画だ。
「これ今から五分間で覚えてください。それで一人ずつ踊ってみてもらえますか? もちろんわたしもやりますし」
覚えるだけなら歌詞と一緒だ。インプットするだけの簡単な作業である。
出来るかどうかは別として。
「……はあー……ぜえ、ぜえ……」
「……………………………………」
五分後。
イリスとほなみはダンススタジオの床でへばっていた。それを村雨、ゆづき、くらのがどうしたものかという表情で見ている。イリスが額の汗を拭いながら言う。
「なるほど。ダンスって奥が深いわね――頭では覚えていても身体が付いていかないわ……」
「割と簡単だったよ? 今の」
ゆづきの言葉が地味に応える。これが基礎スペックの違いというものか。イリス程じゃないがほなみも大分きていた。帰って寝たい。
「世代の差ってやつかしら? その割にくらのは平気そうね。私と大して変わらないのに」
「村雨様のおかげです。お嬢様も改造を受けてはいかがですか?」
「私はいいわ。この身体は気に入ってるし……でも、村雨さん。どうするの? これだけ違うとみんなで一緒のダンスをするってわけにもいかないんじゃないの? バラードならともかく」
確かにアップテンポな曲でこの性能差は振り付けを考える身としては辛いんじゃないだろうか? いや、まだ彼女が引き受けると決まったわけではないのか。
「そうですねえ。二つに分けちゃいましょうか? わたし、ゆづきさん、くらのさんと、イリスさん&ほなみさんで。前衛後衛という風にして。もちろん公平に見せ場を作る為、立ち位置は入れ替えますよ? お二人にはなるべく優しい振り付けにします。まあ、基礎スペックが違うとはいえ、ある程度見栄えはするような振り付けにしますから努力は怠らないでくださいね。慣れの問題だって絶対にあります」
振り付けを引き受ける気満々のようだ。
「なるほど……カニセン、トニセンってわけね……」
と、イリスがよくわからないことを呟き、皆が首を傾げた。
その後はアップテンポな曲、バラード曲、それぞれにイリスの考えた歌詞を当て嵌めて曲名を決めた。これは歌詞を書いたイリスに決めてもらった。
「真夏の大恋愛計画」と「AIDOL」となった。
「うん。真夏の大恋愛計画はともかくAIDOLはいいよね」
「ともかくってなによ」
「人間天使。ロボット。AIであるゆづきたちが歌うからこそのテーマだよね」
AIDOLはほなみたち人間天使が人間がいなくなった世界で生きること、どんどん新しくなっていく人間天使と古くなっていくほなみたちについての歌詞だった。
それはゆづきたち最新世代だって例外じゃない。これからまた新しい世代が生まれれば、第七世代だって旧世代だと世間は認識し始めるのだ。そういった人間天使の想いについての歌。
人間と人間天使の心情に明確な違いがあるとすればそこだ。
人間は成長することについて、新たな発見や喜びを見出す。もちろんそこには「老い」という生物として逃れられない宿命もあるだろう。
しかし、人間天使は違う。時が経つことは恐怖でしかない。人間天使は基礎能力から逃れられないのである。成長というものがない。生まれたときからこの姿だ。
だからパーツを替えようとする。
少しでも性能を上げるために。違う自分を見つけるために。
大して変わらないのに。
パーツを変えるのには元の素体との相性だってある。こっちは良くっても、あっちでガタが出る……かもしれないの連続。ゆづきの瞳からどんどん溢れていく涙もパーツ事態が悪いのではなくて相性の問題かもしれないのだ。
くらのは例外、奇跡みたいな物だ。
よっぽど頭部の保存状態が良かったか、たまたまそれぞれのパーツの相性が奇跡的に噛み合ったか、村雨の腕が良かったか。或いはその全てか。
ほなみは治療以外でパーツを下手に代えようとしない。例え第三世代の同じパーツだったとしても何が起こるかわからない。だから、定期的にメンテナンスをしている。完璧であろうと作られた人間天使であるが、真の完璧など存在しないのだ。パーツ一つでどんな不具合が起きるとも限らない。そうやって廃棄になった同世代なら数えきれない程見てきた。
「イリスさんにしか書けないですよね。長年生きてきたからこその、酸いも甘いも生も死も乗り越えた奇跡の結晶……大事に歌って育んでいきたいです」
「……村雨はどうしても私のことを年寄りキャラにしたいようね」
「キャラっていうかそのものですよね?」
「……村雨って何歳なの?」
いつの間にか村雨だけ呼び捨てになっていた。妙に仲良くなっている気がする。イリスに悪態を吐く人間天使などあまり見られないからだろうか。心を許しているのか。
「今年で一〇二歳ですよー」
「一一〇六歳差か……ジェネレーションギャップを感じるわね」
「ギャップって問題じゃ……そもそも言語からして違ってそうですよね。こうして会話が成り立っているだけで驚きですよ。特殊なコンピュータ言語しか喋れない人かと思ってました。C言語だけで会話する人、みたいな」
「……それ、村雨だけの認識よね?」
「ネットとか見てみるといっぱいいますよ? イリスさん、都市伝説と化してますし、こうして存在してたってだけでも驚きですもん。開発局なんていう目立つお役所の中に居たってのも……あの、そういえば、イリスさんよかったんですか?」
「? なにが?」
イリスが首を傾げる。
「いえ。あの、開発局ってお役所ですよね? しかもそこの職員ってことは公務員なんですよね? アイドルって副業に当たりません?」
「あっ――」
サーッとイリスの顔から血の気が引くのが分かった。
「はあ……」
くらのが呆れた溜息を出す。
公務員は副業禁止だ。時代を経てもそう簡単にルールは変わらない。と、いうより人間が遵守していた謎なルールや決め事を、人間天使が必要もなく残そうとする傾向があるからだが。
なにはともあれ破ったら犯罪である。
「ど、どうしましょう。あっ。でも趣味でやるんだしお金を取るわけじゃないんだから……」
「えー!! ライブしたーい!!」
ゆづきがイリスの言葉に抗議した。
「うっ。それはそうよね。アイドルって言ったらライブだものね。ライブと言ったらチケットやグッズだって売らなくちゃならないわよね。どうしようだわよね」
口調が乱れていた。
「局長権限でどうにかならないんですか?」
村雨が言う。むしろ局長が率先してルールを守る規範となるべき存在でなければならないのではないか、と元公務員であり、ルールを守らずにクビになったほなみは思う。
「イリス様、イリス様。内緒で。内緒でやっちゃえっ」
ゆづきが小声で言っているが、そんなわけにはいかないだろう。
「逮捕されちゃうわ」
人間天使なのだから人間のように逸脱せず、皆が皆、ルールを遵守するはず……という風にはもちろんならない。というか現状全然なっていない。サイバー方面での犯罪は後を絶たないし、その裏を付くように、アナログな犯罪もこの時代にだってある。世代が新しくなると考え方まで柔軟になってくるようだ。
良くも悪くも、人間とあまり変わらなくなってくる面だってある。
「素直に言ってみれば?」
ほなみは言った。それでどうにかなるとも思えないが、お飾りの局長だと言うのならなんとかなりそうな気もしてくる。
むしろそれがいけなかったとは、この時ほなみは知る由もない。
「……うう。わかった。電話してみる……。でも、直接言った方がいいかしら。そうね。明日言ってみるわ……」
そう一人で納得するように決めて、その話は一旦それでお終いとなった。
その後は、三階のダンススタジオから五階のレコーディングスタジオに移動し、二曲ずつ一人一人がレコーディングをした。
みんなが堂々と歌い、ぱっとレコーディングを終わらせる中、歌に自身の無いほなみはどうしても小声になってしまいがちで、なかなか終わらなかった。
「緊張してるの?」
スタジオの中、イリスがほなみを覗き込むように言う。
「私なんかが、ってどうしても思っちゃって……」
「ふうん。私にはわからない感覚ね」
「……慰めに来たわけじゃないんですね……」
思ったことをそのまま口に出していた。
「だって、アイドルなんて同じグループの中にいようが、みんなライバルよ? 元気付けてどうするのよ。同じトニセン同士でもそれは変わらないわ」
だからなんなのだ、それは。
「あー! イリス様近い! ダメー! ほなみんちょっとひっつくだけでドキドキしちゃうんだからー! 誘惑しちゃめー!」
「ちょっとゆづき」
PAブースの方で機材をイジっていたゆづきがガラス越しにマイクを通して怒った。
「あら。そうなの? 世代差ってやつ? 確か第三世代って距離感と相手の肌色面積の多さでそんな気分になっちゃうんだっけ? 難儀ね」
「あれ? イリス様は違うの? 第三世代まで確かその辺の機能雑だったよね?」
マイク越しにゆづきが訊く。
「雑ってあなたね……ま、私は過ごした時間が長ければ長くなるほどその人に対しての安心感が増すっていうか……だから性欲っていうよりは結婚願望とかに近いのかしら? あーこの人になら人生任せちゃってもいっかなー、みたいな? だからあなたたちみたいにムラムラするって感覚はわかんないのよね」
「へー! 性欲が枯れ果てたおばあちゃんみたいですねー!」
「村雨。今からそっち行くから待ってなさい」
「……」
――なんだか……。
力が抜けてしまった。
「ゆづきー。もう一回いい?」
「はいはーい!」
なにやら騒がしいPAブースは置いておいて、ほなみは再びヘッドホンを装着した。それまでの余計な力も抜け、なんだか緊張していること事態が馬鹿らしく感じ、それからは思い切り伸びよく歌えることが出来た。
そして、次の次の次くらいでやっとオーケーが出る。ゆづきの、
「おつかれー!」
という一言で、やっとこ終わることが出来たと実感する。
「これでいいんだ」
気持ちが軽くなるのを感じた。
みんなが待っててくれた。迷惑をかけているはずなのに、それがまた妙に嬉しかった。
PAブースに戻ると、くらのから羽交い締めにされた村雨がイリスによって剥かれて、そのまま写真に収められていた。
――ま、趣味の範囲だし。楽しくやれればそれでいいかな。
少し気負い過ぎていたかもしれない。
そうして一日が終わった。
帰りにくたくたになった五人全員でゆづきオススメのものすっごいこってりした豚骨ラーメンを食べに行った。創業千年以上。人間から代々受け継がれていった秘伝の味だという。無駄に油が乗った栄養の欠片もないラーメン。こんなのでも残したい人間天使がいて、それをわざわざ食べに行く人間天使がいる。
いかにも無駄が大好きな人間らしい味。
そんなんだから滅びるんだよ。
今は亡き、一緒に過ごしていた人間たちを思い浮かべた。
それでその日は解散となった。
ベッドで仰向けになり、天井を見つめながら、ぽつりと呟く。
「思ったより楽しい……かな。趣味でもちょっとはお金稼げたらいいな」
アルバイト感覚でも多少生きていく足しになればいいなと思った。
しかし、そうは問屋がおろさない。
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