第三章 作戦名「芋づる式メンバー探し」
「…………………………………………………………………………わた……もやりたいで……」
「何か言いました?」
ほなみは定期メンテナンスに来ていた。
今の時代、第三世代など骨董品と言っても差し支えがない。身体の節々はすぐにガタが来る。定期的にメンテナスを行っていないと、ある日、膝の関節が駆動しない。つまりは歩けない。歩けないから移動できない。脳が無事なら良いが、脳にまでダメージを来たしていて、緊急連絡が付かず、そのままどこにも行けずお亡くなりに。もう古いからこのまま寝かせて置いてやろうかそうしよう。なんて事件は度々起こる。
明日は我が身だ。
人間と違って、人間天使はその辺り、比較的ドライだ。だって代替が効くし。
相対しているのは、いつも修繕、メンテを頼んでいる修理士だった。
ほなみは素っ裸でベッドに横たわっている。
修理士はごついゴーグルを掛けて、ほなみの身体の関節駆動部分を見ていた。彼女のレンズを覗き見れば、レンズには反転してよくわからない数式や図形が映っている。マスクもしている為、いまいち声が聞き取れないが、身体つきから女の子であることは分かるからこうして素肌を晒せている。
「こ……へん……ね」
修理士がほなみの右足のくるぶしをゴーグル越しで見ると、そこに異常を見たのか、ぐっと力を入れて押さえた。
「あいたっ。あの、もしかして交換必要ですか」
それは勘弁して欲しい。パーツ交換は高く付く。無職にとっては痛い出費だ。
「いらな……これ飲んでれば治……ます」
そう言って壁際にズラーッと並んだ戸棚の一つをサッと開けて、むき出しの錠剤を五、六粒程出してきた。ほなみの手のひらにそっと包ませる。
「なんですか、これ」
「矯正……剤」
――あやしい。肝心なところが聞こえないせいで、より一層あやしい。
ここ、正式名称――ドクターシカゴのなんでも直しちゃうよ修理所――は、センスを疑う修理所名のせいなのか、なかなか人が寄り付かず、例え一部の物好きが入ったとしても、入った途端にこの怪しい修理士の格好を見て逃げ出してしまうという、毎度ガラ空きの修理所だった。それでもほなみのように通っている患者はいるらしい。ひょっとして殆ど第三世代じゃないかと疑ってはいるのだが。
人間天使が世の中心となったこの時代で、病院は修理所として名前を代えた。
ほなみにとってここは行きつけの修理所だった。
近い・いつも空いてる・その割に腕は確か。見た目さえ目を瞑れば。
建物は二階建てのオンボロビルで、苔と蔦が外壁を伝って、元の壁が確認できない程だ。ふざけた名前の看板だけがやけに真新しい。この修理士がよほど派手好きなのか、或いは。
「いくらになりますか」
修理士はほなみの問いに机に転がっていたペンを取ると、キャップを抜いて、机の上の散らばっていた書類の裏面にきゅっきゅっきゅーと何やら書き込んでいった。
《¥八七〇 CHORD978938274928》
金額の下に番号が書き込まれていた。ほなみは金額とコードをさっと撫でる。
それからほなみは、マイページを機動し、表示されたディスプレイに書き込まれたコードと金額を手でさっとコピペした。支払いボタンを押す。遅れてチャリリンと音がした。
「いただ……ました」
「じゃ、ありがとうございました」
修理士が返事をしたのを最後に帰ろうとする。
「まって」
「ん?」
席を立ち上がろうとした瞬間、修理士に腕を掴まれた。もうこの修理所に通って六〇年くらいになるが、こんなことは初めてだった。
「さっき言ってた……なし、なんで……けど」
「へ?」
戸惑ったが「……ああ」と、思い至る。アイドルをやること、メンバーを探していることを喋っていたのだ。
六〇年も通っていれば、こんなあやしい身なりをしていても多少心を許してしまう。期待する返答はなくとも、ゆづき以外に話す者のいないほなみは、反応だけはきちんと返ってくるのを良いことに、独り言のようにぺらぺらと自分の生い立ちから今までを診察中に喋り倒していた。来るたんびにである。もちろん言いたくないことは言わない。
治療の迷惑だとかはそんなことは一切考えていなかった。
「ああ、もしかして知り合いにアイドルやりたいって子でもいるんですか?」
そんな子いるか? と口に出しながら思った。
「……たし」
「はい?」
いつも壁に話している気分だったので、こうしてまともにコミュニケーションを取ろうとするとその厄介さに改めて気がつく。せめてマスクを外して喋って欲しい。
ドクターシカゴは、俯き、きゅっと握った両手をゴーグル越しにしばらく見つめると、やがて意を決したのか、マスクを剥ぎ取った。
「お」
反応としては失礼かもしれなかったが、思わず声を上げてしまった。マスクから出てきたのは細い顎に薄い唇。完璧な配置バランス。もうこれだけで美人と分かる。さらにゴーグルを外す。
「ふぁ」
ぽかん、としてしまう。
美男美女しかいない人間天使の眼から見ても、恐ろしいぐらいの美人。深い青色をした瞳に、完璧なバランスで配置された顔のパーツ。マスクに収められた髪がぶわっと広がった。背中まで届くプラチナブロンドの髪。
少女は腰を浮かして、中腰になり、ほなみに迫り、両手を手に取った。ぎゅっと胸元で握られ、想像よりも豊かな胸の感触に思わずドキッとしてしまう。
表情は真剣そのもの。人間天使は人間らしさを求めて造られている為、例え人形でも、やはりそこに人間味が感じられるもの。なのに、目の前にいるこの子は本当に人形のようだ。
「わたしにもやらせて頂けませんか……!!」
「は、はい、やらせてくださいっ」
「はい?」
「はっ……いえ。違います」
あまりのオーラにわけのわからないことを口走ってしまった。
「あの……駄目でしょうか……」
手を握られたままがっくりと項垂れる。両手を握られたままだったので胸の重圧が襲ってきて心拍数が跳ね上がった。何故こうも第三世代の感情メーターは適当なのか。
「あっ。ごめんなさい」
ようやく手を握りっぱなしだったことに気づいたのかわたわたと手を離し、丸椅子に座り直す。彼女は息を整えて改めて同じことを告げた。
「さっきのアイドルの件なんですが、わたし、やってみたいんです」
「……どうして?」
修理士という仕事をしているのに、わざわざ専門外のことをやりたがる神経が理解できないし、大昔に流行ったアイドルを、今のこの時代に話を聞いただけでやってみたいと言い出すのはどうも変だと感じてしまう。怪しいと言い換えたっていい。
「え、……と。わたし、かわいいですよね? アイドル向いてると思うんです」
「はい?」
今度はほなみが聞き返す番だった。何を言い出すんだこいつは。
「わたし、視線には敏感なんです。ほなみさんがさっきわたしの素顔見たときも感じました。大丈夫です。ほなみさんがわたしに触れたい……と、思った気持ちも理解できます」
「……」
見た目に反して失礼な奴だなと思った。そこまでは思っていない。
「……ていうかアイドル知ってるんだね」
目の前の少女は自身がアイドルに向いていると言った。ほなみのとりとめの無い話を聞いただけでもアイドルについては何となく理解できるだろうが、やりたいと志願するのなら、それなりの理由がある筈だ。元々志願してたとかそういう。
少なくともノリや勢いで行動するゆづきみたいな人間天使がそう何人もいるとは思えない。
「……あ。えーと……。ちがうんです」
「?」
慌てだす。何が違うというのだろう。
「……そうだ。昔っからそうなんですよ。かわいいものが好きなんです。さっき、ほなみさんがアイドルについて聞かせてくれた時も、お話されていたアイドル映像、視覚共有四十五くらいにしてバレないように見てたんです」
「おい」
人型天使の第五世代以降は、網膜に直接映像を映し出し、他人に何か見ているとバレないように、映像を見ることが可能である。どうやらこの修理士は診察中にそれをやっていたらしかった。
――昔っから話し掛けても生返事だったり、声が小さかったのはそれが原因だったのか。……修理所変えようかな。
「そしたらもう、すっごくかわいいじゃないですか。このマイクロ少女ってグループ。人間っぽさを求めてアイドルをやるって着眼点も発想も新しくて素晴らしいって思うんです。わたし、この仕事結構気に入ってるんですけど、わたし自身新しいことに挑戦したいっていうか……このまま終わるのもちょっと勿体ないっかなってどこかで感じていて」
ほなみの感覚が関わっちゃ駄目な子なんじゃないかと告げている。
――なんだかまだ誤魔化されているような気もするし。
取って付けたような理由だし。どこかおかしいなとも感じていた。
「さっき話に出てたゆづきって子もこの子ですよね?」
サドンデスのホームページだ。メンバー紹介。八戸瀬ゆづきの項。
「この子もアイドルやるんですよね? いいなあ。かわいいなあ。ほなみさんもかわいいし」
「私が?」
こんな美人からかわいいと言われるのは意外だった。ナルシストっぽいので余計にそう思う。ちょっぴり嬉しい。ここ数百年かわいいなんてゆづき以外から言われていない。
「はい! わたしいっつもほなみさんが診察に来るの心待ちにしてて――。ずっと、わたしを見て話してくれるし……わたしを見て欲しくて……。最近、アイドルも見なくなっちゃいましたし……ほんと悲しくて……はあ……ほなみさんのアイドル衣装、見てみたいなあ……」
恍惚とした表情でなにやらぶつぶつ言っている。
――変態かもしれない。
幸い必要以上に身体は触れられてはいないが。
「うーん……」
「やっぱり駄目でしょうか?」
見た目だけなら文句なしなのだ。問題は性格だ。しかし他に宛てがあるわけでもないし、ゆづきにああ言われた手前、誰かしら候補を見つけないと会う度に「メンバー見つかった?」なんて言われる未来が見えて気が滅入ってしまう。「ううん。まだ」「うん。そうだよね。ほなみんに頼んだのが間違いだったかも!」
「……」
――いっか。この子で。
どうでも良くなってきた。こんなことで悩んでいるのが馬鹿らしいし、面倒臭い。
「いいんじゃない? よろしく」
「いいんですか!?」
「うん」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
昨日ゆづきと話していた誰か一人でも人気な奴がいれば、それだけでグループは持つ理論にも当て嵌まるかもしれない。それくらいの美人だ。ならば良いだろう。ゆづきも文句は言うまい。
「はあ……ほなみさん――……」
美人っぷりに見惚れていたら、彼女の身体が前のめりになってきた。
身の危険を感じる。が、感情のメーターが触れているのが分かる。少しドキドキしている。
「名前は?」
彼女は、はっと気づいたように、姿勢を正してから頭を下げた。
「あっ、すいません。では、改めて。詩家五村雨(シカゴムラサメ)と言います」
「じゃあ、よろしく。村雨さん」
「はいっ! わたしこそよろしくお願いしますっ。…………――はあ、ほなみさん……」
勢いよく返事をしたのも束の間、村雨はまるで我を忘れたように、ほなみにしなだれかかってきた。
「ちょっ。詩家五さん!」
「あ。村雨って呼んで下さい」
「じゃあ村雨さん」
「なんですかほなみさん。はあ……はあ……」
「い、いや、それこっちの台詞――って」
村雨の顔が目と鼻の先にある。そして、ぺたぺたとほなみの頬を触れてきた。
「ちょっ」
頭を抱えられる。
豊満な胸の感触に思わず身を任せそうになるのをぐっと堪えて引き剥がす。
「ぶはっ。村雨さん――あんまりこういうのは――って――むぐっ」
「ちゅむううう」
顔を引き剥がしたところをそのままキスされた。触れるようなキスというよりは、思いっきり唇を吸われる。
――く、くるしい。……このまま押し問答続けていても結局逃れられない気がする……。
ほなみは身を任せることにした。
十分後。
ほなみと村雨は患者用のベッドに二人で並んで座っていた。
「誰にでもああなの?」
「はい。気に入ったら誰にでもああなっちゃうんです。わたし自己表現のメーターのブレーキの作りが若干甘いので、駄目だと分かっていても、ついついやっちゃうんです。特殊製なんです。仕様です」
確か先ほどゆづきに対しても、かわいいかわいい言ってたなと思い出す。
「……いつもはどうしてるの?」
「あのゴーグルに関係無い数学の問題とか映して解いたりしてます」
――あれは本当にただの数式だったのか……。
呆れた溜息と共に口に出す。
「仕事、向いてないんじゃない?」
「あはは……ほなみさん、めちゃくちゃはっきり言いますね……。いえ。分かってるんですよ。でもこれしかないんです。手先は器用なんで」
変な言い方だな、と思う。この仕事に向いてないことは分かっているけれど、この仕事しか無いと言っているような。まるで本来の職を失ってしまった人間天使のようだ。
――それは私か……。
「……兎に角、ああいうことは誰彼構わずやっちゃ駄目」
「はい。ほなみさんだけにします」
――あれ?
まあいいかと思い直す。おっぱいの感触が忘れられない。
エロいことには逆らえないのだ。困ったことに本能である。
「ところでさ。知り合いにアイドルやりたそうな子、いないかな」
この子がメンバーを見つけてくれれば、これでほなみの仕事も終わりだ。さっさと終わらせたい。
「え? うーん。実はわたしってそんなに友達多い方じゃないので……」
「だろうね。でもさ」
そこで言葉を一旦止めて、村雨をまっすぐ見つめた。
村雨の顔は、疑問と恥じらいを同時に浮かべている。
「なんでしょう?」
「私の唇。許可なく奪ったよね?」
「う……それは……不可抗力……いえ、自然の摂理、いえ、ただの仕様と言いますか」
「ちゅうちゅう吸われた」
「むぐぐ……あ。……うーん……でも、どうだろう――」
何か思い至る者でもいたのか、村雨が悩み出した。
「大丈夫だよ。どんな子でも」
こいつよりはマシだろう。
顔を上げた。
「あ! ちょっと待っててください!」
そう言って村雨はいきなり立ち上がったかと思うと、部屋を出て行った。
やがて、どったんどったんと何かを引っくり返すような音が聞こえ、それから再び部屋に入ってきた。巨大な箱を抱えている。がしゃんと床に降ろした。
「なにこれ」
巨大な木箱だ。随分年季の入った箱だ。蓋が閉じられている。
「メンバーです」
村雨が蓋をゆっくりと持ち上げたので、中を覗く。
「ひいっ!」
人が入っていた。いや、バラバラになった人間天使だ。
片目が陥没した顔と顎がない顔。腕が六本。脚が三本。眼球が箱の底に数え切れないほど転がり、多様な体型の胴体が詰められている。見える範囲でこれだけだ。当然、顔だか脚だか腕だか目玉だかなんだかわからないパーツもぎっしりと詰まっている。
「こ、これは……?」
「ですからメンバーです」
村雨はもう一度繰り返した後、箱から片目が陥没した顔と底から緑の眼球を一つ取り出した。箱の中身が崩れて埃が舞う。そして眼球がないくぼみに取り出した瞳をぴたっと嵌めた。
「これ、全部人間天使のパーツなんですよ。普段なら故障したパーツとかってすぐに廃棄してるんですけど、最近はファッション感覚でパーツどんどん交換する子が増えてるんで廃棄が間に合ってないんですよね。捨てるつもりだったんですけど……」
「けど……? あ、もしかしてこれを組み立てて……?」
箱の中を注意深く見ると、自分と同じ第三世代の顔が見えて、ほなみは咄嗟に顔を背けた。目が合ってしまった。
「まあ、事故でパーツ交換せざるを得なくなった子のパーツとかも混ざってるんで、綺麗に組み立てるのにはかなり苦労するでしょうが……まあ、これだけあれば明日にはどうにか動かせるくらいにはなってるんじゃないかなと」
そんなことが可能なのだろうか。人間天使はちゃんと認可された施設で、且つ設備の整った場所じゃないと作っちゃいけないんじゃなかったか。というか絶対にそうだ。
「ほら。この子なんてかわいいですよ?」
微笑みながら生首を抱えて、ゆっくりと傷みきった頭髪を撫でる村雨を見て、本当にこれでよかったのかと思った。
翌日、ほなみはまたドクターシカゴのなんでも直しちゃうよ修理所に来ていた。ゆづきにも知らせると村雨をひと目見たいと一緒に行きたがったのだが、今日はバンド練習があるということで一人で来た。
いつもの診察室に入る。村雨の姿は見えない。
どこにいるのかときょろきょろしていると、隣接してる扉の奥から、
「こっ……ですー」
と、声が聞こえた。
扉を開けてみる。
診察室と同じ作りの部屋だった。違うのは壁一面に背の高い棚が配置されていること。そこにいくつもの箱が詰まっていることだ。ラベルを見ると「腕部・接合」「ふともも」「頭髪二」などと、人体に関する名前が付けられている。倉庫か何かだろう。
そのまま部屋を進むと、村雨がいつものゴーグルとマスク姿で立っており、傍らに無骨なデザインのベッドがあり、誰かが寝かされていた。
「……まち……してました」
「それ外して喋って」
ぐいっとゴーグルとマスクを外す。昨日見惚れた顔だ。寝ていないのだろうか。目に隈がある。充電を怠っている証だ。
「お待ちしてました! 見てください見てください! これ! これ! かわいい! かわいいですよ!」
村雨は興奮して飛び跳ねながらベッドに横たわる少女を指す。
ベッドに寝かされているのは、裸の小さな女の子だった。人間で言うと中学生くらいに当たるだろうか? ゆづきよりは大きい。背格好の割には身体の凹凸がしっかりと出ている。
「好みに盛っちゃいましたっ」
えっへん、とふんぞり返った。
――……まあ、やりすぎということもない。
発育の良い少女と言われれば通るくらいだ。
「これ、動くの?」
「もちのろんですよ! 今はバッテリー切れで寝ているだけなのですぐ起きると――」
少女のまぶたがゆっくりと持ち上がっているのに気がついた。瞳が見開かれる。アメジストのように淡い紫の瞳。身体を自力で起こす。ベッドに座ったままの姿勢でこちらを見た。
「お嬢様――」
「へ?」
発せられた声は幼くもあったが、どこか落ち着いていた。精神年齢はそこそこ高いのだろうか。
「ここは――? くらのは……。お嬢様はどこ――?」
少女は混乱しているようだ。無理もない。
村雨が少女の眼前に立った。少女は上目遣いで不安そうに見上げる。
「はいっ! あなたを直した村雨が、ちゃちゃっと説明しますね? まずあなたは今の今まで死んでました! あなた第二世代ですよね? 第二世代は素体の劣化が激しくって長くは生きられないんです。そして、ここは修理所。大昔、わたしの前任者が経営しているときに運び込まれて結局死んでしまったのがあなた。頭部が修理所の奥底に残ってたんです」
少女はぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「なぜ――」
「はい。当時の技術じゃ無理でした。正直に言うと、今の技術でもそのままの復活は難しいんです。だから頭の一部はそのままに、身体を新しい世代のパーツに全部載せ替えました。胴体は第五世代、腕と脚は第三世代、瞳は汎用品。髪は痛みが激しかったので、汎用品に替えました。失礼ですが、あなたの記録を見させて頂いて当時の髪型を再現。おっぱいとお尻はわたしの趣味で盛りに盛っています。ま、最近賑わってるパーツ交換市場のおかげですね。新しいままパーツ交換しちゃう子が多いんです。廃棄が間に合ってなくて逆に正解でした」
お団子ヘアーの少女はその言葉に両手でおっぱいを揉み出し、少しにやけた。
いいのかそれで。
そしてペタペタと己の体に触れる。嬉しそうだ。嬉しいのだろう。なんたって粗悪品の第二世代だ。馬鹿にされてきた筈だ。
「今は違和感が強いでしょうが、すぐに慣れると思います。なにはともあれ、その姿のままだと流石によくないです。服はたくさん用意してあります。よろしければお一つどうぞ?」
村雨は相手を安心させる笑顔で微笑むと、部屋の奥にあったキャスター式の衣装掛けを引っ張ってきた。少女っぽい服から大人びた服、ワンピース、アオザイ、チャイナ、バニー、ナース、水着に至るまでなんでも揃っている。
何に使うんだこれ。
「これを」
指差したのは、一体なぜと問いたくなるようなクラシックなデザインのメイド服。
「はい、こちらですね。どうぞ。あ、これ、下着もいっぱい用意してますよ。ほなみさんもお一つ如何ですか?」
「いらない」
箱いっぱいに詰められた下着一式――全て新品のようだ――をまた奥から運んできた。
「わたしたちそっちの部屋にいるんで着替え終わったら来てくださいね」
村雨と二人で連れ立って部屋を出る。
二分ほど経過した後、扉が開いた。
「おお」
大人びた雰囲気のメイドがそこにいた。紫の瞳が不安そうに揺れている。
「かわいい! 良いですよ! 写真撮っても良いですか?」
「……お」
ディスプレイを撮影モードにして、一人はしゃぐ村雨をよそにくらのはふるふると奮え、それから叫んだ。
「お嬢様――っ」
そう言って部屋を飛び出して駈けて行く。やがて正面入口の扉が開く音がした。
「ちょっと」「あれれ?」
村雨と顔を見合わせる。二人とも何が起きたのか理解するのに時間を要した。
「脱走?」「ですね」
追いかけるしかない。
修理所を村雨と二人で出る。周囲を見渡すが、少女の姿はどこにも見当たらない。
「修理所はいいの?」
留守にして大丈夫なのか? という意味を込めて訊く。
「今日はお休みなので大丈夫です。あっちに向かいました」
村雨はそう言うと先導して走り出した。
「なんでわかるの?」
「発信機埋め込んであります。速いですね、急ぎましょう」
「ちょっと、マズいんじゃ」
「何するかわからないですから。わたしだって、人間天使を生き返らせるのなんて初めてですし、念には念を入れてです。何百年も前の子なんで記録も残ってないんですよ。彼女の中のデータだって破損しているかもしれない。もしかしたら犯罪を犯して廃棄になった子が紛れていたのかもしれない。本当は遠隔で生死オンオフスイッチまで付けようか悩んだんですが、倫理的にアウトかなって思って止めたんです」
至って真面目に言っている村雨にそれ以上突っ込む気にもなれず、素直に少女を追うことにした。
「ていうか、さっきあの子が言ってたお嬢様ってなんのこと? 記録覗いたんでしょ」
「――それが……信じられないんですけど……いましたっ」
少女が周囲を見渡しているのが見えた。場所は中央区画の第一公園。だだっ広いだけの公園である。
「お嬢様!!」
ほなみたちが追いつくよりも早く、少女が叫び、さらに駆け出した。少女が向かうその先にいるのはハンドバッグや紙袋を腕から引っ提げた、買い物帰りと見られる第一世代の少女たちの姿。銀髪ロングストレートが四人揃って歩いている。全員が一斉に、息を切らせて駈けてきた少女を振り返った。
まるで同じ顔が四つ並んでいる。すらりとした身体つき。現行の世代よりも人間味が感じられず、瞳もどこか暗い。長く生きているのもあって、少女たちの身体は長年の汚れが溜まっているのか、色が濁り、色素が抜け落ちている。
瞳に浮かんでいるのは疑問だろう。第一世代は特に感情が読み取りやすい。
「こんにちは」「はじめまして」「どうかいたしましたか?」
第一世代が一斉に喋りだす。第一世代は学習機能には長けていても、人間というよりロボットとしての色が強いのだ。突然話しかけると、自動的な対応しかできない。しかし、その中でも大量の紙袋を抱えた一人の少女は、驚愕と戸惑いに満ちた表情でメイドに駆け寄った。
「くらのっ!?」
その言葉を聞き、くらのと呼ばれたメイドが崩れ落ちた。
「くらのっ! くらのっ。あなたどうして? 生きていたの? 壊れて廃棄になったはずじゃ」
「お嬢様、お嬢様っ、お嬢様っ、お嬢様!」
第一世代と見られる少女が膝を付いて、メイドの肩を抱く。
メイドが涙を流しながら第一世代の一人に縋り付く。その姿を後ろに立つ第一世代の少女たちは何をするでもなくただ突っ立って見ている。異様な光景だ。
「ねえ……アレ本当に第一世代? 後ろの子たちは、第一世代だろうけど」
あんな感情豊かな第一世代は長年生きているほなみでも見たことがない。
「恐らく、あの人がくらのさんが仕えていたというお嬢様――イリス・アイさんでしょうね」
「イリス・アイって――」
イリス・アイ。伝説の、この世界のどこかに存在していると言われている、人間天使のプロトタイプモデル。第一世代から第七世代まで、全ての人間天使の基盤であり、基礎であり、基本を形作ったとされる少女。
ほなみも噂でしか聞いたことがなかった。こうして肉眼で見ても信じられないでいる。
今もこの世界のどこかで生きていると言われていた一番最初に造られた人間天使。
イリス・アイの姿がそこにはあった。
――本当に生きていたんだ。
「先に帰ってなさい」
イリスがそう言うと三人の第一世代は、
「ばいばい」「またね、イリス」「では」
と、それぞれ去って行った。
「彼女たちは?」
「妹たちよ。第一世代の子たちはみんな私の妹みたいなものだから。今日は買い物。急用が入っちゃったからって言って帰ってもらったわ」
第一世代はイリスをモデルに作られている為、妹と言えば確かに妹に当たるのかもしれない。そんなことを言い出したら、人間天使全員がイリスの妹だが。
思わぬ邂逅を果たしたほなみたちは、あれから公園の片隅にあるベンチに移動していた。
「それで? あなたたちは? どうしてここにくらのがいるの?」
その疑問にはほなみが答えた。自分のこと。ゆづきのこと。アイドルを目指そうとメンバー集めをし始めたこと。その中で、修理士をしている村雨が一緒にやりたいということになったこと。その村雨が倉庫でバラバラになっていたくらのを組み立て復活させたこと。これらの事情を話す前に、くらのが駆け出し、イリスに向かって行ったこと。
「なるほどね。色々言いたいことはあるけど。私も自己紹介からかな。私はイリス・アイ。あなたたちのご先祖ね。開発当初は持て囃されたわ。今は開発局の局長をやってるけど、名誉職みたいなものよ。イリスでいいわ」
開発局とは次代を担う人間天使の開発を進める研究所みたいなものだ。世にいる人間天使のデータを集め、ああでもない、こうでもないと足し算引き算で最新の人間天使を生み出していく。まさにこの国の重要機関。その局長ということは、かなりの立場なのだろう。本来彼女の立場ならば、許可無くくらのを組み立ててしまったことに何らかの注意をしなければならない筈であるが、二人は元々知り合いのようなのでその辺りはお咎め無しといったところか。
イリスが瞳でくらのを促した。
「くらのは……婦二倉(ふにくら)くらのと申します。村雨さん、ほなみさん、くらのを救って頂き本当にありがとうございました」
丁寧に頭を下げるくらのに村雨が訊いた。
「そういえば、どうしてイリスさんの居場所がわかったの?」
くらのは間髪入れずに答えた。
「オイル臭かったので」
「…………くらの?」
イリスが片眉を上げてくらのを見る。
「オイル?」
「はい。第二世代は馬鹿にされがちですが、センサーの類はそこそこ優れているのです。お嬢様は独特の臭いがするので身体で覚えてました。第一世代の子たちも似てはいますが微妙に違います」
「くんくん」
「ちょっと!」
村雨がイリスを嗅いでいる。イリスはそんな村雨を必死で引き剥がそうとする。
「……うーん? 言われてみれば……? 経年劣化? これをわたしの家から……? 失われた技術ってやつなんですかね?」
「誰が経年劣化のおばあちゃんよ!」
「言ってないですよう。それに、イリスさんってもうおばあちゃんっていうより仙人の域に入っちゃってるんじゃないですか?」
「ちょっとこの娘、いきなり失礼じゃない!?」
――知ってる。
ぐいぐい嗅いでいる村雨は置いておいて、ほなみは肝心なことを尋ねた。
「それでアイドルの件なんですが、やって頂けますか?」
いきなりでそう色の良い返事が貰えると思ってはいなかったが――。
「やってあげてもよくってよ!」
「……お嬢様がそう言うのなら、くらのも一緒にやります」
バシッと右手を前に掲げてポーズを決めるイリスと、それをどこか呆れているような表情で眺めるくらのを見て、ほなみの中でイリスに対する評価が若干下がる。
――なんか。想像と違う。
もっとこう、全てを見通す原祖の女神、みたいなのを想像していたほなみだった。似ても似つかない。一寸先の石にでも蹴躓きそうな女神だ。
そんな想いを巡らせていたほなみに、くらのが丁寧に腰を折って頭を下げる。
「お嬢様はなにごとにも一生懸命ですが、運動性能、知能は現行の皆様よりも著しく劣っているのでそこはご容赦ください」
「ちょっと聞こえてるわよ、くらの! あんただって似たりよったりでしょっ!」
「お嬢様。そう信じていたいのは理解できますが、くらのは村雨様によって頭以外は現行の世代に載せ替えられております。一緒にしないでください」
「きーっ! 誰が主人か思い出させてやろうかしら! あんたの秘密と裸写真全部ネットに流しちゃるわよ!?」
「や、やめて、お嬢様まって」
匿名掲示板サイトとSNSを同時に立ち上げたイリスに必死に縋り付くくらのを見て、もともとは主従というより姉妹みたいな関係だったのではないか、と微笑ましく思った。
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