赤い薔薇

増田朋美

赤い薔薇

その日は、暑さが少し和らいで、少しばかり涼しいかなと思われた日だった。

今日はちょっと、動きやすいなあなんて言いながら、みんな会社に行ったり、働きに

言ったり、家の中で何か仕事をしたりしているのだった。

その日、杉山亜紀は、家の中を整理していた。今日は少しでも、涼しいから、家の整理をするのはもってこいの日だ、なんて言いながら、杉山亜紀は、家の中にある、家具を移動させて、いらない書類やらカバンやらを処分して、さて、それでは、娘の部屋も掃除するか、と思って、娘の部屋に入った。

娘は、学校に出かけていた。最近成績もいいし、よい学習態度をとっているし、ながらくいい感じが続いているから、娘の部屋も掃除してあげようかと思ったのだ。

「都は、今も学校で一生懸命やっているのかな。」

なんて思いながら、娘の都の机の上にある教科書や、参考書の山をどかしていく。まあ、その中に、時折メモ用紙なるものがちらちら見えるのだが、それを気にかけることなく、勢いよくゴミ箱に入れた。いや、入れようと思った。

入れる前に、そのごみの山に、一枚の写真が見えたのだ。

その写真に写っているのは、明らかに娘の都である。でも、一緒に映っている男性は誰?こんなきれいな人、見かけた覚えがない。年恰好は、四十代半ばくらいか。ちょっと、白髪交じりではあるけれど、確かに美しい顔のひとだ。

「こんな人、どこの誰だろう。」

亜紀は、その写真をじっと眺めた。夫とは、全然違う、見事な美しい顔をした人だ。

「しかし、うちの都が、こんななまめかしい感じの人と、どこで知り合ったのかしら。もしかしたら、出会い系サイトとか、そういうものかな、、、。いや、違う、そんな、都がそんなアプリを使うわけない、、、。」

どう考えても、都が、そんなアプリを使うわけないのだ。だって彼女は、今高校に行っているはずだし、ああいうアプリに登録するのなら、年齢確認するものが必要になるだろうし、マイナンバーカードだって持ち歩いてはいないし。そんな、都が出会い系サイトとかなんて。ほかとしたら、ピンクサロンなんかでバイトしていたのかとも思われたが、この近くにそれらしいものはない。それに、ここはそういうものがありそうな都会でも何でもないし。都は、どんな日でも必ず家に帰って、勉強しているのだから、夜に外出なんてしていない。

だったら、この写真に写っている男性は、誰なのだろう。亜紀は、掃除するのなんてどこかへ忘れ去って、写真をもって、一階の部屋まで下りた。そして、拡大鏡を出して、その写真がどこで取られたものなのかを推理し始めた。そこから判断すると、どうも、その写真は、大きな日本風の建物で撮られたものであることは間違いない。その証拠に、松が描かれたふすまが写っている。庭には、バラの木が生えていて、大きな赤い花を咲かせていたのが不思議だった。多分、濡れ縁側のような場所で撮ったということは間違いない。そして、その後ろに映っている、黒いものは何だろうかと思ったが、それはちゃんと実態がつかめなかった。

いずれにしても、この写真に写っている人物が誰なのか、都に聞かなければと思った。彼女は、まだ未成年者なのだ。得体のしれない男性に渡せるということはまずない。

今日のご飯を作るのも忘れて、亜紀はしばらく呆然とした時間を過ごした。亜紀は、どうして娘がそういうことをしたのか、見当もつかなかった。その写真に写った男性が、浴衣を着ているところと、和風の建物であるとこから、もしかしたら、連れ込み旅館で撮影したのだろうか、という想像もついてしまう。

それでは、絶対に止めさせなければと思う。そういうことは、未成年者だもの、やってはいけないよ!と、しっかり注意しなければ。私は、母親なんだから。と亜紀は思って、その写真をテーブルの上に置いた。

「ただいまあ。」

と玄関のドアががちゃんという音が聞こえてきて、娘の杉山都が帰ってきたのだった。今日も学校が終わってまっすぐ帰ってきたようだ。それでは、どこにもよらないで帰ってきたんだろうか。そういうことなら、今日はあの男と一緒ではなかったということか。

「都。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

亜紀は、部屋に入ろうとする都に聞いた。

「今日、あなたの部屋を掃除しようとしていたら、こんな写真が見つかったの。これはどういうことなの。悪いことしてないんだったら、お母さんに説明できるわよね。」

と、亜紀は、できるだけ感情を抑えて、一生懸命言った。

「ええ、悪いことはしてないわよ。でも、お母さんにばれると、またおかしなことになるから、内緒で通わせてもらっていたの。」

と、都はさらりと言った。

「内緒で?」

「ええ、ただ、ピアノを習ってみたかったから、それでその人に教えてもらっていたの。」

と、都は、いやそうな顔をしていった。

「教えてもらっていた?」

「ええ。そうよ。その人に、教えてもらっていたの。大丈夫よ。あたしは勉強もうまくいっているし、お母さんに文句を言わせることはないでしょ。」

都はそういうのだが、亜紀は母親らしく言った。

「そんなことはないわよ。あなたはまだ未成年なんだから、お母さんに報告する義務ってものがあるでしょう。」

「そうだけど、お母さんにそういうこと言わせると、絶対反対されると思ったから、あたしは、言わなかった。どうせ、あたしは、勉強さえできていればそれでいいんですから!それ以外、息抜きも何もないんでしょ!あたしは、それでは、金づるみたいなものじゃない。それ以外のことを一生懸命やってはいけないんでしょ!だから言いませんでした。」

都は、もうそんなことは言わないでくれというかおで、そういうことを言った。

「都、なんでもお母さんに話さなきゃだめよ。その辺は、わかるでしょう。もし、その人に騙されて、お金でもせびられたらどうするの?そういう危険性だってあるのよ。そういう人は!」

「いやねえ、あの人がそういうことをするわけないでしょうが。そういうことするような人と、一緒に写真なんかとることはしないわよ。お母さんのほうが心配しすぎているんじゃないの?」

都はどうしてそんなことを言うのかという顔をして、そういうことを言った。

「お母さん、まるで刑事気度ね。まったく、なんでそうなっちゃうのかな。あたしは、そういう警察沙汰になるようなことはしていませんよ。私は、ただ、ピアノをやりたくなって、教えてもらった。それだけのことなのよ。あの写真は、気軽な意味で、そこに住んでいる人が撮ってくれたのよ。もう、それでいいでしょ。宿題やるから、お母さんも早くご飯の支度して。」

そういって、都は部屋に入ってしまった。亜紀は、どうしてそういうことを言うのか、わからないまま、ドアの前で呆然としてしまっていた。

まあ、思春期の女性に、そういうことを言っても、仕方ないかというのはあるのだが、都に直接聞くと、これ以上怒らせたら何をされるかわからないという気がしたので、とにかくこの場所に行ってみようと思う。この大きな薔薇の木が、何か気になった。そんな大きな薔薇の木が植えてあるところなんてそうはない。庭に大きな薔薇の木がある、日本風の建物として調べれば、すぐにどこにあるか出てくるのではないか。よし、私は調べてやる。と、亜紀は思った。

翌日、都は、いつも通り出かけて行った。今日も、ちゃんとわかる時刻に帰ってくるだろう。余分なものは一切持っていなかったので。

亜紀は、すぐに不慣れなパソコンを操作して、この写真の建物を探してみることにした。まず、インターネットの知恵袋とかいう質問サイトを開いて、そこに書き込んでみる。内容は、家を建て直しいたいのだが、お手本になるような場所がない、日本風の建物なんて今は少ないから、どこか参考になりそうな、大きな日本風の建物はないか、と質問してみるのである。すると、数分後にすぐ反応はあった。彼らの意見には、大きな家と言えば、飲食店をモデルにすればいいとか、家の近所に立派な日本家屋があると書かれていた。場所は、吉原とか、原田とか、そういうところにあるという話だった。そこへ行ってみることにした。急いで車に乗り込み、それぞれのいえの場所に行ってみる。確かにあることにはあるのだが、有名な料亭だったり、呉服屋さんだったり、そういう場所で、一般的に使われている家というわけではなさそうだ。

そして、最後に彼女がメモに書いた、大渕という場所に行ってみることにする。そこはひどい山道で、車の運転技術も要求されるところであったが、何とか、その通りの敷地内にたどり着くことができた。車を近くに止めて、その建物の大きな門を観察してみる。そこは、何をやっているところなのかよくわからなかった。何人か人が出入りしているのが見えるが、彼女たちは、ちょっと普通の人とは、風貌が違っていような気がする。なぜか、つらそうな顔をしている人もいるし、ちょっと悲しそうな顔をしている人もいる。彼女たちは、とても楽しそうな顔をしているとは思えない。そんな女性たちが、こんな立派な建物に、どうしているんだろうか。普通の人たちではないじゃないか。そういう人がたくさん集まっているということは、もしかしたら、日本的な建物をした、精神関係の施設なんだろうか。

そこに足を踏み入れてみようと、亜紀は思えなかった。亜紀は心の中に、そういう人たちは、バカにするようにという教育を受けていた記憶があった。もう放送禁止用語だったと思う言葉の人たちが、いっぱいいるような建物だ。そういうところは長くいたくないと亜紀は思った。そんなところに、うちの子がいるわけないか、と思い直したのである。

「まあ、そういうことならそれでいいわ。もうお昼も近いし、帰りましょうか。」

と思わずつぶやいて、彼女は、車を家の方向に戻していったのであった。

その日も、都は時間通りに帰ってきた。学校で、ちゃんと授業を受けているようだ。ちゃんと、勉強してきたと、美奈子は話してくれたし、それ以外の場所へはいっていないと、にこやかに言って、すぐに部屋の中に入ってしまった。

その次の日。亜紀はまた、例の日本家屋を探しに行った。今度はもっと、詳しく調べてみようと思った。さすがに料亭とか、呉服屋さんには、赤い薔薇の木が植えてあるか、なんて聞きに行くことはできなかった。そんなものを植えてある、料亭なんかまずない。

最後に大渕のあの建物を見に行った。そこには、赤い薔薇の花が植えてあるだろうか?と思いながら、車の中から観察をする。すると、一人のつらそうな顔をした女性が、亜紀のところにやってきた。急いでエンジンをかけて逃げようと思ったけれど間に合わなかった。

「あの、すみません。道に迷ったのですか?」

と、その女性は、そういった。不思議な人に何か聞かれるなんて、そういうことは、初めての話である。

「ずっと、ここに駐車したまま、動かないでいるから、何か道に迷ったのかなと思いまして。」

と、いう彼女の口調は、どこかろれつが回っておらず、薬でも飲んでいるような感じだった。というか、精神的におかしくなっていて、薬が必要な人なのかもしれない。

「いや、そういうわけじゃないんです。ただ、ちょっと事情がありますだけで。」

と亜紀はそういうが、

「事情って何ですか?」

と彼女に聞かれてしまった。

「ええ、その、ちょっと人を待っていたんですけど、なんだかここ、山の中だから、連絡が取れなくて。」

と、亜紀が答えると、

「それなら、建物に入って待ったらいかがですか。こんな山の中、建物に入らなくちゃ、スマートフォンもつながりませんよ。相手のひとには、大渕の製鉄所で待っていると言えばそれでいいんです。」

とその女性が言った。もしかしたら彼女は知的障害でもあるのかもしれない。そういう発想は、健常な人であれば、しようとしないからだ。

「どうですか。中で待ったらいかがですか。私はこれから出かけなきゃいけないんですが、私の仲間に、お茶を出すように言っておきます。」

と、いう彼女は、やっぱりそうだと思われた。そういう人の誘いを断るのはとても大変だし、かえって乗ってしまった方が、より良いと亜紀も思った。亜紀は、わかりましたありがとう、と言って、車を降り、建物の中に入った。

「じゃあ、あたしは、ちょっとこれから出かけなければなりません。ねえ、ちょっと、朝子さん。」

とその女性は、建物の中にいた、別の女性に声をかける。

「はいはい。」

「この人にコーヒーとか何か甘いものを。」

「わかりました。」

と朝子さんと呼ばれたその女性は、そういって、亜紀に入ってくださいと言った。その子供っぽいものの言い方から、この女性も、何か知的障害のようなものがあるなと亜紀は何となく感じ取った。最初の女性は、じゃあ行ってきますと言って、歩いて外へ出ていった。

「じゃあ、こちらにきて、軽いものでも召し上がってください。」

朝子さんは、亜紀に靴を脱がせて、長い廊下を歩かせた。いくつか居室のドアがあって、その内側にも人がいることも気配でわかる。でも、不思議なことは、そのドアに南京錠があって、外からカギをかけることはできるようになっていることだ。一体これは、どういう場所なのか、亜紀には見当がつかなかった。

「こちらへどうぞ。」

と、朝子さんは、亜紀を食堂に案内した。そこは、二十人くらいの人が、集まって食事ができるようなスペースになっている。

「じゃあ、今から、コーヒー淹れますから、ちょっと待っててください。」

と、朝子さんは、そういって、亜紀を椅子に座らせた。そして自分は、なんてことのないインスタントのコーヒーを、マグカップに入れ、お湯を入れる。何か甘いものと、最初の女性は言っていたが、何を出されるかと思ったら、バナナ一本であった。やっぱりこの人たちは、知的障害のある人たちだ。と亜紀は確信した。もうなんで縁起でもないところに来てしまったんだろう。娘のいるところを突き止めようと躍起になっていたのが、こんな人たちに邪魔されるとは。

「あの、お口にあいませんでしょうかね。あ、ここ何もないから、つまらないでしょうか。それなら、庭でも見てもらって、楽しく過ごしてもらいましょうか。」

と朝子さんは、食堂の障子をガラッと開けた。確かに、きれいな庭であった。日本の庭と西洋の庭をミックスさせたようなそんな趣がある、きれいな庭である。石灯籠もあるけれど、赤い薔薇の木も植えてあって、なんだか不思議な空間だ。たとえて言えば、まるでペルシャのような、、、そんな気がしてしまうのだが。

ちょっと待って、赤い薔薇、、、。

赤い薔薇!じゃああの写真に写っていた通りじゃない!と思って、亜紀は思わずイスカ立ち上がって、廊下へ出てしまった。そこには、確かに写真に写っていた光景が広がっている。あの松が描かれたふすまもあるし、あの薔薇の木は写真に写っていた通り、、、。

と、言うことは、娘はここに来ていたのだろうか。

「あの、朝子さんって言いましたよね。この女性に見覚えはありませんか。時々ここを訪ねてきたんじゃないですか?」

と、亜紀は急いで娘の顔写真を引っ張り出し、そう聞いてみた。

「ええ、確かに、来ましたが、それがどうしたんです?」

と朝子さんは小さく答えた。

「それがどうしたって、私の娘ですよ。ここにきて、すごくきれいな顔した人と一緒に何かしていたでしょう?」

「確かに、彼女は、水穂さんにピアノを習っていましたけど。」

「水穂さん?」

「ええ、水穂さんは水穂さんです。すごく、きれいなピアニストで、ずっと伏せている人で。」

朝子さんは口ごもりながらそういう話をした。

「でも、あたし、都さんから、しゃべってはいけないって言われていますから、あたしは言いません。」

まるで、誰かに使えるロボットみたいに、女性は言うのだった。

「じゃあ、その水穂さんという人が、娘をたぶらかせて、何かしたの?」

亜紀は、朝子さんにそういうことを言うが、

「水穂さんは、そんなことしてません。ただピアノ教えていただけです。」

と、朝子さんは言うのだった。

「そう、それなら。あたしが行ってみるわ。その水穂さんという人はどこにいるのか、教えてくれる?」

「そんなことできません。あたしは、水穂さんのことがかわいそうだし、都さんも学校で大変だと思うから。」

という朝子さんは、ちょっとパニックを起こしているようであったが、亜紀は、もうこうなったら、あの松が描かれたふすまを超えてみることにした。急いで、食堂を出て、廊下を歩いて、松が描かれているふすまをピシャンと開けてしまう。すると、ふすまの向こうから聞こえてきたのは、ピアノの音。その曲は、何とも言えない、労働歌のような曲で、亜紀はもっと面食らうのだった。

ということは、つまり、この人が水穂さんなのだろうか。確かにその部屋には、グロトリアンと書かれているグランドピアノが置いてあって、音はそれがなっているのだとはよくわかるが、何とも言えない難しい曲で、朝子も思わず言葉に詰まってしまうのであった。

その弾いている人物は、確かに写真に写っている通りのひとであるのだが、思ったほどなまめかしい色男という感じではなく、どこか弱弱しい、そんな雰囲気のある人のような気がする。

「待って、水穂さんに怒るのやめて。もう、そうするしかないんだから。水穂さんは、かわいそうな人だから。」

朝子さんが、追いかけてきてそういうことを言うが、亜紀は、その演奏に圧倒されてしまって、何も言えなくなってしまうのだった。なぜか知らないけれど、音楽は、変な力のようなものがあるようなのだ。そのせいで、怒りたくても怒る力を取られてしまったというか、そんな気がするのだった。

「水穂さんはかわいそうなの。あの、都ちゃんもかわいそうなの。都ちゃんはかわいそうだから、ピアノを習いに来ているのよ。」

そういうことを言われて、亜紀は全身の力が抜けてしまった。もうどうしたらいいのか、わからなくなってしまったのであった。



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赤い薔薇 増田朋美 @masubuchi4996

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