第228話 怪しい影
北区の調査は順調に進んでいった。
特に怪しい場所は見られず、北門から離れるにつれて人の気配が消えていく。人の出入りもないようだし……やはりただの噂にすぎなかったか。
「どうやら空振りに終わったみたいだな」
「それならそれでいいと思います。この町に脅威がなかったってことですから」
「確かに……だが、このまま放置ってわけにもいかない」
ザイケルさんの言う通り。
また他の商人の名をかたって偽物を売りつける行為が出てくるはず。さらに、元締めを摘発できないとなれば、何度も繰り返され、詐欺が横行する最悪の未来がやってくる。それだけはなんとしても阻止しなければならない。
「せめて、何か手掛かりになるようなものが見つかればいいんだが……」
「それも望み薄ですかねぇ」
この辺りを支配していたマーデン・ロデルトンと倒して以降、彼を後ろ盾にしていたチンピラたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
その時の状態から、北区の様子はまったく変わっていなかったのだ。
「この町に住む者としては喜ばしいことだが……」
複雑な表情を浮かべるザイケルさん。
俺としても、このまま信用を失くす行為を見逃しておくわけにはいかない。これからの売り上げに直結する、いわば死活問題になるわけだし。
――その時だった。
「アルヴィン様!」
運河の近くでザラと談笑していたシェルニが叫ぶ。
慌てて駆け寄ると、シェルニは前方を指差して俺を呼んだ理由を早口で説明する。
「あそこの陰からこちらを覗き見るようにしている怪しい若い男性がいました!」
「覗き見る? ――分かった。ちょっと様子を見てくるよ」
「俺も行こう。もし例の詐欺事件の関係者なら……許してはおけん」
ガッガッと拳をぶつけ合わせながら言うザイケルさん……怖い。
「気をつけてくださいね、アルヴィンさん。それにザイケルさんも」
「「おう!」」
ザラからの言葉に応えつつ、俺とザイケルさんはシェルニが目撃した怪しい男を追って北区の奥へと進んでいった。
たどり着いた場所は倉庫街。
大きな倉庫が立ち並んでいるそこは、陽の光が遮断されているため昼間だというのに薄暗く、どこかジメジメとした印象を受ける。
「この辺はまだあまり整備されていませんね」
「まずは北門周辺を中心にやっているからな。……と、すると、悪党どもの根城があるとするならこの辺りが最適か」
整備ができていない。
それはつまり、この辺りに人の行き来が少ないことを示していた。悪だくみを生業としている連中にとっては、格好のねぐらになる。
「この近辺をもう少し探ってみましょう」
「それがよさそうだ」
俺とザイケルさんは周囲を警戒しながら、倉庫街を進んでいく。
すると、
「「!?」」
同時に人の気配を察知して、そちらへと視線を向ける。
その先には、物陰からこっそりとこちらの様子を窺う男の姿があった。
「どうやら当たりらしいぞ」
「みたいですね」
男は咄嗟に逃げだしたが、ネコの獣人族であるザイケルさんの脚力には敵わず、あっという間に捕らえられてしまった。いつ見ても凄いスピードだ。
「さて、こんなところで何をしているか……説明してくれるな?」
「か、勘弁してくださいっすよ!」
ザイケルさんに取り押さえられている男は、半泣きになりながら俺たちへ必死に許しを請う。男の服装はボロボロで、よく見ると頬がこけており、目の下にはクマもある。こう言ってはなんだが、みすぼらしい出で立ちだった。
そんな男に、俺は質問をぶつけた。
「泣く前に素性を教えてくれ。あんたはどこの誰だ?」
「お、俺はラッセって者っす! ご覧の通り、ただの貧乏人っすよ!」
「ラッセだと?」
どうやら、ザイケルさんはその名に覚えがあるようだ。
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