第120話 暴走
「あれは……確か、デザンタが連れてきていた子? なんでここに……」
ケーニルの乱入は、さすがの魔族六将といえども予想外だったようだ。――というか、俺たちにとっても予想外なんだが。
しかも、なんだか様子がおかしいし。
「ケーニル! どうした!」
俺が声をかけるも、ケーニルからの応答はなし。
虚空を見つめ、わずかに口を動かしているが、声を発してはいない。
正常ではない――医者じゃないし、そもそも人と魔族じゃ体の構造が違うかもしれないが、そんなことを抜きにしても、今のケーニルの状態が健康的でないのは火を見るより明らかだ。
その時、
「アルヴィン様!」
「アルヴィン!」
この部屋へ新たな来訪者がやってきた。
「無事だったか、ふたりとも!」
カンナによって連れ去られていたシェルニとレクシーが合流。ふたりとも無事なようだが、今はふたりを助けるために戦ったケーニルの方がヤバそうだ。
「もしかして……魔族として目覚めたのでは?」
フラヴィアが恐る恐る言う。
……これまでのケーニルはまったく魔族らしくなく、外見年齢はフラヴィアたちとさほど変わらないが、その中身は無邪気で好奇心旺盛な子どもという感じがした。
だが、今のケーニルはそれまでの気配とまるで違う。
「なるほど……あなたが裏切って人間側についたというのも、デザンタが敗北した要因のようね」
俺がケーニルに声をかけたことで、彼女と知り合いであるということがバレた。
迂闊だった。
とはいえ、今のレティルの反応からするに、魔族側に戻ったということもなさそうだ。それに、様子がおかしい点には触れていない――それ自体が、レティルにとって想像すらしていない事態なのだろう。
「裏切り者め……覚悟!」
植物巨人の拳が、ケーニルへと振り下ろされる。それに対して、回避どころかなんの反応も示さないケーニル。このままだと直撃だ。
「くっ!」
「何をやっていますの!」
俺とフラヴィアはケーニルを救うため炎魔法を放つ。
――ダメだ。
間に合いそうにない。
「ケーニル!!」
「!?」
俺が叫んだ瞬間、ケーニルは信じられないスピードで拳をかわして跳躍。砂漠の砦で戦った時のように、魔力で長く伸ばした爪を使い、植物巨人へと襲い掛かる。
「がああああああ!!!!」
普段の彼女からは想像もつかない勇猛な雄叫び。
それにびっくりして、思わず俺たちは足を止めた。
本来ならば、援護をしなければいけないのだが……今のケーニルにそれは不要だったようだ。
ケーニルの放った鋭い一撃が、植物巨人の腕を切り裂く。
何層にも蔓が重なることで強度を増しているはずの腕――それをいともあっさりと切断したのである。
「この程度っ!」
しかし、レティルに焦りは見られない。
その理由はすぐに判明した。
斬り落とされた腕は、すぐに蔓が伸びてきて再生したのだ。
あの様子だと、全身をバラバラにしても元通りになるだろう。それに、植物巨人の全身には、至るところに火食い草が生えている。あれで、炎魔法からの攻撃を防ぐつもりなのか。
いくら凄まじい能力向上を見せようと、打撃技をメインとするケーニルにとってあの植物巨人は相性が悪い相手だ。
さらに、
「うがっ! があっ!」
ケーニルが突如苦しみだした。
さっきまでの動きの反動か。
悶え苦しみ、立っているのもままならない。
「シェルニ! レクシー!」
「「了解!」」
ふたりは指示がなくても、俺がどうしてほしいのか察したようだ。
苦しみ始めたケーニルを戦場から引き離し、シェルニの回復魔法でなんとか正常に戻してもらう。もちろん、それをレティルがのんびり眺めているはずもなく、追撃は俺とフラヴィアで蹴散らす。
その時だった。
「! チッ! 新手が来たようね」
レティルは窓から城の外を一瞥してそう漏らした。
新手?
他の冒険者たちか?
それとも――
「まさか……」
嫌な予感がする。
もしかして……ガナードたちか?
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