第116話 救世主の不安

 アルヴィンたちが植物の城で戦っている中、ガナード率いる救世主パーティーはダビンク近くのダンジョンに起きた異変の調査をするため、兵団を率いて進軍していた。


 そのガナードが乗る馬車には、ひとりの男が同乗していた。


「新しい魔族六将か~……今度はどんなヤツなんだろうね~」


 男の名はジェバルト。

 エルドゥーク王国騎士団をまとめる騎士団長だ。

 そのジェバルトは、騎士団長という役職を務める人間が見せるものとは思えないのほほんとした表情と口調でガナードに話しかける。


「……きっと次は相当も警戒してくる。手強くなるだろうな」


 最初に襲ってきた魔族六将である砂塵のデザンタとは、直接戦うどころか、顔すら合わせていない。アルヴィンから価値を譲ってもらった形になっていた。


 プライドの高いガナードにとってはこれ以上ない屈辱。

 それでも、あえて否定せず、それに乗っかって賞賛を受けている理由としては、やはり今の救世主としての立場を失いたくないという考えが見え隠れしていた。

 大幅に力を失っている今の聖剣では、真正面からぶつかっても敗北は必至。現に、ガナードはアルヴィンが瞬殺したデザンタのペットすら倒せなかったはず。

 ガナードはアルヴィンからの施しを受け取るか、それとも、素直に敗北を認めて救世主を辞めるか。そのふたつを天秤にかけ、救世主で居続けることを決めたのである。

 ただ、理由はそれだけではない。


 聖剣さえ力を取り戻せば、誰にも負けない。


 未だにガナードはそう信じて疑わなかった。

 実際、聖剣が全盛期の力を取り戻せば、少なくともデザンタのペットは倒せていただろう。

 デザンタの襲撃はお人好しのアルヴィンが価値を譲ってくれたことで難を逃れることができた。次が来る前に、なんとか聖剣の力を取り戻したいと思っていたガナードであったが、その「次」が早すぎた。まさか、これほど早く魔族が動いてくるとは想定外の事態だったのだ。


 とはいえ、今回はまだ「可能性がある」という報告だったので、六将が絡んでいないという一縷の望みは残されていた。


 そんなガナ―ドにとって、目下の問題は――同乗しているジェバルトの存在。


「どうかしたかい、救世主殿。顔色が優れないようだけど?」

「……相手は魔族六将だ。いくら前の戦いで勝利できたからといって、今回もそうなるとは限らない」

「謙虚だね~。聖剣の力があれば、今回だって楽勝でしょう?」

「念のため、だ」

 

 いつもニコニコしていて、殺伐とした戦場で戦う者の雰囲気からはかけ離れている。その態度も相まって、常に何を考えているか分からない――腹の読めない相手であり、ガナードが苦手にしている人物でもあった。


 そのジェバルトが、わざわざガナードとふたりきりになるため馬車へ同乗する。何か裏があるとしか思えなかった。


「そういえば……」

「な、なんだ?」

「いや、これは僕の個人的な興味で聞くんだけど……魔族六将との戦闘はどんな感じだった?」

「!?」


 まるでこちらの心の内を見透かしたような言葉に、ガナードは震えあがった。もしかしたら、ジェバルトは勘づいているかもしれない。


「どうだろうな。戦っている時は必死だから、何も覚えていないな」

「そうなんですね~。砂塵のデザンタって言われるくらいだから、やっぱり相手は砂を使った魔法を得意としていたんですか?」

「あ、ああ、まあな」

 

 質問のひとつひとつが、こちらの嘘を見抜くためのものではないかと戦々恐々とするガナード。そんなガナードの心境を知ってか知らずか、相変わらずヘラヘラとした調子で質問するジェバルト。



 未だ力の戻らぬ聖剣を抱えたまま、ガナードは再び魔族六将が待つ城へと向かう。

 次はきっと、アルヴィンたちがいない。

 自分たちの手で、魔族六将と立ち向かわなければならない。

 

 果たして、勝てるのか――


 大きな不安に襲われながらも、目的地は目前に迫っていた。

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