第15話 新しい家
ドレット渓谷の大猿(×3)を撃退した翌日。
シェルニと共にギルドを訪れると、ザイケルさんが暑苦しいくらいの笑顔で出迎えてくれた。
「待っていたぞ、アルヴィン! おまえにピッタリのいい家があったのを思い出したよ!」
開口一番、依頼していた物件について、有力な情報があることを教えてくれた。早速その家のある場所を、町の地図を使って示してくれたが、
「町のメインストリートから少しだけ外れた路地……確かに、商売をするにはとてもいい条件ですね」
メインストリートは、町でもっとも活気づく場所だ。そこからほんのちょっと曲がった場所に、かなり広めの店舗が空き物件となっている。……ザイケルさんを疑うつもりは毛頭ないのだが、少し出来すぎじゃないか?
「ここは本当につい最近空き家となったんだ。――おまえのためにな」
「俺のために?」
意味が分からず、聞き返した。
「まあ、詳しくはこっちの部屋で話そう」
とりあえず、込み入った話になりそうなので、ギルドの奥にある応接室へ場所を移すことにした。ちなみに、シェルニはお留守番としてリサの手伝いをすることになった。
それと、昨日はドタバタしていてすっかり話しそびれたが、俺としてもダンジョンで出会ったあのチンピラたちについても報告をしておかないと。
こうして、俺とザイケルさんは別室へと向かった。
「楽にしてくれ」
ザイケルさんに促され、俺はソファへ腰を下ろす。
すると、いきなりこんなことを聞かれた。
「ニックという鍛冶屋を覚えているか?」
「ああ……あの高齢の」
頑固な、いわゆる昔ながらの職人気質って感じの人だったな。何度も交渉に行って、パーティー全員分の防具を作ってもらった……最初はとっつきにくい感じの人だったけど、打ち解けてからは普通にいい人だった。
「実は、三日前、ニックの爺さんがもう年だから鍛冶屋を引退してのんびり農夫でもやるって言いだしてな。確かに、かなり高齢だったから、俺としても引きとめづらかったんだよ」
「なるほど。しかし、俺のためっていうのは……」
「爺さんが言っていたんだ。おまえはそのうちここへ戻ってくるかもしれない。きっとその時は困っているだろうから、あいつにこの家をくれてやってほしい。オンボロだから住むとなると修繕が必要になるが、しばらくの間、雨風くらいなら防げるだろうってな」
「ニックさんが……」
「あの爺さんもおまえのことを気に入っていたからな。『今時にしては珍しい、骨のある若者だ』と語っていたよ」
「そうでしたか……」
きっと、ニックさんは薄々気づいていたのだろう。
遅かれ早かれ、俺が救世主パーティーを抜けると――そして、俺が困らないよう、ザイケルさんにこの家を託していたのだ。
「感謝しないといけませんね」
「そうだな。で、肝心の事業計画について、話を聞かせてくれるか?」
「はい。といっても、まだそこまで形になっているわけではないですが」
俺は事業計画の構想を話した。
――なんて、大層なものじゃないな。ディンゴさんに語ったのと同じような内容だ。ともかくこの町でどんなことをするのかという簡単な青写真を説明した。正直、反対されるかと思ったが、
「いいじゃないか」
思ったより軽い感じで肯定された。
「……自分で言っておいてなんですが、割とざっくりとした説明だったと――」
「アルヴィン、商売で一番必要なのは信用だと俺は考えている。少なくとも、おまえはもうこの町に住む多くの冒険者たちからの信用を得た」
「えっ?」
そんな自覚はなかったのだが、ザイケルさんの話によると、俺がドレット渓谷でギガンドス三匹を討伐したという噂は、俺がこの町へ戻ってくる前にはもう知れ渡っていたようだった。どうも、あの戦いを遠巻きに見ていた者がいたらしい。
騎士団に襲いかかったギガンドス二匹をあっという間に葬り去った若い男と可愛らしい女の子がいる――その噂は、瞬く間に町中へと広まったらしい。あの時感じた視線の正体はこれか。
そういった事情を込みで、ザイケルさんは商売の成功を確信したらしい。俺としてはまだまだ詳細を詰めていかなければならないと思っているので、当面は冒険者生活をしていくが、ゆくゆくは戦闘とは無縁な商売をし、マイペースに生きているようになれたらいいなぁ程度に考えていた。
――と、俺の話はこれでひと段落ついたので、次はあのチンピラの件についてだ。
「なるほど。そんな連中がダンジョンにいたとはな」
「もしかしたら、この町のどこかで暗躍をしているのかもしれません」
「……正直に話すと――心当たりがある」
マジか。
しかし、明らかに不機嫌なその顔つきで、大体の現状は察することができた。
「前々からそういった被害報告は出ているが……どういうわけか、連中の尻尾がまるでつかめねぇんだ」
心底悔しそうに、ザイケルさんは呟いた。
「俺もいろいろと調べてみます」
「いや、だが――」
「俺だって、もうこの町の住人ですから」
そう言うと、ザイケルさんは押し黙った。
この町で商売していこうっていうなら、俺にとってもそういった輩の存在は死活問題になりかねない。
俺はザイケルさんとそう約束し、家の鍵をもらうと、カウンターでアワアワしているシェルニを連れてギルドをあとにした。
◇◇◇
と、いうわけで、シェルニと目的の家にやってきたわけだが、
「き、綺麗な家ですね……」
「ああ……想像以上だ」
レンガ造りで切妻屋根の立派な二階建て一軒家。
話によると、築五十年以上は経過しているらしく、傷んでいる部分もある。中はさすがにガランとしていて、家具は備え付けの物以外何もない。ベッドはあるようだが、シーツは購入の必要がありそうだ。
「いろいろと買ってこなくちゃいけないな」
「でもお金が……」
「そうなんだよなぁ」
さすがに、魔石採集の報酬だけではまかないきれない。今日のところは最低限の家具を揃えて、明日からのクエスト達成報酬で少しずつ買い揃えていこう。あと、売り物になりそうなアイテムを合わせて回収していけば一石二鳥だ。
「とりあえず、すぐに必要な物を買い揃えに行くか。あと、夕飯の材料も」
「はい!」
よし、目的地は決まった。
俺とシェルニは近くのアイテム屋に向かおうと歩き出す――その時、目の前を猛スピードで馬車が通過した。その馬車は俺たちの眼前数メートル先で急停止すると、すぐに人が飛び降りてきた。
その人物は――
「ごきげんよう」
あの騒がしい貴族令嬢のフラヴィア・オーレンライトだった。
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